クリスマス ホームレス「へ?」「から?」の贈り物

クリスマスイブの「スープの会」路上訪問

 クリスマス・イブの夜。JR新宿駅の周辺の雑踏は陽気な若者たちやサラリーマンで賑わっていた。いつもより楽しげな声が街頭に響くなか、賑やかなネオンの光が届かない暗がりで段ボールをに敷いて眠っている高齢男性たちに、比較的若い女性たちが飴玉や折り鶴を手渡していた。女性たちはホームレスの支援活動のボランティアだ。

「これ、クリスマス・プレゼントです。受け取ってください」

「どうぞ。お守り代わりに持っていてください」

 団体の名前は「スープの会」という。毎週土曜日の夜、新宿駅の周辺で路上で生活している一人ひとりを「訪問」する活動を続けて22年になる。「スープの会」の中心は後藤浩二さんというイケメン活動家で私がテレビ局でドキュメンタリーを作っていた頃に大変世話になった人物だ。

 「スープの会」では路上生活者の一人ひとりにおにぎりや味噌汁などを手渡し、体調や稼ぎの様子などを尋ねて「会話」になるべく努めている。

 この夜、参加したのは総勢20人足らず。後藤さんはそのままサイクリングに出かけそうなコスチュームで登場した。

 ボランティアは年配の40代から60代の男女もいれば、下は中学生から大学生の女子まで年齢層は幅広い。

 この夜、初めて顔を合わせた同士の人たちも少なくない。

「スープの会」のミーティング(左はじに立つのが後藤浩二さん))
「スープの会」のミーティング(左はじに立つのが後藤浩二さん))

「大学生の**です。よろしくお願いします」「中学生の××です。よろしくお願いします」

 こうした学生たちに混じって、ホームレス支援の活動家や大学などの教員、司法書士、専業主婦など職業も背景も雑多な人たちが参加する。

 大学教員である私自身は、社会問題を取材して映像作品をつくるという私のゼミの教え子が取材がてら参加するというので一緒に参加してみた。

 「スープの会」のホームページでは活動をこう紹介している。

私たちは、路上で生活する「ホームレス」と呼ばれる方々を毎週訪問しているボランティアです。94年の夏から取り組みを始め、毎週欠かさず、新宿駅ターミナル周辺の路上を訪ね歩いて来ました。

ごく僅かな食料や「電話相談」の案内ビラを配りながら、細々と「訪問」を続けています。私たちには路上で人が生活することの是非について論じることはできませんが、一人の人としての尊敬を込めて、「こんばんは」と声を掛け、関わりをもってきました。

ちょっとした日常会話のなかで、言葉として投げかけられる、生活の重み。いつか、それを受けとめられるような関わりが出来ればと思います。

出典:スープの会HP

 私のゼミの女子学生は、小さな空き地のテントで生活する高齢男性に話を聞きに行くたびにいろいろなものをもらうのだという。

その都度、飴玉だったり、お茶だったり、ホッカイロだったり、カメラ用の三脚だったり…。

「ホームレスといっても、けっして受け身で施しを受けるだけというわけではない。むしろ、自分たちから積極的にプレゼントしてくれるんです」。

不在のテントに置いておく”クリスマスプレゼント”
不在のテントに置いておく”クリスマスプレゼント”

