終戦記念日の靖国神社周辺 「テレビが映さない光景」

靖国神社の近くでの「日の丸」デモ行進 (8月15日午後)

8月15日の靖国神社。「社会勉強」の意味もあって教え子の大学生を連れて訪れた。日本社会の現状をウォッチできる「場」として以前から時々、この日の靖国神社に注目している。驚くのは若い世代の参拝客が目立っていること。戦争体験世代や戦没者の遺族、という人たちばかりでなく、戦争とは直接関係ない、ごく普通の若い人たちが増えている印象だ。昨年も同じように訪れたが、今年は参拝客がさらに増えているのが肌で分かった。8月15 日の靖国神社への参拝の光景からテレビや新聞などのマスコミがあまり報じない日本の変化を肌で感じとることができた。

参拝客はここ数年、15、6万人前後で推移している。参拝に積極的だった小泉純一郎政権の2005年に20万5千人、2006年に25万8千人と突出している。やはり、時の首相の姿勢が参拝者数に影響を与えるらしい。けっきょく、今年の参拝者は17万5千人と、昨年よりも1万4千人も多かった。小泉時代に次ぐ勢いだ。

暑さの中、神社に入っていくと、入り口から入った大鳥居のところで頭を深々と下げる人たちが目につく。そのまま進み、長い行列の後ろに並んで、金色の菊の御紋が鮮やかな神門を通って、拝殿まで進む。最前列で賽銭を投げて参拝する。

参拝者の中には戦闘服を着て坊主頭の右翼団体もいて拝殿の前で「天皇陛下万歳!」などと叫んでいた。「安倍首相は公式参拝を!」「日本の誇りを取り戻せ!」などの幟を掲げた右翼団体も目立つ。この人たちは以前から終戦記念日にやってくる既存右翼の人たちだ。

学校単位で来ているのか、制服姿の中学生や高校生の集団も目につく。靖国神社に来る途中の電車のなかで10代の男子2人が「中国や韓国の連中から国を守って日本の誇りを取り戻さねばならない」と大声で語り合っていたのを思い出す。

参拝の後、無料で配っていた麦茶を飲んで喉を潤す。合祀されている人たちの遺影などの資料を展示する遊就館の中に入る。遊就館の中も小さな子どもを連れた家族連れなどで前に進むのが苦労するほど混み合っていた。

ちょうど正午を迎える少し前から日本武道館での「全国戦没者追悼式」のNHKによる中継音声が館内に響く。

「いとしい我が子や妻を思い、残していく父、母に幸多かれ、ふるさとの山河よ、緑なせと念じつつ、貴い命を捧げられた、あなた方の犠牲の上に、いま私たちが享受する平和と繁栄があります。そのことを片時たりとも忘れません」。

歴代の首相が触れてきた加害責任に言及しなかった安倍首相のこの挨拶に続き、黙祷になり、館内でも黙祷するように求められる。その後、ドキュメンタリー映画「私たちは忘れないー感謝と祈りと誇りをー」(企画制作・日本会議・英霊にこたえる会)を見る。「日本は欧米列強からアジアの国々を守るために戦った」という歴史観が色濃いもので、さきほど放送された安倍首相の挨拶とシンクロする。ちょうど1年前の8月15日、まだ自民党総裁に復帰する前の安倍晋三衆議院議員は神社内の仮設テントで行われた日本会議の集会で挨拶し、「日本が世界の中でももっとも豊かな国の一つになったのは、国のために尊い命を犠牲にされたご英霊のおかげである、としっかりと胸に刻みこまねばならない」と述べている。

休憩所の近くでは、軍歌を次々に歌っている数人の輪があった。80代の老人の姿にまざって、若い女性の姿もある。すべての歌を老人たちと一緒にそらで歌っていた。聞けば25歳のOLで鳥取県から終戦記念日のために上京したという。同じようにそらで全曲を歌い続ける高校生ぐらいの男子もいた。「学校では本当の歴史を教えてくれないことに気がついた」のが団体に参加したきっかけだったという。

大鳥居から神社の外に抜けると、地下鉄九段下駅がある交差点付近に、紺色のヘルメットと防刃制服で身を固めた警察の機動隊員たちが大勢いた。交差点の歩道の一部を横長にフェンスで囲い、周辺に立つ人たちにトラメガで呼びかけていた。

