大震災から丸5年 テレビで最も共感力があるレポーターは「あさイチ」の”アッキー”

「アッキー」こと篠山輝信(写真:MANTAN/アフロ)

 震災から5年。

 テレビではニュース番組も情報番組もドキュメンタリー番組も関連した特集が目白押しだ。

 まるでマスコミも政府も示し合わせたように、5年の区切りがついたら、もう被災地の報道を縮小してもいいのだ、といういわんばかり熱のいれ方だ。5年経って一体何がどうなっているのか、報道をウリにしている番組を見ても正直、既視感があってあまりよくわからないというのが正直なところ。

  

 そんななか、この「5年」という年月をとてもわかりやすく伝えているレポーターがいる。

 NHKの「あさいち」の中の「アッキーがゆく”被災地2016”」というコーナーで連日、伝えているアッキーだ。

 アッキーこと篠山輝信。写真家の篠山紀信を父にタレントの南沙織を母に持つタレントだが、「あさイチ」で時々レポーターをやっていて素人とのからみが実にうまい。

 震災から5年の節目で被災地を訪れてどんなレポートするのか注目していたら、堅苦しいニュースやドキュメンタリーなどの報道番組と比べても、はるかにわかりやすく共感しやすい放送をしていた。

 偶然だが、私自身も去年の夏休み、大学のゼミの学生たちを引率して辿ったルートは、今回アッキーが辿ったのとほぼ同じルート。

 交通機関もほぼ同じ旅であったので、個人的にもますます興味がわいた。

第一に、被災地での5年間の「変化」を具体的に示しているのが何よりもイイ!

 初日の2月29日(月)の放送ではアッキーは、岩手の久慈から三陸鉄道で南下するが、1年前には「あまちゃん」ブームで盛況だった沿線も観光客が減少し、もの寂しくなっていた。

 野田村では陸中野田駅の売店でいくらがびっしり入っている弁当を探す。

「サケいくら弁当」。

 去年は1日10食の限定販売が予約済みで食べることができなかったが、同じ売店で頼むと今年は店頭にあって今年は…食べられた!と喜んだ。しかし、喜びもつかの間で実は観光客の減少で現在は1日3食した出していないという。アッキーは「こんなにおいしいのにな…」とつぶやきながら苦い味をかみしめる。

 アッキーがもうひとつ気になっていたのが

「ホタテドレッシング」

 地元の人が復興プロジェクトとして目論んでいた商品。国の復興予算で加工場を作ろうとしたが、加工場建設は実現しなかったという。そのかわり今は「やまぶどうワイン」の商品化を目指す現場を訪ねる。

 アッキーは「去年までと違って復興予算予算を当てにしないで自力で復興しようとする人々の力強さを感じた」とレポートしていた。

 売られていた人気商品が数が減ったり、というのはとても具体的でわかりやすい表現だ。それをアッキーが売っていたり、作っていたりする地元の人々の顔を思い浮かべるようにレポートした。できるようでできない「共感力」だと思う。アッキーは出会った人々がどんな表樹だったかをスタジオで伝えた。1年前に会った時の表情。2年前に会った時の表情などと比べて「今年は力強いものを感じた」などと説明するのだ。

 彼はこの4年間、毎年、バスや電車などの公共交通危難で被災地を訪れているというが、だからこそ言える言葉だといえる。

 番組HPにはこうある。

東日本大震災以降、たびたび被災地を訪問してきたアッキーこと篠山輝信さんが、ことしもバスや列車を乗り継いで、岩手・宮城・福島を訪ねます。今回は、岩手県久慈市をスタートし、沿岸部を南下。宮城県を経て、福島県いわき市まで旅します。篠山さんが、等身大の目線で人々と出会いを重ねながら、被災地の今を見つめてゆく旅です。

