古くから続くインドネシアのグラメラ(ヤシ砂糖)作り。村の工房を訪ねてみた

インドネシアのグラメラ(ヤシ砂糖)

インドネシアで4番目に大きいスラウェシ島。

内陸ではヤシの樹液から砂糖を作り、暮らす家族がいる。製品の売り上げは収入の大半を占めている。

急速に変わりつつあるこの地域の、昔ながらの砂糖作りを追った。

 

かつて日本軍の占領下だったスラウェシ島

インドネシア・スラウェシ島はバリ島の北東に位置し、インドネシアで4番目に大きい島だ。植民地時代は「セレベス」と呼ばれていた。このスラウェシ島の西部には、毎年8月頃に伝統的な帆船のレースを行うことで知られるマンダール人という民族が住んでいる。多くのマンダール人がマグロやトビウオ漁などで生計を立て、トビウオの産卵期を迎える5月から8月にかけて、海岸線は漁から戻ってきた船、漁へ出る船で大賑わいである。

今回訪れたのは海岸線から15分ほどバイクで内陸に入った山間のタンメジャラ村。村は起伏のある林道と高床の家屋と、木がたくさん生えている庭を備えた景観が印象的だ。家々が密集している海岸線の雑然とした様子とは大きく違う。ここの村民は漁業ではなく、グラメラという砂糖を製造し、収入の柱にしている。昔から自生しているサトウヤシの樹液を採取して煮詰めることで砂糖を作り、近くの市場に卸してきた。

黒糖に似ているグラメラ

さばいた鳥や魚、野菜、穀物、スパイス……周辺の村々が利用する地域の市場では様々な匂いが混ざり、威勢の良い声が飛び交っている。日本のスーパーでは味わえない五感を刺激する特有の場に圧倒されるこの一画で、バナナの葉で飴玉を包んだようなグラメラ(ヤシ砂糖)が売られている。乾燥したパリパリの葉を剥ぐと、赤茶色で砲丸状の砂糖が現れる。このグラメラは甘いコクのある匂いで、黒糖のイメージが最も近い。さわると油分を若干含み、しっとりとしている。料理に利用する際にはおろし金で摩り下ろしたり、りんごの皮をむくように削り取ったりする。グラメラは東南アジアで広く普及している。マンダールの文化においても冠婚葬祭を含めた伝統料理・お菓子作りでも欠かせないものとなっている。

サダルさんの家内工場

今回グラメラ工房を見せてくれたのは、タンメジャラ村でヤシ砂糖を25年作り続けているサダルさん。彼らの一日はまず、原材料の採取からはじまる。採取といっても村の近くに自生しているサトウヤシに竹筒を取り付け、滲み出した樹液を溜めるという単純なものだ。樹液を採るためのサトウヤシは雄花の部分を切り落としてあり、その先端から1滴1滴、薄く濁った液体がぽとりぽとりと落ちてくる。液体に粘り気はほとんどなく、うっすらと白濁している。見た目以上に甘く、かき氷のみぞれシロップを少しだけ薄めたようなものと思うと想像しやすいだろうか。

さて、このサトウヤシの木だが、甘い樹液を日々滲出させるには下準備が必要だ。雄花をつける堅い枝の皮をむき、週に一回10分ほど叩き、それを1ヶ月半繰り返さねばならない。油が滲んできたら先端を切り落とすと、そこから甘い樹液が出てくるのだ。あとは朝と晩の2回採取するだけ。樹液は平均7カ月くらい出続ける。

樹液は採取後、ただちに鍋でかき混ぜながら煮詰めていく。次第にとろみが増し、無色に近かったものが赤茶色に変化していく。頃合いを見計らって、ヤシの殻を2つに切ったものを型枠として流し込んでいく。冷えると固形状になりヤシの殻からはずして中身だけ葉に包んで出荷する。

樹液は午前8時から午後2時ごろまで6時間かけてじっくり煮詰める。気温30℃を超える暑さの中で、扇風機もない小屋で、煙にまみれながら薪をくべて過ごす。グラメラは一日で8組(2個で一つの製品)程度できる。この作業による収入は一ヶ月で18,000円程度だ。

発酵すると禁断の「マニャン」に

もし、この樹液を加熱せずにそのまま放置しておくと、発酵してアルコール飲料となり「マニャン」と呼ばれるものに変わる。マンダール人はイスラム教徒なので原則アルコール飲料は禁忌であるが、発酵の弱いものなら強壮剤として密かに喜ばれて買われている。また発酵が強く進んだものは白ワインのような風味となり、アルコール度数も強くなる。結婚式などの祝い事で人々が集まる際には、裏庭などでどさくさに紛れて酒盛りしている者もいる。さらに発酵が進むと酸味が強くなり酢となる。

縄の素材にも

サトウヤシの木は樹液だけではなく、幹から生えている繊維も利用される。繊維は耐水性で丈夫なので、縄や箒の素材として売って家計を支えている。かつてはこの縄が海岸線の漁師たちの間で仕事に欠かせない縄として広く使われてきた。葉も耐水性があり屋根の材料として利用されてきた。樹液以外も有用な木なのだ。

急速な生活の変化、失われていく仕事

森の有用な木々に頼って生活してきたこの地域だが、過渡期を迎えている。人口増加による住居の開拓、道路の整備、それに伴う森林の伐採。スマートフォンや先進国の人々が持つ車や生活家電製品の流入、求められる現金収入。スラウェシ島の近代化が急速に進んでいるのだ。

森林の中で日陰を好むサトウヤシの木は、日当たりの良い大規模農園に向かず、これまでグラメラ作りは効率化されてこなかった。それゆえにタンメジャラ村ではその日採れる量だけの樹液を採取し加工している。それは森の恵みを適度に享受してきた姿といえるかもしれないし、カカオやクローブなどの小規模栽培のサイドワークと合わせて、実際に彼らの家族はこれまで十分暮らしてくることができた。

だがよりよい仕事や生活を求めて、カリマンタン(ボルネオ島)など他の土地へ移住してしまう者も多いという。タンメジャラ村は上下水道の整備がなく、高床式の家にビニールシートの天井、屋根はトタン材、水浴びは共用の井戸だ。最近は金回りの良い家から、トイレつきのレンガ・コンクリート造りの家が増えている。暑い気候であるから風通しの良い方が過ごしやすい家だと筆者は思うけれども、これを貧しい、とか、不便とかいう人の気持ちも理解ができる。便利で近代的な生活を望むなら、現在の仕事方法のままでは回っていかないのは容易に想像がつく。それは森の恵みとどう関わるかを考えることでもある。

急速に開発が進むこの島で森の恵みとともに生きるサダルさんたちは、これから何を選び取っていくのであろうか。

 

 

取材協力・写真提供 / 佐藤洋平(マンダール研究家・写真家)

 

 

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