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反響続く「ひとくず」を経て、発達障がいの豊かな心の世界へ。純真な心の持ち主ヌーを通して伝えたいこと

水上賢治映画ライター
「映像劇団テンアンツ」の上西雄大(中央)、徳竹未夏(右)、古川藍(左) 筆者撮影

 これまでの観客動員数が2万5000人を突破!劇場公開が始まってから約1年が経つ現在も各地での上映が続き、異例のロングラン上映となっている映画「ひとくず」。

 児童虐待の悲惨な現実を伝えながら、心温まるヒューマン・ドラマでもある同作については、これまで手掛けた上西雄大監督(第一回第二回)と、主要キャストであると同時に助監督、メイキャップなどスタッフワークも担当した徳竹未夏と古川藍(第一回第二回第三回番外編)のインタビューを届けた。

 そのインタビュー内でも触れているが、上西は「映像劇団テンアンツ」を主宰し、徳竹と古川は同劇団の看板俳優。これまで多くの舞台公演を行い、数年前から映像制作にも乗り出し映画「ひとくず」は生まれた。

 「映像劇団テンアンツ」の精力的な活動は続き、今年は赤井英和を主演にした映画「ねばぎば新世界」が公開。今後も、「ヌーのコインロッカーは使用禁止」「西成ゴローの四億円」と上西が監督を務め、徳竹と古川が出演した「映像劇団テンアンツ」印というべき映画の公開が控える。

 そして、先日、マドリード国際映画祭で最優秀作品賞と外国語映画最優秀主演女優賞のW受賞を果たしたことが報じられた「ヌーのコインロッカーは使用禁止」の舞台版の東京公演が8日(金)からスタートする。

 最終稽古中の合間を縫って、上西、徳竹、古川の3人に話をきいた。(全三回)

 「ヌーのコインロッカーは使用禁止」は、発達障がい者の那須叶(なす・かなえ)が主人公。赤ちゃんのとき、コインロッカーに捨てられた過去のある彼女は、そのロッカーを守り続け、誰にも使わせない。ロッカーの番号が「ぬ5515」ということから、彼女を知る人たちからは「ヌー」と呼ばれている。

 ある日、このコインロッカーを使って麻薬の売買をする刑務所を出たばかりの男・黒迫和眞(くろさこ・かずま)がヌーと遭遇。

 作品は、偶然の出会いからはじまった二人の交流を軸にした人情味あふれる物語が展開していく。

きっかけは、発達障がいの方を追った

ドキュメンタリー番組

 まず、この物語を書きあげた経緯を上西はこう明かす。

上西「1番はじめのきっかけは、あるとき、テレビで発達障がいの方を追ったドキュメンタリー番組をみたことでした。

 その番組に登場した方がひじょうに活き活きしていて。とにかくものすごい魅力的な方だったんですね。

 舞台であっても、映画であっても、もちろん最終的には物語にするわけですけど、僕の中ではまず『人間をきちんと描きたい』ということが1番にある。

 ひとりの書き手として、まずは人間としっかり向き合いたい。いろいろな人間を描きたい気持ちがまずは中心にある。

 そこで、そのドキュメンタリーに出合って、発達障がいの方を主人公にした物語が書けないかと考え始めた。

 ただ、自分の想像や考えだけで書くテーマでも題材ではない。そこで実際に発達障がいの方や、専門家の方に直接お会いして話を聞こうとの考えに至りました。

 それが作品の始まりといえば始まりですね」

「ヌーのコインロッカーは使用禁止」舞台稽古風景 提供:映像劇団テンアンツ
「ヌーのコインロッカーは使用禁止」舞台稽古風景 提供:映像劇団テンアンツ

すばらしい絵を描く山﨑宥くんとの出会い

 少し入り組んだ話になるが、この「ヌーのコインロッカーは使用禁止」での取材が、「ひとくず」の生まれるきっかけにもなっている。

上西「映画『ひとくず』は、精神科医の楠部知子先生から僕が児童虐待の現実の話を聞き衝撃を受けて、その日のうちに脚本を書き上げたんです。

 でも、実はもともと楠部先生には『ヌーのコインロッカーは使用禁止』のための取材でお会いしたんですよ(笑)。

 まず、発達障がいの方がいらっしゃる施設にいってお会いすることから脚本の準備は始まったんですけど、そこで、僕はみなさんものすごく心がまっすぐで澄んでいる、会う方、会う方にそんな印象を抱いたんです。

