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なぜ、おじさんと若い女性は良くて逆はダメ?良妻賢母を求められる40代女性の描かれ方を問う

水上賢治映画ライター
<第34回東京国際映画祭>「親密な他人」Q&Aより 中村真夕監督

 少し前の話になってしまうが、昨秋に開催された<第34回東京国際映画祭>で、個人的に気になる日本人女性監督が何人かいた。

 そのひとりが、Nippon Cinema Now 部門に「親密な他人」を出品していた中村真夕監督だ。

 中村監督は、2011年の「孤独なツバメたち〜デカセギの子どもに生まれて〜」皮切りに、2014年の「ナオトひとりっきり」、2020年の「愛国者に気をつけろ!鈴木邦男」など、主にドキュメンタリー映画を発表してきた。

 ドキュメンタリー映画作家の印象を抱いている人も少なくないに違いない。

 その中で、デビュー作「ハリヨの夏」以来になる劇映画「親密な他人」を発表。

 また、東京国際映画祭(TIFF) 併設ビジネス・コンテンツマーケットと実施されていた<TIFFCOM>のMPA/DHU/TIFFCOMピッチコンテストにおいては、中村監督の企画「ボクとワタシと、僕の彼女」がMPA Grand Prizeに輝いた。

 さらに、東京国際映画祭の前には、10月に開催された山形国際ドキュメンタリー映画祭(※今年はオンライン開催)に「ナオトひとりっきり」の続編になる「ナオト、いまもひとりっきり2020(仮)」で参加。

 その最終章と予定される「劇場版ナオト、いまもひとりっきり2022完結編」も現在制作進行中である。

 今年、いろいろと動きがありそうな中村監督に東京国際映画祭時に話を訊くインタビューの第二回へ。(全三回)

なんで、おじさんと若い女性はいいのに、逆はダメなのか

 前回(第一回)は久々に長編劇映画「親密な他人」を発表するに至った経緯について訊いた。

 「親密な他人」の詳細については劇場公開時に改めて中村監督の言葉を届けたいと思うが、ひとつだけ触れておくと、いまの日本映画界においてかなり意欲的な試みがなされている。

 そのひとつが中高年の女性を主人公に置いていることだ。

 しかも、たとえば40代、50代にして若々しく、『とてもその年齢にはみえない』といった日本のドラマや映画によく出てきそうなアンチエイジングな女性ではない。

 言い方に語弊があるかもしれないが、年相応の『ふつうのおばさん』を主人公に、息子でもおかしくない若い男に対する彼女の異様な執着を描く。

「15年ぐらいを経て、久々の劇映画に取り組んだわけなのですが、、デビュー作を撮り終えて、次を考えたときに、中高年の女性、しかもありふれた日常を生きている女性の物語というのは考えていました。

 今回の『親密な他人』へとつながっていく中高年の女性と、若い男性を主軸にしたちょっとエロティックな要素も入った物語というのもおぼろげながら考えていた気がします。

 それはなぜかといったら、日本映画にそういう作品が見当たらないもどかしさがあったから。

 たとえば、中年男性と女子高生という組み合わせの設定はあまり珍しくないとみなさん感じるのではないでしょうか?

 でも、それの逆パターン、ミドルエイジの女性と若い男性という組み合わせの設定となるとどうでしょう。途端に見当たらないし、設定として眉をひそめる人もいるのではないでしょうか?

 なんで、おじさんと若い女性はいいのに、逆はダメなのか。その固定観念みたいなものを打ち破りたい気持ちがありました。

 それから、そもそも、40歳を超えた女性が主人公のドラマや映画がほとんどない。

 あったとしても、たとえばバリバリのできるキャリアウーマンや40代にみえないスーパーウーマンといった、いわゆる『出来る女性』のタイプと、もしくは肝った玉母さんみたいな主婦のタイプか。