出典:NHK「あさイチ」HP

 第二に、番組側もアピールする「等身大の目線」がアッキーの魅力だ。

 2回目は3月7日(月)。宮古市田老地区を訪れる。

 アッキーは震災の翌年(2012年)に訪れた仮設商店街「たろちゃんハウス」の商店主たちを訪ねる。

 防潮堤の工事の遅れで商店主たちが「バラバラに店を出すことになった」と、写真展の店主は顔を曇らせた。

「たろちゃんハウス」で以前、訪れた食堂を訪ねると、新メニューの「防潮堤カレー」を出された。

 皿の上に防潮堤に見立てられたご飯が背が高くぐるりと立ち、津波に見立てたカレーのルウをせき止めている。

 アッキーは「でき上がるのを切望している防潮堤。食べると壊れちゃうから食べづらい」と当惑する。

 女主人が「でもこれを食べて耐えていく。風にも耐え、波にも耐え、それを食べて自分も強くなる」という解釈を披露してアッキーは「心していただきます」と食べてしまう。その会話がほろ苦くも楽しい。

 無邪気な表情で食べるアッキーの横で女主人は新メニューを出しながら「どうやって生き延びるか…」という不安を口にする。

 

 

アッキーの素直さ。「共感力」とでも表現できるだろうか。これも他のレポーターやアナウンサーなどにはない大きな魅力だ。

 3回目は3月8日(火)、宮古市からバスで南下して大槌町へ行く。

 

 去年、仮設住宅の住民たちに移動販売を行っていた「産直結ゆい」を探してみると、店舗が仮設店舗からかさ上げされた土地の上に建つJAの複合施設に移ってJAの経営となり、店舗面積は10倍になったものの、仮設住宅への移動販売は3分の1程度に縮小されていた。仮設住宅の住民が減ったことで採算を考えてJAが縮小したのだという。 

 去年、訪れた仮設住宅の住民を訪ねると「別の仮設に引っ越さないといけない」と言う。災害光栄住宅ができるまでの間、今までいた仮設住宅は壊されるため別の仮設住宅に移るのだが、いつどうなるのかは当人にもよくわからない。

 また、仮設住宅で暮らす子どもたちのためにボランティア団体の手で作られた手作りの公園を訪ねると、遊具も壊されて公園はなくなっていた。

 かさ上げ工事が始まるまでの期間限定の公園だったのだという。

 同じ団体が子どもたちの遊び場を作っているが、その代表に子どもたちのエネルギーを発散させるための居場所はどうなるのだと怒って詰め寄るアッキーの表情が印象的だった。

 この団体も寄付金で運営していたが、5年経って寄付も当初の3分の1に減ってしまった。

「関心の低下は寄付金などにも如実に表れている」とスタジオでアッキーが解説する。

 この言葉に説得力があること!

 ニュース番組などに登場するNHKの解説委員などより、よっぽど説得力があるではないか。

 やはり毎年のように同じ現地を見つめてきた人間だからこそ自身を持って口にできる言葉だ。

 

 仮設住宅への移動販売をJAが縮小したことについても、「商売ですから。ボランティアではないので…」と理解を示す言葉を残す。

 けっして悪者を作らないバランス感覚がとてもイイ!

アッキーにしても、NHKのスタッフにしても、このコーナーは何よりも「定点観測」をきちんとやっている点がイイ!

 4回目は、同じ3月8日(火)に陸前高田市。

 かさ上げ工事が進んであちこちにピラミッド状の巨大な盛り土が出来ているが、まだ4割程度し完成していないという陸前高田。

 3年前に出会った時に歯が抜けていた小学2年の女子は5年生になって太鼓叩きが上手になっていた。

 その父親はかつて漁師だったが、「震災で海が怖くなった。海が平に見えなくなった」と防災士という別の仕事についたものの「収入の安定性がない」と不安を隠さない。(5年間は)十分な期間ではない」と言う。

 5回目は、3月9日(水)で宮城県の女川町を訪ねる。新しく大規模な商店街が出来て街が活気づいている印象なのを伝えた、若者たちのデートスポットになりそうなオシャレな店までできていた。女川町は防潮堤を作らないという選択をしたと紹介され、最近、人口の減少に歯止めがかかった可能性があるという。ただ、女川町はアッキーにとっては初めての訪問だったとのことで、以前の彼の旅が出てこなかった分、5年という経過が伝わらず、平面的な印象だった。

