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落下した植木鉢が住民を直撃。手袋に泥をつけた認知症の父に疑念を抱く息子を演じて考えたこと

水上賢治映画ライター
「誰かの花」で主演を務めたカトウシンスケ 筆者撮影

 こういういい方は、本人に失礼に当たるかもしれないが、いまもっとも顔が定まっているようで定まっていない俳優といっていいかもしれない。

 それぐらい、いろいろな顔をみせてくれているのが、カトウシンスケだ。

 チンピラやアウトサイダーのような不良性を帯びた人間も似あえば、誠実な人間を演じても無理がない。

 そして、どの役も一度みたら忘れられない強烈なインパクトを放つ一方で、どこかキャラクター化しない匿名性を保つ。

 横浜の老舗映画館「横浜シネマ・ジャック&ベティ」の30周年の企画作品として届けられた奥田裕介監督の長編第二作「誰かの花」でも、カトウは間違いなく主人公として物語の中心にどっしりと根差しながら、どこかほかの登場人物たちと同等に並んでいるように映る。

 日本映画界に欠かせない俳優になりつつある彼に訊く(第一回第二回第三回)。(全五回)

当事者になったときに自分がどう振る舞うかというのは、

そのときになってみないとわからない

 第四回となる今回は、白黒つけられない物語についての話から。

 まず改めて物語に触れると、強風吹き荒れるある日、団地のベランダから落ちた植木鉢が住民に直撃。その住人が緊急搬送され、のちに死亡する事故が発生する。

 団地が騒然とする中、認知症の父の身になにかあったのではないかと孝秋と、ヘルパーの長谷川は家に駆け付ける。

 幸い父は無事だったが、そのとき、ふたりはあるものを目にする。

 それはベランダの窓が開き、土がしっかりとついた父、忠義の手袋。

 この瞬間から、孝秋は父へ疑念を抱くが、そのことに関して口をつぐむ。口外することはない。

 ひとことで正と悪と判断できない状況で揺れ動く人間の心情を描いた物語は、なにか自身の人間性を試されるような気分にさせられる。

「ほんとうに考えさせられますよね。

 客観的な視点に立って、きわめて冷静に判断すると、孝秋の示す態度はどうなのか、となると思うんです。

 対して、ヘルパーの長谷川の目線というのは、すごく正しい。おそらく人としては彼女のようにあるべきだと思うんです。

 父が引き起こした事故かもしれないと、しかるべきところに伝える。

 でも、僕自身にそれができるかというと正直なところ自信がない。もし、自分のすごく親しい大切な人間だったら、守ろうとしてしまうかもしれない弱さが自分の中にはあるかもしれない。

 これは奥田監督も言っていることですけど、当事者になったときに自分がどう振る舞うかというのは、そのときになってみないとわからない。

 だから、長谷川のようにあるべきと思う人だって、その場に立ってみたら(考えが)かわるかもしれない。

 逆に孝秋と同じようになってしまうかもと考える人でも、長谷川のような考えにいたる可能性もある。

 ただ、いずれにしても、孝秋という人間を前にしたときに、彼に感情移入をしつつも、おそらく多くの場合、頭では『彼に感情移入していいのか』と思うんです。彼の行動を正当化していいのかと。そういう思考や想いが混ざり合って絡み合っている。一色にならない。

 映画をみたときは、あまりそう思わなくても、見終わってからしばらくするとじわじわと『彼に共鳴していいのか』『いや、でも自分も孝秋と同じような行動をとってしまうかもしれない』と疑問がわいてくる気がする。どちらが正解でどちらが不正解なのかわからなくなる。

 そういう簡単に割り切れない、立場によって心が揺れ動くところが物語全体の印象としてもあると思うんです。

 たとえば列車が暴走して、次の分岐点で右にいったら死者はたった一人ですむ、左にいったら被害は甚大で100人の人間が死んでしまうとする。

 じゃあ、あなたどっちを選択しますか?となったら、どういう選択をするかわからないですよ。

 一人助かる人間が自分の愛する人だったら、そちらを選んでしまうかもしれない。でも、それって人として正しい選択だったとは言い切れない。

 そういう社会の中にある、人間の中にある不条理なことだったり、白黒つけられないことを突いている。

 自身が脚本に深くかかわっていて言うのもなんなんですけど、すごいやっかいな物語だと思います(苦笑)」

「誰かの花」より
「誰かの花」より

人間の感情の機微をしっかりととらえている物語だと思います

 こういうシチュエーションを思いつく奥田監督をどう思うだろうか?

「鋭いですよね。

 たとえば、植木鉢の落下事故でバッシングの対象になってしまう岡部の存在とか絶妙ですよね。

 彼はいつ落下するかわからない植木鉢をベランダにほぼ放置していた。その植木鉢がなんらかのはずみに落下して、たまたま通りかかった住人に直撃してしまう。

 彼はちょっと愛想がない人物で、近所の人と仲がいいわけではない。

 だから、孝秋としても、父が植木鉢落下の一因かもと疑念が生まれ、もしかしたらと推察しながらも、『あんなところに放置した岡部が悪い』と、だから彼が罪を負うべきだという気持ちがちょっと生まれる。

 『お前がこんなところに放置しなかったら、この事故は起きなかっただろ?』と、たぶんこれは孝秋だけではなくて、ほとんどの人がちらっとは思う。

 でも、これって、少し違うけど、たとえば刃物で殺人を犯した人間が『包丁を作ったやつが悪い』と言っているのに近い。

 ようは他人のせいにして逃げようとしている。

 岡部という人間を置いたところから、こういう人間の弱さを浮かび上がらせる。

 見る側の心をざわざわさせて、かつ、なにか宙ぶらりんというか、右へ左へと揺らす。そういう構造になっている。頭で思うことと、人物に心が寄り添うこととが乖離したり癒着したりしながら物語が進んでいく。そして僕たちは考え続け、自分と向き合うことになる。うながされる。

 ほんとうに人間の感情の機微をしっかりととらえている物語だと思います」

(※第五回に続く)

「誰かの花」 奥田裕介監督
「誰かの花」 奥田裕介監督

【カトウシンスケインタビュー第一回はこちら】

【カトウシンスケインタビュー第二回はこちら】

【カトウシンスケインタビュー第三回はこちら】

「誰かの花」ポスタービジュアル
「誰かの花」ポスタービジュアル

「誰かの花」

監督:奥田裕介

出演:カトウシンスケ、吉行和子、高橋長英、和田光沙、村上穂乃佳、

篠原篤、太田琉星

全国順次公開中

公式サイト → http://g-film.net/somebody/

場面写真およびポスタービジュアル、監督写真は(C)横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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