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萎縮するいまのテレビでは出演NGの人気芸人に密着。なぜテレビばかりが悪者扱いされるのか?

水上賢治映画ライター
「テレビで会えない芸人」より

 鹿児島テレビがテレビではなく劇場版として届けるドキュメンタリー映画「テレビで会えない芸人」は、タイトル通り、ひとりの芸人を追っている。

 その芸人の名は、松元ヒロ。

 かつて社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」で彼は数々のテレビ番組に出演していた。

 しかし、ある意味、テレビという場に見切りをつけて、1990年代末に活躍の場を舞台へと移す。

 そんなテレビに出なくなった芸人を、テレビカメラが追っている。

 ただ、本作は、ただ単に芸人を追った人間ドキュメントではない(※人間ドキュメントとしても側面をもってはいる)。

 ひとりの芸人からみえてくるのは、テレビというメディアの現状にほかならない。

 なぜ、松元ヒロはテレビで見ることができないのか?

 政治や社会問題を風刺する彼の芸を、テレビで流すことはほんとうに許されないのか?

 さまざまな問いが浮かんでくる。

 松元ヒロと時間を共有したテレビマンは何を感じ、何を見たのか?

 手掛けた鹿児島テレビの四元良隆、牧祐樹の両監督に訊く。(全五回)

なぜテレビばかりがここまで責められるのか?

 前回(第三回)は、自らが身を置くテレビにあえて刃を向ける内容になったことについて主に訊いた。

 そこには、なにかとバッシングを受けることの多いテレビの現状が確実にある。

 ただ、わたしからすると、なぜテレビばかりがここまで責められるのか、ひとつの間違えさえ許されない状況になっているのか、悪者のようにされるのか、わからないところがある。批判するだけではなく、もっと認めるべきところもあるだろうと思う。

四元「ネットやSNSの普及で個人が声を上げて、誰でも届けられるようになった。

 そうなったときに、既存のメディア、これはテレビに関係なくだと思うんですけど、どこかカウンターとしての存在になったところがあるのではないかと思います。

 テレビは社会に大きな影響をもつメディアの象徴のようなところがあったので、新興のネットメディアがどんどんのびてきたときに対比としてターゲットになりやすかった。

 そうこうしているうちに、ネットが先行して、テレビが後追いで伝えるようなケースが増え、いつしかテレビは『オワコン』と言われるようになってしまった。

 作っている側の人間としては、悔しい思いはあります。

 とはいえ、ローカル局にいる身からすると、あまりネットに先んじられたり、叩かれたり、規制でがんじがらめになっていたりといった感覚はないんです。

 むしろキー局のテレビマンの方が強く感じているのではないかと思います。

 いままで普通にできていたことが、できない。

 自分で見ていても、『ここまで配慮しなくてもいいのではないか』と思うことがたびたびあります。

 たとえばおそらくふつうにみても気づかないぐらいのブランド名とかにモザイクがきっちりかけてあったりする。

 ある町の風景が映っている中で、看板にすべてモザイクが入れられたりしている。

 そこまでしないといけない状況になっている。

 これがいま世の中に求められているテレビなのかなと思いますけど、現実はそうなっている。

 受けるべき批判は受けますけど、もう少しテレビを信じてくれても……との思いはあります

「テレビで会えない芸人」の四元良隆監督(左)と牧祐樹監督(右) 筆者撮影
「テレビで会えない芸人」の四元良隆監督(左)と牧祐樹監督(右) 筆者撮影

冒頭の場面は、ドキュメンタリーの神様が導いてくれた映像

 話を作品の内容について戻すが、前も触れたように基本的に松元ヒロさんから撮影に関して「ここは撮らないでほしい」といったNGはなかったとのこと。

 作品はだからこそ撮れたといってもいい、松元ヒロさんの人となりが見事にわかる奇跡的なシーンから始まる。

 変な話、このシークエンスは、こんなすごい場面を一番最初にもってきてしまっていいのか?と思うぐらい。

 ここはヒロさんと撮影クルーが渋谷で合流。そこでヒロさんがちょっと困っている盲目の女性を気にとめたところから始まるのだが、ヒロさんをもっと知りたくなってくるような場面であり、袖振り合うも他生の縁のような不思議な出会いと別れが収められたシーンになっている。