 その中で、すばらしい絵を描く山﨑宥くんに出会った。彼の絵はほんとうに独創的で、今回の映画に登場するヌーの絵はすべて彼の作品です。

 彼の絵は僕らでは絶対に書けないオリジナリティーがあって、人のこころに飛び込んでくる力がある。

 その絵には、ひじょうに感銘を受けたし、彼自身からもいろいろとインスパイアを得ることがあった。

 だけど、お母さんの話をきくと、やはり辛いことは少なくないし、誤解されることも多いとお聞きして。ならば、宥くんをモデルに発達障がいについて理解が深まるような物語を書けないかなと。

 そういう中で、発達障がいについてもっとより深く知りたいとなって、精神科医の楠部知子先生にお話をおききすることになった。

 で、ファミリーレストランで楠部先生にお会いして、発達障がいについて一通りきいたあと、先生から『じつはわたし児童相談所にも関わっていて、児童虐待について知っていますか』と切り出され、その話をきいて、僕はすぐさま『ひとくず』の脚本を書き上げた、ということなんです」

『ヌーのコインロッカーは使用禁止』と

『ひとくず』は性格の異なる姉妹のような作品

 実は、「ヌーのコインロッカーは使用禁止」は、「ひとくず」よりも先に完成するはずの映画だったという。

上西「当初、この作品は僕が監督するはずではなくて、別の監督さんにお願いしていたんです。

 ご本人も『ぜひやらせてほしい』ということで進んでいました。

 でも、その監督さんが体調を崩されて、撮影が事実上不可能になり、先送りになってしまった。

 ただ、先送りを決断したとき、すでに撮影は始まっていてスタッフもキャストも集まっていた。

 で、どうするとなって、そのとき書きあがっていた『ひとくず』の映画化に切り替えた。

 ということで、映画版の『ヌーのコインロッカーは使用禁止』と『ひとくず』は、ほぼスタッフもキャストも同じメンバーなんです。

 だから、僕らからすると『ひとくず』と同じころに同じような形で生まれた映画になります。

 姉妹作のように映るんですけど、僕としては、生まれ方がまったく違うといいますか。

 どちらも大きな社会的問題を背負ってはいる。

 ただ、『ひとくず』は、やはり僕の虐待に対する怒りや憤りが出発点になっている。この現実を知ってほしいという思いが強くでていて、一人でも多くの人にこの悲惨な現状を届け、なにか世の中が変わっていってくれたらとの思いがどこかにあった。

 一方で、『ヌーのコインロッカーは使用禁止』に関しては、怒りとか憤りといったある種の負の感情からはじまっていない。

 発達障がいの方を通じて、人間のすばらしさを描ければと思いがありました。

 もちろん一人でも多くの人に、発達障がいの方の世界を知ってもらい、彼らに対する世間の目がいい方向へ向いてくれたらとの思いはありました。けれども、そこまで激しいメッセージ色は発していない。

 ですから、スタッフもキャストも同じで、画面の質感とか作品のテーマも、つながってはいるんですけど、ひとりの作り手としては、まったく性格のことなる姉妹のような作品だと思っています」

「ヌーのコインロッカーは使用禁止」舞台稽古風景 提供:映像劇団テンアンツ
「ヌーのコインロッカーは使用禁止」舞台稽古風景 提供:映像劇団テンアンツ

舞台版は、徳竹未夏と古川藍が

それぞれヌーを演じるWキャスト

 こうして生まれた「ヌーのコインロッカーは使用禁止」は、映画になる前、すでに舞台として2018年に大阪で上演されている。

 今回の東京公演はそれに続く上演。映画版でヌー役は古川が演じているが、舞台版は、徳竹と古川がそれぞれ演じるWキャストになっている。

 そのあたりの経緯をこう明かす。

上西「まず映画のプロジェクトから始まっているんですけど、その過程で同時進行で舞台もやろうという流れになっていきました。

 映画のプロットが固まったところで、まず先に舞台の脚本を作っていったんです。

 そこから、先ほど話した撮るはずだった監督さんがいろいろなアイデアを出してくれて、映画版はその監督さんのアイデアを盛り込む内容になっていった。

 一方で、舞台版のほうは、僕が担当して、わりと自由に創作したところがある。

 あと、ぶっちゃけたことを言うと、舞台公演は、ヌー役を徳竹か古川かに決める場でもあったんです。

 というのも、僕は徳竹で、そのお願いした監督は古川で意見が割れた(苦笑)。

 それで舞台版をやって最終的な判断をしようと。

 ですから、舞台版はもともと徳竹と古川のWキャスト。

 映画版は最終的に、そのお願いするはずだった監督さんのウェイトが大きかったので、古川がヌー役に収まった。

 なので、僕が最初から監督をやっていたら徳竹版の映画版ができたかもしれなかったです」

舞台版と映画版の違いは?

