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聴こえない世界と聴こえる世界。その狭間で思い悩む子どもたち=コーダの存在を知って

水上賢治映画ライター
「私だけ聴こえる」の松井至監督  筆者撮影

 去る3月に発表された第94回アカデミー賞で作品賞、脚色賞、助演男優賞の3冠に輝いた「コーダ あいのうた」。

 この作品によって「コーダ」という言葉を、その意味を、コーダの存在を初めて知った人は多いのではないだろうか?

 「コーダ=CODA」は「Children Of Deaf Adults」の頭文字をとった造語で、耳の聴こえない親から生まれた耳の聴こえる子どもたちのことを意味する。

 家では手話で、外では声で語る彼らの置かれる境遇は複雑だという。

 聴こえる側の世界にも、聴こえない側の世界にも、彼らはなかなか居場所を見出せないという。

 松井至監督による「私だけが聴こえる」は、「コーダ」という言葉が生まれたアメリカのコーダ・コミュニティを取材した長編ドキュメンタリー。

 まさに聴こえない世界と聴こえる世界の狭間で揺れ動く10代のコーダの子どもたちを見つめている。

 「コーダ」について3年にわたって取材をした松井監督に訊く。(全五回)

津波から生還したろう者の証言記録を作れないか、との思いがはじまり

 はじめは制作のきっかけについての話から。それは2015年までさかのぼることになる。

「NHK ワールドで、東日本大震災の復興について追うシリーズの番組があって、そこで企画を考えたことが出発点になっています。

 2015年のことですけど、震災から4年を経過して、復興関連の動きというのはかなりいろいろと伝えられていた。

 その中で、新たな切り口や新たな事を伝えられるような企画はあるのか、考えていたんですけど、ふとひとつの詩を思い出したんです。

 岡田隆彦さんの現代詩で、

『おれは三日間音を殺してみた

おれは三日間色を剝ぎとってみた

おれは三日間形を毀してみた』

 という詩が思い起こされた。

 そして、その詩に倣って自分の身体も同じような状態に置いてみたら、東日本大震災の番組提案を考えていたからか、津波の映像が無音で頭に浮かんできた。

 被災地の沿岸部で津波が来たときに、耳の聴こえない人はサイレンも聴こえなかっただろうし、防災の放送も聴こえなかったはず。

 周囲で『逃げろ』と叫んでいた人がいても、その声もきこえない。

 津波が迫りくる中で、地鳴りも警報も人の叫び声も聴こえなかった人がいて。

 その人たちだけが取り残されて、ほかは誰もいなくなってしまう。

 そういう町の光景というのが頭の中でイメージされて、ぴたっと脳に貼り付いたようになって離れなくなってしまった。

ろうの親を持つ子どもたちの存在を知って

 そのとき、『このことを取材したい』と思って、津波から生還したろう者の証言ドキュメンタリーを作れないかと思いました」

 こうして、宮城沿岸部を周り、ろうの方々の取材を始めたという。

「津波から逃れることができた、ろうの方々にお話しをきいていくと、耳が聴こえる人たちとは違う問題が出てくる。

 『これは重要な震災証言になるな』と思いました。

 そのお話しの中で、必ずお聞きすることになるのが『どうやって津波に気づいて逃れることができたのか?』ということ。

 するとほとんどの方が『近くに住んでいる子どもが駆け付けてくれた』とお答えになった。

 そのときに、初めて、ろうの方々のお子さんたちの存在に考えが及んで。

 『ろうの親を持つ子どもたちというのは自由に制限があるというか。

 親元から離れたり、実家を出たりすることがそう簡単にはできない。

 こういう大きな災害がいつあるかわからないから、親が暮らす周辺で人生を送ることになるのではないか』と思いました。

 そう感じたときに、はじめてろうの方々のお子さんたちに考えが及びました。

 振り返ると、このときが僕と『コーダ』の最初の出会いだったと思います」

「私だけ聴こえる」より
「私だけ聴こえる」より

手話通訳者のアシュリーさんのカミングアウト

 そこで、ろうの親をもつ方々の話もきくことになる。

「ろうの方々とともに、そのお子さんたちにもお話しをきくことになったのですが、特に印象的だったのが、ホームサイン。

 ホームサインは、その家庭内だけで交わされる手話というべきもので。

 その親と子の間でだけは成立している手話で、コミュニケーションが交わされている。

 お子さんたちは『これは家の中でしか通用しない。ほかのろう者の方には通じません。ほんとうの手話はできないんです』とおっしゃるんですけど、僕は、なにか小さな言語のようで、すごく素敵なものだなと思って強く惹かれるところがあった。

 そのことでさらに興味をもってろうの方々だけではなく、彼らの息子さんや娘さんたちにもお話しを聞いてまわっていきました。

 ただ、その一方で、一緒に取材をしていた手話通訳者のアシュリー(・ライアン)さんの気持ちがどんどん落ち込んでいったんです。なんか元気がない。

 理由が僕はわからなかったので、聞きました。『どうしたの?』と。

 すると、彼女は『彼らはコーダなんです』と語り出した。このとき、僕ははじめて『コーダ』という言葉に触れたので、聞き返しました。『コーダとは何?』と。

 彼女は、『コーダとはChildren Of Deaf Adultsで…』と説明してくれて、そのあとに『私もコーダなんです』と打ち明けてくれました。

 そこから、『ろう者の娘であり息子というのは、小さいころ、ろうの親と聴者の世界をつなぐためにいろいろとしないといけない。ろうのコミュニティでは<聴こえる人>ということで受け入れられず、一方、聴こえる世界でも親がろう者ということで<障がい者の子>という扱いを受けて居場所がない』といったことなど、コーダの境遇について説明してくれて。それは切実な話でカミングアウトに近いものでした。

 つまり、話をきいていた息子さんや娘さんと、彼女は同じような境遇にいた。

 そして、彼女は『コーダを知らないコーダの存在』にひじょうに心を痛めていて、それで落ち込んでいたんです。

 僕らがお会いしたお子さんたちはちょうど40~50代の方たちでした。

 みなさん、コーダという概念を知らないわけです。

 『コーダ』の存在が世界で知られるようになってきたのは、ここ最近の話にすぎない。

 当時2015年の時点では、日本での認知度もまだまだ。ほとんど知られていないといっていい。

 だから、アシュリーさんからすると話をおききした方々は『この人たちは自分がコーダであることも知らない。仲間を見つけることもできない中で、自らもアイデンティティーも築けないで、よくここまで生きてきた』という思いがあったみたいで、彼らに心を寄せていた。

 彼らと話していくうちに自分の過去がフラッシュバックしてきて落ち込んでいたんです。

 この話をきいてアシュリーさんを前にしたとき、僕としてはやはり感化されるところがありました。

 それで、まだコーダについてのドキュメンタリー映画も撮られていないという話になって。

 アシュリーさんから『松井にそのドキュメンタリーを撮ってほしい』と言われて、『はい、撮ります』となって、アシュリーさんと一緒に制作をスタートさせることになりました」

(※第二回に続く)

「私だけ聴こえる」メインビジュアル
「私だけ聴こえる」メインビジュアル

「私だけ聴こえる」

監督: 松井至

出演:ASHLEY RYAN / NYLA ROBERTS / JESSICA WEIS / MJ / 那須英彰

シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中

公式HP www.codamovie.jp

写真はすべて(C)TEMJIN / RITORNELLO FILMS

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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