虚実入り混じり、真実が曖昧になる謎めいた大人のラブ・サスペンス・ストーリーが展開する現在公開中の映画「ボディ・リメンバー」

　これまで俳優として活躍してきた山科圭太が映画監督に初挑戦し、演劇界の才能が力をひとつに結集してできたといっていい本作について、監督の山科圭太に続き、主演を務めた田中夢に訊くインタビューの後編へ。

　いつもどこか遠くを見ているようなヒロイン・ヨウコ役で麗しくも妖しい魅力を放つ彼女に訊く。（全２回）

妖しさと危うさに関しては、ほぼ意識していないです

　前回のインタビューでは出演の経緯からヨウコ役について語ってもらった。

　引き続きヨウコという役についての話から。

　これは作品をみれば一目瞭然なのだが、ヨウコは不思議な魔力をもった女性。彼女の告白を聞き、小説を書くことなったハルヒコはいつからか凌駕され、恋人のリリコとの関係にひびが入る。

　その存在は、ファム・ファタールのようになって物語の中を彷徨っているかのよう。怖いけど目が離せない。

「その妖しさと危うさに関しては、ほぼ意識していないです。

　それを出そうと意識した時点でアウト。姿が映ったときに、匂わせすぎてしまうと思うんです。

　ヨウコの不思議さは本人は自覚していない。なので、もうわたしとしては自然にヨウコとしてふるまうしかない。

　むしろ、ヨウコの妖しさを際立たせてくれたのは、若い二人の登場人物、柴田（貴哉）さんが演じたハルヒコと、鮎川（桃果）さんが演じたリリコのカップルかもしれません。

　ヨウコと微妙な距離で関わる二人が存在して、ヨウコの妖しさが増している。

　ヨウコをファム・ファタールのように仕立ててくれたのは、わたしうんぬんというよりも、彼女に関わることになる登場人物たちと物語全体の印象がそうしてくれた気がします。

　変な話ですが、ヨウコはわたしが演じているんですけど、もう別人の感覚なんですよね。

　映画をみているとき、自分なのに、かわった女性だなと思ってずっとみていてたんです。

　自分が演じた役を映像で見るのは、どこかしら恥かしいことがあるんです。

　けど、ヨウコに関してはもう完全に別人に思えてまったく恥ずかしくないんですよね」

身を任せて楽しんでもらいたい

　その上で、こう作品にメッセージを寄せる。

「こういうストーリーだと予想していると、まったく違うことが起きて、ひとつひとつ見ていくとまったく違う世界が見えてくる。

　なので、身を任せて楽しんでもらいたいなと。

　ゆるやかに身を委ねて、ヨウコのように物語の中をただただ漂って彷徨ってもらえればと思います」

「これが、映画だからこそできることなんだな』と実感しました

　今回の作品を制作するにあたり、監督の山科は『俳優もクリエイター、監督とか俳優という立場関係なく、同じクリエイターとしてひとつの作品を作り上げられた気がする』と明かしている。

　田中は今回の現場をどう感じたのだろう？

「そういう意識で臨めた感触はあります。

　と同時にわたしは作品に濃密にかかわらせていただく中で、映画という作品自体がクリエイターというか。　

　ある種の人格をもったものになっているなと感じました。

　俳優がこういうふうに演じようとか考えたとしても、編集されて、映画になった時点でまったく別の人格になるといいますか。

　初めて観たときに、自分が確かに演じているのに、予想もしないものが出ているところが随所にあったんです。

　『これが、映画だからこそできることなんだな』と実感しました。

　自分が確かに存在していて知っている場所なのに、まったく知らない空間に思える、知らない世界だと思えるところに立っているような、そんなシーンがいくつもあった。

　これが映画の豊かなところかなと思って。いまはこの現場を経験できたことに感謝しています」

　魅惑のファム・ファタール、ヨウコを演じ切った田中夢だが、俳優を目指すことになったきっかけをこう明かす。

「たまたま小学校のときに演劇クラブに所属して、全校生徒の前で作品を発表する機会があったんです。

　その舞台が大うけで、そこからもう楽しくなっちゃった（笑）。

　それからレッスンを受けるようになって、お芝居を学びはじめたんですけど、やればやるほど楽しい。

　練習すればするほど表現の幅が広がって、極端なことを言えば、ほんとうは目の前になにもないのに、あたかもあるように感じられるときがある。

　自分のイマジネーションをどこまでも膨らませることができる。それで虜になってしまったんです。

　ただ、事情があって一時期離れたときもあったんですけど、やっぱりあきらめられなくて、小劇場に出会って、そこから舞台を中心に俳優活動を始めました」

教育現場でファシリテーターを務めたことも

　彼女は俳優として活動することにとどまらず、ユニークなキャリアを歩んでいる。

　2011年から数年間、教育現場でファシリテーターを務めつつ、ダンスや映像作品に出演している。

「もともと子どもが大好きで、子どもって突然走り出したり、踊り出したりする。あの爆発力ってどこからくるんだろうと興味を抱いて。

　なにか子どもとかかわることができないかなと考えるようになりました。

　たとえばダンスとか体を動かすことと、子どもの可能性を結び付けて成長の糧になるようなことができないかなと。

　そういうことを周りに吹聴してまわっていたら、知り合いの大学の教授から『一緒に授業をやらないか』と声をかけていただいたんです。

　それで、大学生と、芝居について考えながら、集団で映画を作る授業のファシリエータ―を務めることになりました。

　当初は、もっと小さな子どもとなにかできたらと考えていたんですけど、年齢層は違っても学びの現場にかかわることは自分が望んでいたことだったのでお引き受けしました。

　３年ほど続けたのですが、いちからカリキュラムを作ったりして大変でしたけど、すばらしい経験になりました。

　学生といっしょに考えることで映画や演技について深く追求する時間にもなりましたね。

　俳優としての自分を見直す時間にもなりました。そして映画を作る場を捉え直す中で、自分も映画を撮りたくなってしまいました」

　そこで、もっと映画や演技を学ばなければいけないということで、2014年に立教大学映像身体学科へ進学。

　大学の講師に劇作家の松田正隆がおり、そこからマレビトの会の舞台への出演へとつながっていく。

　しかし、妊娠・出産で２年休学。同学科スカラシップを得て、育児と俳優活動を主題としたドキュメンタリー映画をこのほど完成させている。

「先々月ぐらいにようやく完成しました。

　まだ、劇場公開の予定はないのですが、いつか届けられたと思っています」

「ボディ・リメンバー」

監督・脚本・編集：山科圭太

脚本:三宅一平、山科圭太

出演：田中夢、奥田洋平、古屋隆太、柴田貴哉、鮎川桃果、上村梓、神谷圭介、影山祐子

７月８日（木）までアップリンク吉祥寺にて公開中。

7月23日（金）よりアップリンク京都にて公開

場面写真はすべて（C）GBGG Production