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障がいのあった男が最期に遺したセックスの記録を映画に。若い女性から予想外の支持を受けて考えたこと

水上賢治映画ライター
「愛について語るときにイケダの語ること」真野プロデューサーと佐々木監督 筆者撮影

 いまはもうこの世にいない、池田英彦。映画「愛について語るときにイケダの語ること」は、彼の最後の願いから始まった。

 四肢軟骨無形成症だった彼は、40歳の誕生日目前でスキルス性胃ガンステージ4と診断され、「今までやれなかったことをやりたい」と思い立つ。

 その思いは性愛へと向かい、自分と女性のセックスをカメラに収める、いわゆる「ハメ撮り」をはじめると、自らの死をクランクアップとし、その映像を自身主演の映画として遺すことを望んだ。

 その遺言を託された池田の親友でドラマ「相棒」などを手掛ける脚本家の真野勝成は、「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」や「ナイトクルージング」などを発表している友人の映画監督、佐々木誠に池田の映像を託す。

 こうして池田英彦企画・監督・撮影・主演、初主演にして初監督にして遺作となった映画「愛について語るときにイケダの語ること」は生まれた。

 大きな反響を呼ぶ本作については、これまで撮影・脚本・プロデュースを担当した真野勝成(前編後編)と、共同プロデューサー・構成・編集を担当した映画監督の佐々木誠(第一回第二回第三回第四回)、そしてキーパーソンを演じた毛利悟巳(第一回第二回第三回第四回番外編第一回番外編第二回番外編第三回)のインタビューを届けた。

 今回は、いまも反響がやまず、異例のロングランが続く現状からどういう声が届いているのかを、真野プロデューサーと佐々木監督に訊いた。(全五回)

1回限りの上映から劇場公開、そして満員御礼の大反響へ

 以前も触れているが当初、本作は関係者をメインにした1回限りの上映で終わる予定だった。

 その中で異例の劇場公開が決定。昨年6月から東京で公開が始まると連日満員御礼!という反響を呼ぶことになった。(※ちなみに昨年末の東京でのアンコール上映も連日満席が続き、上映は延長となった)

無名の男が出ているだけの映画、あまり人が来なくても仕方がないかなと

 この反響を正直なところどう受けとめていたのだろうか?

真野「劇場公開が決まったからには、やはり多くのお客さんにみてほしいのが携わった人間の本心です。

 ただ、こればっかりは蓋を開けてみないとわからない。

 特に初日は心配でしたね。『果たして、お客さんがくるのだろうか?』と。

 僕にしても佐々木さんにしても関わった者としては『この作品はおもしろい!』と自信をもって出していますけど、一般のみなさんが興味をもって実際に劇場に足を運んでくださるかは皆目見当がつかない。

 そもそも、人気のスターが出ているわけでもない、無名の男が出ているだけの映画ですから(苦笑)

 しかも、主題にあるのが、障がい者のセックスで、主人公は末期ガンで死期が迫っている。

 『そんなネガティブな要素だらけの映画は……』と敬遠されても不思議じゃない。だから、正直なところ、『あまり人が来なくても仕方がないかな』と思ってたんですよ

 だから、連日満席が続いたことには、もうびっくりで、素直に多くのお客さんが来てくださってうれしかったです。そして、ちょっと安心しました。

 あと、公開を決めてくれた劇場の支配人さんも驚いて、興奮していましたね(笑)」

障がい者の性は世間的にタブー、懸念がなかったかといったら嘘になる

佐々木「自分で言うのもちょっとなんなんですけど、僕も作品には自信を持っていました。

 きちんと理解してもらえたら、『きっとお客さんはついてきてくれるはず』と考えていました。

 ただ、懸念がなかったかといったら嘘になる。

 僕はそうは思いませんけど、いわゆる世間一般でいうと障がい者の性はタブーで。それを扱うような作品というのは批判を浴びやすいことは想像できる。

 僕が監督した映画『マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画』(2015年公開)のテーマはまさに障がい者の性にあったんですけど、当時、いろいろ言われてだいぶ叩かれました。

 それから約7年近くが経っていますけど、いまはもちろんすべてがそうではないですけど、ある事柄があったとしたら、それが歪曲され伝えられ、瞬く間に炎上するような時代になっている。