「抗議に参加する人はゾーンを用意していますのでそちらにお入りください」。聞いていると「歩道のお客様にご迷惑にならないように」「気持ち良く抗議ができるよう」などと、やけに饒舌だ。トラメガで話す隊員がつけていた腕章は「機動隊広報係」。饒舌なはずだ。サッカーのワールドカップ出場を決めた夜の渋谷の雑踏管理や花火大会の見物客の誘導で注目された「DJポリス」の班だ。

フェンスの向かいに座っていた中年男性数人に聞いてみると、「朝鮮人のデモが来たら石をぶつけるためにここで待っている」という。毎年、この場所に集まる仲間だと言う。「朝鮮人」というのは天皇制に反対する左翼全般を指すらしい。彼らはいわゆる「ネット右翼」で、新大久保なで嫌韓デモやヘイトスピーチを繰り返す集団に所属している。そうした過激な一面とは裏腹に、話してみるときさくで和やかなで「普通」の印象だ。毎年、この場で顔を合わせるだけで、その後で一緒に飲みに行くわけでもなく、ここだけのつきあいだと言う。

さらに道を進み、神保町近くまで行くと、日の丸を掲げてデモする右翼団体のグループに出会った。総勢数百人。日の丸が長蛇の列をなしていた。「どうぞ気軽に参加してください」と、飛び入り参加も可能だと手招きする。周辺に立っていた人たちが次々と最後尾につながり、日の丸を振りながら歩く列に加わる。20代のカップルがまるでデートの延長のように楽しげに歩いている。30代のサラリーマン風の男性に話を聞くと、政治に関心があり、「日本維新の会」を支持していると話す。列の中頃では、60代70代の男性たちが「海ゆかば」をアカペラで熱唱していた。かつて出征する兵士を見送った曲だ。けたたましいBGMなどはなく、響くのは彼らの歌声と話し声。静かな落ち着きのあるデモ行進だった。

日の丸を掲げて行進する一団に、沿道から手を振る人が少なくない。「日本のために、ありがとう!」「美しい国のために、ありがとう!」そんな声がかけられる。

1歳になったばかりという女児を乗せたベビーカーを押しながら日の丸デモ行進に参加する若い母親がいた。話しかけるときさくに答えてくれる快活な女性だ。外国に長いこと居住し、自分の国の良さを痛感。3・11の東日本大震災がきっかけで帰国したという。彼女はテレビもつけない、新聞も読まない。ネットがほぼ100%の情報源だという。「テレビなんて信じられない。ニュースは主語が中国、韓国ばかり。ウソばかりで正しい歴史を伝えていない」と憤る。彼女は「自分は右翼ではない。あるべき正しい日本を誇りに思う気持ちで参加している。ごく普通なことだ」と話す。彼女のように、どこにでもいそうな、ごく普通にみえる人たちが右翼団体のデモに参加している。

デモ参加者はシュプレヒコールを叫ぶわけでもない。ただ、歌を歌い、日の丸を掲げて歩くだけ。きわめてシンプルな運動だ。このシンプルさが普通の若い世代を惹きつける要因のようだ。

これに比べると左翼のデモはプラカードがあったり、シュプレヒコールがあったりで、雑然としている。掲げる要求もいろいろあってシンプルではなく、今の若い人たちには面倒くさいのかもしれないなと感じた。

沿道から「暑いなか、ありがとう」と声をかけられた中年の女性が「これほどの人が集まってデモしているのにテレビはまったく報道しない。8月15日にいろいろなことが起きているのに、政治家がどうしたという話ばかり。本当におかしいわよね」などと隣の女性に話しかけている。静かななかで「どこから来たの?」などと見知らぬ者同士の会話が進むので参加者は居心地が良いだろうと思った。

シンプルに美しく。ごく普通にしか見えない人たちが参加する活動。多くの市民が参加していることは予想外で衝撃的だった。

こうした最近の右翼の活動は確かにテレビではほとんど報道されない。是非をとやかく言う前に、「社会の潮流」がどうなっているのか。そこを報じられないなら、そんなメディアから人々の心は離れてしまう。

突然、九段下の交差点から、怒号が響いた。

「天皇制反対」「公式参拝反対」「拝外主義反対」などを掲げる左翼によるデモ行進。それに沿道に陣取ったネット右翼団体の支持者が「帰れ!帰れ!」と野次を飛ばして抗議する。はちまき姿のネット右翼集団の若者が機動隊の設置したフェンスによじ登ったり、フェンスそのものを押しつけて警察ともみ合う。体と体のぶつかり合い。怒号に包まれて一体は騒然となる。機動隊が間に入って、デモ隊を囲むが、機動隊の包囲を突破しようとして連行される若者がいた。