「あの一連のシーンは、カメラをまわし続けていたから撮れたというか。狙って撮れるものではない。

 たとえ狙ったとしてもたぶん一生撮れないのではと思います。

 そこはほんとうにドキュメンタリーの神様が導いてくれた映像だなと僕は思っています」

四元「あの最後に互いに手を振っている情景は僕も忘れられないです」

東海テレビの阿武野勝彦氏がプロデューサーを務めている理由

 その制作の舞台裏でひとつききたいのは、プロデューサーについて。

 本作は鹿児島テレビのドキュメンタリー映画になる。

 ただプロデューサーは、数々の名作ドキュメンタリー番組及びドキュメンタリー映画を手掛ける東海テレビの阿武野勝彦が務めている。

 この経緯はどういう流れだったのだろうか?

四元「阿武野さんとは10数年前に出会っています。

 僕が手掛けた『私たちは日本人です~ドミニカ移民50年の叫び』(2007年)が日本民間放送連盟賞優秀賞を受賞した。

 その授賞式に、阿武野さんも『約束〜日本一のダムが奪うもの〜』で出席されていて、そのときにごあいさつしたのが縁で、以後、連絡を取り合うようになりました。

 阿武野さんが手掛けられた作品を送ってきてくださって、僕が感想を求められることもあれば、その逆で、僕が作ったものを阿武野さんに送って、感想をいただく、そんなやりとりを続けています。

 大きな反響を呼んだ東海テレビの『さよならテレビ』のときも、阿武野さんからいろいろと話は聞いていました。

 『いま報道部にカメラを入れているんだけど、もめてる』とか『言うのは簡単だけど実際にやるとなると大変だ』といった話を聞いていました。

 そういう関係があって、今回もいろいろと制作する上で相談にのってもらっていました。

「テレビで会えない芸人」より
「テレビで会えない芸人」より

 テレビで放送されたバージョンの『テレビで会えない芸人』が、日本民間放送連盟賞最優秀賞やギャラクシー賞を受賞して、うれしいことにいくつか配給会社から『これ映画にしませんか』という話をいただいた。

 このとき、阿武野さんにまた相談したんです。『こういう話があったんですけど、どう思いますか』みたいな話を。

 すると、阿武野さんがそれだったらということで逆にいまの配給会社(東風)につないでくださった。

 ならば、映画版はもうお願いできるのであれば阿武野さんにプロデュースをお願いできないかと思いました。僕の中に、阿武野さんと一度、一緒に作品を作りたい気持ちもあったので、もう二度とないチャンスかもとも思いました。

 そこで『プロデューサーをお願いできませんか』と思い切って切り出したら、阿武野さんはひと言『いいよ』と言ってくれた。

 僕からすると阿武野さんは、テレビドキュメンタリーの巨人で。

 阿武野勝彦の手掛けるドキュメンタリーならば見てみたいという映画ファンの方が確実にいらっしゃる。

 ですから、作品を送り出す上でこれ以上心強い人はいない。だから、ほんとうにありがたかったです。

 いま考えると、たぶん、僕らに対して阿武野さんもヒロさんと同じような気持ちがあったのではと思っています。

 ヒロさんは同郷のテレビマンである僕らの思いを汲み取って、取材に応じてくれたところがある。

 阿武野さんも同じローカル局である僕らの思いを汲み取って、プロデュースを引き受けてくれたのではないかと思います。

 僕らの背中をポンと押してくれる、エールを込めて、お二人とも引き受けてくれた。

 だから、ほんとうにありがたい気持ちでいっぱいです」

(※第五回に続く)

【四元良隆監督×牧祐樹監督インタビュー第一回はこちら】

【四元良隆監督×牧祐樹監督インタビュー第二回はこちら】

【四元良隆監督×牧祐樹監督インタビュー第三回はこちら】

「テレビで会えない芸人」より
「テレビで会えない芸人」より

「テレビで会えない芸人」

出演:松元ヒロ

監督:四元良隆 牧祐樹

プロデューサー:阿武野勝彦

撮影:鈴木哉雄 編集:牧祐樹 音響効果:久保田吉根 音楽:吉俣良

制作:前田俊広 山口修平 金子貴治 野元俊英 崎山雄二 荒田静彦

クレジットアニメーション:加藤久仁生

全国順次公開中&上映会受付中

公式サイト → https://tv-aenai-geinin.jp/

場面写真はすべて(C)2021 鹿児島テレビ放送

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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