 30代のボランティア女性は、この夜、「クリスマス・プレゼントです」といって、お菓子と折り鶴を配っていた。この女性も言う。

「**さん(路上生活者の名前)はいつもいろいろなものをくださるんですよ、だからせめてこの日はプレゼントしないと…」。

 ビルのそばの明るい場所では奇声を上げて盛り上がった自分たちの様子をスマートホンで撮影する若者たちが目立つ。

 その脇の暗がりのなかでは路上の人たちが寝ているのだ。

 突然、そこでも明るい言葉が響いた。

 「メリー・クリスマス!」

 ボランティアの女性たちが飴玉や千羽鶴を手渡した。

 雑居ビルの1階部分の隅に段ボールを四角く立てて寝ていた50代の男性は話を聞いてみたら北海道の札幌出身だった。

「かつては僕も小さい頃はぼっちゃんだったんだよ」。

住んでいた地域は「山鼻」という、札幌では比較的裕福な人が多く住む地域だったという。

私自身も札幌出身で土地勘はあるので、覚えている地名をいくつか伝えたら、顔を綻ばせて喋り始めた。

「豊平大橋ってあるべ・・・。あの近くにもいたんだ」。

そのうちにいつしか故郷の自慢話になった。

「自慢はかつての札幌(札幌五輪の後で)は地下街がすごくて、今の東京よりもよっぽど進んでいたんだ。信じられないべ?」

 ボランティアはそうやって世間話をしながら、次第に路上生活者の年齢や出身地、かつての職業などを少しずつ聞いていく。同じルートで炉路上訪問をした60代の男性ボランティアの中川さんは元々はパレスチナ問題に関心があって活動していたという。ただ、何度かここに来るようになって「路上の人たちのことが見放せなくなった」のだという。今、彼は「スープの会」全体での路上訪問が終わった後も自分で気になった場所などを歩き回ってはおにぎりなどを配って歩く。

「ここでは何度も通ううちに、単にホームレスの人ということではなく、『**さん』という名前を持った人間同士の付き合いになっていく。そうなっていくと来ないわけに行かなくなってしまう」。

画像

 「スープの会」のボランティアたちはこれから役所の窓口が閉まる年末年始での自分たちの活動を告知しながら、路上生活者に声かけを行っていく。

「大晦日は年越しそばを食べられますよ。ぜひ来てください」

 新宿の路上で暮らす人々には、年が明けると、デパートや電気店、衣料品店などの初売りに向けて早くから行列に並ぶアルバイトがあるという。

「それでも1回に2000円くらいだけど・・・」

 中国人の「爆買い」が一時ほどの勢いを失いつつあっても、まだまだ最終的には中国人に渡ってしまう商品の依頼は来るらしい。

 最後に新宿の京王ビルまで歩いて行くと、玄関先に数人のおっちゃんたちが座り込んでいた。

一人は酒が入ったのか、すっかりいいほろ酔い気分らしい。寝そべって声をかけても機嫌よく笑っている。

この夜会話したのは20数人の路上生活の人たち。

なかには明らかにインド人や白人で言葉がうまく通じない外国人の路上生活者たちもいた。彼らには支援の手はどこまで届いているのだろう?

高齢ホームレス男性の場所での「お茶会」の様子
高齢ホームレス男性の場所での「お茶会」の様子

]

 この夜の「訪問」では、自分が寝起きする段ボールの「敷地」にボランティアを招いてくれる男性もいた。

聞くと、毎週この男性のところでお茶を飲みながら世間話をする「お茶会」が開かれているのだという。

 つまりお茶会の主はこのホームレスの男性なのだ。

 さらに驚いたのは箒を見た時だった。

 70歳は超えていると思われるこの男性の敷地には使い込まれて穂先が丸くなってしまった箒が3本並べてあった。

「これは何?」とボランティアに尋ねると、この男性は時々、周辺の街路樹の落ち葉を掃いて掃除する活動を自主的にしているのだという。

 立派なボランティアなのである。

こうなってくると、どちらが「ボランティア」で「プレゼント」を贈る側なのか、どちらが受け取る側、もらう側なのかが判然としなくなってくる。

 クリスマス・イブの夜に新宿の路上で考えてみた。

「贈る側」「贈られる側」

「贈るもの」「贈られるもの」

 だんだんわからなくなってくる。

 「ボランティア」というのは与えているのか与えられているのか。

そもそも、いったい、誰から誰に対して、クリスマス・プレゼントが贈られているのだろう?