それを遠巻きに見ていると30代の男性が話しかけてきた。「今は警察もデモ参加者や抗議している人間を撮影しているからね。こわいよ。顔の自動認識システムなんかも進んでいるから。自分も右なので、抗議する輪の中に入りたいけど、会社勤めをしているからね。今の会社はコンプライアンス重視で、右でも左でも何か問題にかかわると容赦なく、窓際のポストに異動させられて、事実上クビにされてしまう。だからここで見るだけなんだ」。

8月15日の靖国神社の周辺。社会のちょっとした変化が感じられる場所なのに、そこには大手マスコミのカメラマンの姿はほとんどなかった。家に帰ってから見たテレビニュースは、デモや左翼と右翼の衝突などについての報道はいっさいなく、もっぱら政治家たちの参拝が焦点だった。

デモが行われた場所で「ニコニコ生放送」の腕章をつけたカメラマンに出会った。「非公式」だと自己紹介したカメラマンは、少し前に「ネット右翼と警察の激しいぶつかりあい」を撮影したと、興奮気味に話していた。カメラマンも殴られかけたらしい。激しくぶつかる映像を撮影すべく、何ヶ所かでカメラを回したという。撮影された映像はさっそくアップロードされていたが、ネット右翼集団の男たちが機動隊につかみかかり、フェンスを越えようとして押しとどめられるなどの動きのあるシーンの連続だ。「てめえ、この野郎!ふざけんな」「バカ野郎!」「朝鮮に帰れ」「日本から出ていけ」などのドスのきいた怒鳴り声も入り交じる。あくまで映像はネット右翼の若者たちの側から撮影されている。視聴者が書き込んだ言葉を読んでいると、「こんなすごい映像なのにテレビはニュースにしない」などの感想も目につく。

テレビ局からすれば、ただ激しい肉弾戦というだけでは放送するわけに行かないだろう。放送することで暴力的な活動をエスカレートさせる懸念もある。また、彼らが叫ぶ声には差別そのものといえる放送禁止用語も多数含まれているので、放送するとしても、細心の注意が必要になってくる。またネット右翼は過去にテレビ局を標的に抗議活動を繰り返した厄介な人たちだ。そんなネット右翼を取材対象として扱うのは、リスクも高い。放送を実現するまでのハードルは多すぎる。

だとしても、靖国神社の周辺でこの日起きたことは社会の底流の現状を確かに物語っている。単純に社会の「右傾化」だと一括りに表現したところでディテールを伝えられなければ、その後ろで起きているリアルな背景には触れられない。

そうであればドキュメンタリーなど、なんらかの番組形式で実態を取材し、放送することはジャーナリズムならば役割のはずだ。15日夜のテレビニュースでは靖国神社周辺で目撃したようなデモや混乱に関する報道はなかった。唯一、韓国の国会議員たちが安倍首相を批判する声明を発表しようとした時に右翼団体と機動隊が小競り合いをしたと報じられた程度だ。新聞でも衝突の動きを細かく伝えたのは16日の朝日新聞朝刊「ぶつけ合う8・15  靖国周辺、デモと罵声」ぐらいだ。

既存メディアの記者たちも現場にはいたので様々な光景を目の隅にとらえながらも、報道としてほとんど無視する傾向がある。

他方、SNSはどん欲だった。「ニコニコ生放送」など新しいメディアは、最前線のシーンの撮影を進んで行っていた。激しい映像はより多くの人々がアクセスするからビジネスにもつながるからか。まず取材してその現場を伝える、という腰の軽さでは既存メディアの一歩先を行く。ただし、激しいぶつかり合いの映像を撮ってアップするだけでは、ネット右翼による「うさばらし」のような主張への賛同者を増やすだけだ。事実は事実として、それをどう伝えていくのかという課題が残されている。

8月15日の靖国神社。その周辺で起きている出来事については、大別すると、<ほとんど伝えないテレビや新聞>と<ネット右翼の側に立って撮影された映像をアップするSNS>という2つのメディアの傾向しかない。そこに広がるギャップを埋める報道が存在しないと、「日本人の右傾化」とされる問題に対しても、表面をなぞるだけの報道に終わり、的確な実態把握も分析もできないのではないか。

日本社会の底流で起きている人々の意識の変化。それをとらえようとするメディアの変化。いろいろなことを考えさせられる1日だった。