 両極端で、中間にいる、その他大勢に属するようなタイプの女性がほとんど描かれていない。

 いまを生きる大人の女性が共有できるような大人の女性の映画がないなと。

 あまり海外と比べるのは嫌なんですけど、見渡すと、アメリカにしてもヨーロッパにしても、現代の大人の女性の生き方や直面する問題をきちんと描いた映画が存在している

 でも、日本映画はあまりない

 それと、日本はいまだに女性の描き方が画一的といいますか。

 特に30歳以上の女性の描かれ方が、もうその年齢を超えたら『良き妻、良き母であれ』みたいな扱いになって、『性』の問題も抜け落ちる。

 それで『え? いまだ昭和のドラマですか』みたいなことになる(笑)。

 いまや自ら独身を選択している女性もいれば、バリバリ働きながら子どもを育てている女性もいる。シングルマザーだってめずらしくない。

 もっといろいろな女性像が登場していいと思うんです。いまどき良妻賢母だけじゃないでしょうと」

黒沢あすかさんに、イザベル・ユペールや

ジュリエット・ビノシュのようになってもらいたかった

 「親密な他人」で黒沢あすかが演じている恵は、そうした中村監督の思いを体現している人物といっていいかもしれない。

 すばらしいのが恵の佇まいだ。

 ごくごくふつうの中年の女性にみえながら、ときおり、なんともいえない異様な妖艶さを漂わす。

 ただ、変に色づけないというか。変に若く見せることもなければ、美しくみせようともしない。

 黒沢は、年相応、それなりの歳月を経てきた女性のあるべき自然な佇まいでこの役に臨んでいるようなところがある。

「たとえば、フランス映画だったら、イザベル・ユペールやジュリエット・ビノシュとか。

 いま、ビノシュは50代後半に、ユペールは60代後半になっていますけど、当たり前のようにセクシーな役に挑んでいる。

 しかも、そういう役をいまの自身の現状の容姿でやってしまうというか。

 変にしわを隠したりとかしない。変に若作りすることもなければ、変に老け込むこともない。

 ほんとうにあるがままの姿で、もうそういう年齢にいる女性として存在してみせてくれる。それがすごくいい。

 だから、今回は、黒沢(あすか)さんに、イザベル・ユペールやジュリエット・ビノシュのようになってもらいたかった。

 生きてきた歳月がそのまま役ににじみ出てくれたらなと」

<第34回東京国際映画祭>「親密な他人」Q&Aより 中村真夕監督
<第34回東京国際映画祭>「親密な他人」Q&Aより 中村真夕監督

いつかアメリカで映画が撮れたら

 いま海外の作品についての話が出たが、実は、中村監督自身、海外での活動をずっと視野に入れてきたと明かす。

 いまの実現をあきらめていないという。

「実はわたし、アメリカの永住権をもっているんですよ。かれこれ10年以上前に、取得しているんです。

 それで、アメリカでなんとか実現させたいと思っている企画があります。

 周りからは『もういい加減あきらめたら?』と言われてたりするんですけど(笑)。

 いろいろとハードルが高いところはあるんですけど、まだ挑戦することをあきらめていません。

 いつかアメリカで映画が撮れたらと思っています」

市川崑監督の姿勢を見習って、常に企画をいくつか抱えるようにしています

 そう先を見据えるが、前で触れたように日本でいまはいろいろな企画が実現へと向かっている。

 ただ、これはいままでずっと続けてきたこと。

 たまたま、ここにきて実現が重なっただけという。

「いくつも企画を進めすぎと思われるかもしれないんですけど(笑)、映画はどれがいつ実現するのかわからない。

 なので、わたしは常に4つぐらい、企画を抱えて進めているんですよ。

 これは、市川崑監督の教えといいますか。

 2006年の『犬神家の一族』のとき、メイキングを岩井俊二監督が担当して。わたしはその下で働いていたんです。

 そのときに、市川監督が『自分は常に4つぐらいの企画を抱えている』とおっしゃっていた。

 当時、すでに市川監督は90歳を超えていたんですけど、すごいなと思って。

 その年になっても、未来を見つめて、実現させようとしている企画があるのかと驚いたんです。

 その市川監督の姿勢を見習って、わたしも常に企画をいくつか抱えるようにしているんです」

(※第三回に続く)

「親密な他人」より  (C) 2021 シグロ/Omphalos Pictures
「親密な他人」より  (C) 2021 シグロ/Omphalos Pictures

「親密な他人」

監督:中村真夕

出演:黒沢あすか、神尾楓珠

3月5日(土)よりユーロスペースにて公開

※<第34回東京国際映画祭>「親密な他人」Q&Aの写真は、(C)Tokyo International Film Festival All Rights Reserved.

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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