 だから、そういう事態が起きても不思議じゃないなと。

 ただ、1回限りの上映イベントのときの反応がすごく良かった。しかも、けっこう深いところで池田さんのことを理解する人がほとんどで。

 その点で、へんな誤解を招くような作品ではないという自信は得ました。

 でも、正直なことを言うと、連日満席!といった事態になるとは思っていなかったですね。

 まあ、言ってしまうと、超ミニマムな映画じゃないですか。

 映画の素人のおじさん2人が安いカメラで撮って、その映像をまとめたに過ぎない(苦笑)。

 でも、こういう映画がこうやって多くの人の心に届いたのは誇っていいことなんじゃないかと。

 いまは『さあ4Kで撮らなきゃ』とか『音楽は最高の音質で有名なアーティストの曲を』とか、そういうのが映画の標準になっている。

 そういう作品と比べたら、『愛について語るときにイケダの語ること』は画質も音声もかなり劣る。

 でも、画質が悪いとか、音声が悪いとか言う人は誰もいなかった。そういうことではなく、この映画で語られていること、内容について言及してくれる人がほとんどでした。

 改めて映画は見た目ももちろん大切だけど、なによりも中味、内容だよなと感じました。

 そして、このようなアナログで実験的な映画があってもいいんじゃないかなと思いましたね」

「愛について語るときにイケダの語ること」より
「愛について語るときにイケダの語ること」より

若い女性がすごく多かったのは予想外でした

 その東京での劇場公開では予想外のことがあったという。

佐々木「若い女性がすごく多かったんです。これは予想外でした。

 障がいのあった男の性が主題にありますから、やはり興味をもってもらえるのは男性中心なんだろうなと当初は考えていました。

 あと、ミニマムな映画ですから、サブカルチャー好きに興味をもってもらえるのかなと考えていました。

 それがいざ蓋を開けてみたら、若い世代の女性がきてくれて、しかも、わりと熱狂的に支持してくれたんですよね。

 それは予想外でした」

女性にひかれても仕方ないなと思ってました

真野「劇場公開に当たって、僕らが全面に打ち出したのは、障がいのあった池田のセックスで、その性の記録をさらけ出していることでした。

 それは自分の映画ができることを願っていた池田が望んでいたことでもあった。

 ただ、そこを前面に出すことで、女性にひかれても仕方ないなと思ってました。

 でも、いざ公開が始まったら、若い女性が多く来場してくれた。それで、みなさん、性についてではなく、愛についての作品として受け止めてくれたんですよね。

 若い世代の女性が多く来てくれたことも驚きましたけど、作品の女性の受け止め方にも驚きました。

 これは佐々木さんのおかげだと、僕は思っています。

 佐々木さんが編集する中で、愛することが分からない、人をうまく愛せない、ふつうの恋愛がわからないという池田の『ハメ撮り』の裏に隠された恋愛や愛についての本音の部分を作品の核にしてくれた。

 そこを女性も含めて多くの方が感じ取ってくれた。

 この間、ご来場してくださった多くの方とお話したんですけど、『わたしも池田さんと同じで好きって意味がよく分からないんです』とか、『付き合ってる人はいるんだけど、愛しているのかよく分からない』という人がけっこういらっしゃった。

 そういう自身の恋愛観や人を愛する悩みみたいなのが、池田と重なって届いているんじゃないかなという感触があります」

佐々木「僕も同意見です。

 もうひとつ付け加えると、やっぱコロナ禍というのが大きかったかもしれない。

 そもそも、この作品自体、コロナ禍で仕事がとんで僕は編集に取り組むことができた。

 その時点で、コロナ禍の影響が作品に反映されていると思うんですよ。

 で、当時はこの先仕事があるのかもわからず、どうなるかまったくわからない。それで厭世(えんせい)的な気持ちに僕自身がなっていて。

 その状況で、池田さんの死を前にしてのあの行動を起こすところをみたときに、自分の気持ちがいろいろなところで池田さんとリンクした。

 それでのめり込むように編集に没頭した。

 それで完成した作品なので、池田さんの気持ちを見つめながらも、そこには当時の僕の気持ちも乗っかっているところがある。

 それはまたわりといまも続くコロナ禍で多くの人が感じていることにも重なるところがあると思うんですよね。

 いま、ふだんの生活でも、ふとしたときに生や死についてわりと思いを巡らす瞬間があるじゃないですか。

 自分にとって何が大切なのかとか、友人とふつうに会って話すことが大切な時間だったことに気づいたりとか、考える瞬間がある。

 そのコロナ禍という時代の空気とわりと作品がリンクして、多くの人の心にフィットしたのではないかと思ったりもしています」

(※第二回に続く)

「愛について語るときにイケダの語ること」より
「愛について語るときにイケダの語ること」より

「愛について語るときにイケダの語ること」

企画・監督・撮影・主演:池田英彦

出演:毛利悟巳

プロデューサー・撮影・脚本:真野勝成

共同プロデューサー・構成・編集:佐々木誠

横浜・シネマ ジャック&ベティにて公開中

最新の劇場情報などは、公式サイトへ https://ikedakataru.movie

場面写真はすべて(C) 2021 愛について語るときにイケダが語ること

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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