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2009年を最後に俳優活動休止。出産、産後うつ、育児を経験して監督の道へ。知られざる歴史と向き合って

水上賢治映画ライター
「ポーランドへ行った子どもたち」より

 チュ・サンミ。日本でも彼女の名前に聞き覚えのある方は多いことだろう。

 俳優のチュ・ソンウンを父に持つ彼女は1994年に俳優デビュー。ハン・ソッキュとチョン・ドヨンと共演した「接続 ザ・コンタクト」、ホン・サンス監督の「気まぐれな唇」をはじめ、女優として数々の映画に出演してきた。

 映画「ポーランドへ行った子どもたち」は、彼女の映画監督デビュー作だ。しかも、韓国国内でもほとんど知られていない歴史に光を当てたドキュメンタリー映画になる。

 1950年代、朝鮮戦争の戦災孤児たちが北朝鮮から秘密裏にポーランドへ送られたという事実を知り、衝撃を受けて本作を作り上げたという彼女に訊く。(全四回)

チュ・サンミ監督
チュ・サンミ監督

現在進行形で起きているロシアの軍事侵攻で、

つらい思いをしているウクライナの子どもたちにもつながっている

 前回(第三回)は、ポーランドでの取材を振り返ってもらった。

 その取材を経て完成した本ドキュメンタリー「ポーランドへ行った子どもたち」は、チュ・サンミ監督にとって初監督作品となった。

 先に伝えたように彼女は、2009年を最後に俳優活動を休止。その後、出産、産後うつ、育児を経験して映画監督の道へと進み、本作は完成した。

 そのデビュー作は、2018年の釜山国際映画祭で披露され、その後、韓国で劇場公開されると観客動員数5万人を超えるヒットを記録。金大中ノーベル平和映画賞、春川映画祭審査委員特別賞、ソウル国際サラン(愛)映画祭基督映画人賞受賞など受賞を重ねた。また、日本では2020年の大阪アジアン映画祭、2021年の座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルで上映され、反響を呼ぶことになる。

 そのこともあり、日本での公開を強く望んでいたという。

「ようやく日本での公開を迎えることができていまとてもうれしく思っています。

 2020年の大阪アジアン映画祭、2021年の座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルで上映されて、ほんとうに多くの日本のみなさんが足を運んでくれました。そのときから、日本で劇場公開できたらと考えていましたので、いまとてもうれしい気持ちでいっぱいです。

 この映画を通して、韓国でも知られていないこの史実を日本のみなさんにも知っていただけたらと思っています。 

 1950年に勃発した朝鮮戦争により親を失い、心に大きな傷を負った戦争孤児たちの話は、北東アジアの国々と歴史的にかかわりがあるものだとわたしは思います。

 そして、現在進行形で起きているロシアの軍事侵攻で、つらい思いをしているウクライナの子どもたちにもつながっていると思います。

 日本のみなさんも、韓国・北朝鮮の隣国のひとりの市民として、またいま大きな危機を迎えているウクライナと同時代を生きるひとりの世界市民として、『ポーランドへ行った子どもたち』をみていただいて、『傷の連帯』を感じてもらえたらと思います。

 子どもたちに向けられたすべての『暴力』がなくなることを祈っております」

他者を受け容れるような気持ちがポーランドには伝統としてあるのではないか

 今回のウクライナ問題において、ポーランドは大きな役割を果たしている。チュ・サンミ監督は実際に訪れてみて同国の人々にどんなことを感じただろうか?

「ポーランドの人々には、ほかの民族を受け入れる、受容する心があるように感じました。

 ポーランドには、ナチスドイツによるホロコーストの象徴の場所であるアウシュビッツの強制収容所があって、戦後、多くのユダヤ人を受け容れた。そういう歴史的経緯もあるからかもしれないのですが、他者を受容する心がすごくみなさんにあるように思いました。

 旅に帯同してくれた通訳者が韓国の男性だったのですが、彼はポーランドの女性と結婚していました。

 韓国ではまだ『結婚は韓国人と』という意識が強くて、外国人と結婚するとなると親が反対することが多いのでちょっと聞いたんです、『親の了承をもらうのが大変だったのでは』と。

 その通りで、自分の親は大変だった。でも、ポーランドのご両親、彼にとっては義理の父母となるわけですが、そちらはまったく問題なし。とても結婚を祝福してくれたそうです。

 今回のロシアによるウクライナへの軍事侵攻に関しては、ポーランドはロシアに侵攻された歴史もあるので、ウクライナを見捨てないで保護しているところもあると思います。

 ただ、それ以上に、他者を受け容れるような気持ちがポーランドには伝統としてあるように感じて、多くのウクライナ人を受け容れているのではないかと感じています」

「ポーランドへ行った子どもたち」より
「ポーランドへ行った子どもたち」より

気になる劇映画の進行具合は?

 さて、気になるのは、小説「天使の羽」をもとにした劇映画の進行具合だ。実現しそうだろうか?

「そうですね。コロナ禍などもあって遅れてしまってはいるのですが、諦めずに着々と準備を進めています。

 まだ、発表はできないのですが、当初は劇映画を考えていましたけど、違う形もありかなと考え始めています。

 キャストには、もちろんイ・ソンさんに出演してもらおうと思っています。

 ただ、作品全体としては、脱北者だけを起用するとは考えていなくて、半分ぐらいは韓国の子どもだちでと考えていて。

 作品作りを通して、脱北してきた子たちと、韓国の子どもたちが出会って、たとえば北朝鮮の言葉を教えたりとかいった南と北の子どもたちの交流にもなればいいなと思っています。

 まだ実現はしてないですけども、クランクインの前に、たとえば3週間ぐらい合宿をして、南と北の子どもたちが一緒に演技を学ぶという時間をつくったりしながら作れる体制ができるといいなと思っています。

 この交流をまた今回のようにドキュメンタリーに残して、それもまた作品にできるかもといろいろと考えています。

 いつか日本のみなさんにもいい報告ができるように、実現にむけて頑張っていきたいと思っています」

【チュ・サンミ監督第一回インタビューはこちら】

【チュ・サンミ監督第二回インタビューはこちら】

【チュ・サンミ監督第三回インタビューはこちら】

「ポーランドへ行った子どもたち」ポスタービジュアルより
「ポーランドへ行った子どもたち」ポスタービジュアルより

「ポーランドへ行った子どもたち」

監督:チュ・サンミ

出演:チュ・サンミ、イ・ソン

ヨランタ・クリソヴァタ、ヨゼフ・ボロヴィエツ、ブロニスワフ・コモロフスキ(ポーランド元大統領)、イ・へソン(ヴロツワフ大学韓国語科教授)ほか

横浜シネマリン、名古屋・シネマスコーレほか全国順次公開

公式サイト http://cgp2016.com

写真はすべて(C)2016. The Children Gone To Poland.

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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