 では、舞台版と映画版の違いはどうなろだろう?

徳竹「これが大きく違うんですよ。びっくりするぐらい大きく違います(苦笑)。

 ひと言で表すと、舞台版は笑いが満載です」

上西「最大の違いは、物語の結末。

 あまり詳しくは言えないですけど、映画版はやはり現実世界のリアリティを追求しているところがあるので、哀しみを携えた結末になっています。

 でも、舞台版は、ファンタジー色が強くて、完全なハッピーエンド!

 テンアンツの舞台は、笑って泣けるのが基本のライン。

 とにかく舞台は観に来てくださった方に楽しんでもらいたい。思い切り笑っていい時間を過ごしてほしい。

 そういう思いがつまったのが舞台版です」

古川「ほんとうにぜんぜん違います。

 舞台はとにかく笑いの連続。笑って笑って、最後に感動がくるので、期待してください」

「ヌーのコインロッカーは使用禁止」舞台稽古風景 提供:映像劇団テンアンツ
「ヌーのコインロッカーは使用禁止」舞台稽古風景 提供:映像劇団テンアンツ

徳竹「9割が笑いじゃないかなと(笑)。

 こんなに入れ込んで、いったいどうやって物語もシーンもまとめて収拾するんだろうというぐらい、笑いの要素が入ってます。

 あと、舞台版には、映画版には出てこないキャラクターがいっぱい登場します」

上西「二人はヌー役でないときは、犬で登場します。サーカスでいうところのピエロのような役割で、これも重要な役です」

古川「犬の役、重要でけっこう大変な役回りなんですよ」

徳竹「そうそう」

上西「いまさらながら自分がやればよかったかなと思ったりしてます。

 でも、そうなると黒追役ができなくなるので、無理なんだけど…。

 とにかく犬役の二人も注目してもらえれば」

徳竹「映画版と舞台版とぜんぜん違うんですけど、根底に流れているものはつながっていると思います。

 映画『ひとくず』にも重なりますけど、ひじょうにヘビーなテーマを扱いながら、そこは上西ワールドで、人の温かさ、温もりがある物語になっている。『人間すてたもんじゃない』と思える内容になっている。

 舞台版も映画版も単に悲惨な現状を伝えるのではない、未来や明日につながる、その人が何か前をむけるものになったと思っています。

 なかなか舞台版の魅力を自分の言葉で言い表せないのですが、大阪の公演から引き続き出演されている、ある役者さんがこんなことをおっしゃっていました。

 『ヌーに触れる、いろいろな人がみんななにか浄化されていくところがいいよね』と。

 まさにそうで、ヌーに出会った、さまざまな人。それこそ悪人までがヌーの純真さに触れることで、心を洗われ、犯した罪を悔い改める。

 ヌーという存在に触れたとき、たぶんみなさんもなにか気づくことがあると思います。

 ぜひ、ヌーという女の子に出会ってほしいです」

(※第二回に続く)

提供:映像劇団テンアンツ
提供:映像劇団テンアンツ

舞台公演「ヌーのコインロッカーは使用禁止」

作/演出 上西雄大

出演:上西雄大、徳竹未夏、古川藍ほか

公演:10/8(金)~10/17(日) ※10/16(土)は、 特別上映 映画劇「コオロギからの手紙」

会場:「劇」小劇場(下北沢)

料金:前売り 5,900円/当日精算 5,900円

当日・千秋楽 6,500円

※すべて上西監督新作映画「西成ゴローの四億円」鑑賞券付き

チケット予約はこちら → https://ticket.corich.jp/apply/114501/10/

特別上映 映画劇『コオロギからの手紙』

※第46回公演 第5回東京公演 上演回舞台映像に生の音響を付けてお届け。吉村ビソーライブ付

各回 前売/当日 2,500円

チケット予約はこちら → https://ticket.corich.jp/apply/114502/10/

予約に関するお問い合わせは  thankyou-10ants@outlook.com まで

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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