 さらに仙台近郊の大規模仮設住宅を訪ねると、200世帯以上いた家族は20世帯程度に減っていて災害公営住宅などに移っていた。しかし高層マンションづくりの災害公営住宅では孤独死する人が出たりと、仮設住宅ではなかった住民の孤立化の問題が出ている。住民同士が交流するイベントを作ったり、タブレット端末などで見守りを行うなどの新たな取り組みを行っていることが報告される。これも問題は深刻で、こうした報道はニュース番組などではやる手法だが、アッキーと住民との以前からの関係ができていないので、他の回のように見ていて感情移入しにくいものになっていた。

 「アッキーとの人間関係」の有無でVTRへの興味深さが変わってくるというのは視聴者としては発見だった。

 6回目目は、3月10日(木)。アッキーが向かったのは宮城県名取市。

 津波で壊滅的な打撃を受けた閖上(ゆりあげ)地区の名物、ゆりあげ港朝市を訪ねる。

 震災の後で復活してから3年。商店主たちが競り市などのイベントや炉端焼きができる設備を用意してなど今では観光客が大勢来るようになった。

 「ここに会いたい人がいました」とアッキーが訪ねた相手は櫻井広行さん。ゆりあげの朝市を復活させた商店主たちのリーダーだ。笑顔が魅力的な男性でアッキーも「櫻井さんの笑顔を見たら一気に目が覚めた」と気楽な感じで話しかける。

賑わっている朝市も震災前と比べ「地元の人はゼロ。家がないままなので・・・」と櫻井さんも顔を曇らせる。

アッキーの印象も閖上全体は「去年見た眺めと変わらない」。

 住民たちも多くが戻らない決断をしている、とレポートした。

 櫻井さんも「遺族や津波を目にした人は絶対に帰ってきたくはない。残る人は2、3割。これから新しく閖上に住んでくれる人たちのために町作りをしようと…」と語る。

5年経って、多くの住民たちがかつてと同じ場所での暮らしを諦めている現状が浮かび上がった。

 「さっき出てきた櫻井さんもお母様の体調で(閖上に帰ることを諦めて)閖上から4キロ離れたところに家を建てた」とスタジオでレポートする。「閖上は復興に向けての住民の合意形成に時間がかかった場所」と理解した上で説明する。

 そうした時のアッキーの表情がとてもいい。楽しい話題、深刻な話題を一瞬に判断し、表情を使い分ける。

 いわゆる勘どころがいいタイプなのだろう。

 回によって濃淡はあるものの、アッキーという人間味豊かなレポーターを得たことで、震災5年という節目での各局各番組の特集の中では「あさイチ」がダントツでわかりやすく、また心に染みた。

 以上はあくまで個人的な感想ではあるが、大きな災害の被災地についての報道では、「等身大」で伝え、相手への「共感力」がどれだけあるのか、背景を十分に理解しているのか全く変わってしまうのも事実だ。

 岩手県、宮城県と続いた”アッキーがゆく”。ちょうど震災5年の節目の3月11日には福島県を訪れた映像を流すという。

 5年目の3月11日は、各局の各番組が朝から深夜までキャスターも出先に飛んで、現地からの中継レポートをやるはずだ。

 視聴者の人たちはよ~く見比べてほしい。どこかの局の看板ニュース番組のキャスターたちと比べてもアッキーのレポートの方がよっぽどジムんの胸にストンと落ちることがわかるはずだ。「どうしてこの人はそらぞらしく、ウソくさい印象なんだろう?」。

 そう感じてアッキーのレポートを見比べてみれば違いがわかる。有名アナウンサーや有名キャスターでも下手な人間は意外といることに気がつく。それこそレポーターとしての能力の有無だ。

アッキーにはそれがある。