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ひと癖ある役を求められることの多い名バイプレイヤー、菜 葉 菜。「その町の人になるのは新鮮」

水上賢治映画ライター
「モルエラニの霧の中」に出演した菜 葉 菜 筆者撮影

 2011年に東京から故郷である北海道室蘭市に移住した映画作家、坪川拓史が、出会った地元の人々からきいた逸話を元に、実際にその場所で、ときに本人も出演者となって撮影した映画「モルエラニの霧の中」。7話の連作形式、3時間半を超える本作はひとことでは語り尽くせない。

 完成まで5年の歳月が流れ、コロナ禍による劇場閉鎖の影響を受け公開までさらに2年の時を要する中、大杉漣、小松政夫ら、作品に関わった方々が公開を前に残念ながらこの世を去った。彼らの想いを乗せた作品であるとともに、彼らの思い出が刻まれた作品でもあることから、ひとことでは言い尽くせないところもある。

 先日、大杉漣の命日を前に坪川監督と俳優の草野康太の大杉との思い出にまつわる対談を届けたが、今回からは、関わった各人へのインタビューからその作品世界に迫る。

坪川監督とは絶対またご一緒したいと思っていました

 最初に登場していただくのは、 に出演した菜 葉 菜。名バイプレイヤーとして数多くの作品へ出演し、一昨年、主演を務めた「赤い雪 Red Snow」ではLos Angeles Japan Film Festivalで最優秀俳優賞を受賞した彼女は、坪川監督との出会いをこう振り返る。

「監督とお会いしたのはかれこれ10年以上前のこと。2010年の『掌の小説~日本人アンナ』という短編映画でした。

 そのときはじめてご一緒させていただいたんですけど、絶対またご一緒したいと思ったんです。監督の作品世界に心を打たれて。

 以来、いつお声がかかるのかと、お待ちしていたんです。けれども、なかなか呼んでいただけない(苦笑)。だから、監督の作品が発表されるたびに、勝手に『まだか、まだか』とずっと待ち続けていたんですよ(笑)」

 そう待ち焦がれていたところにきたのが今回の「モルエラニの霧の中」の夏の章の水野麻里役だった。

「素直にうれしかったです。『ようやくきたか』と。

 しかも、あてがきとのこと。役者にとってあてがきしていただけるのは幸せなことですから、輪をかけてうれしかったです」

 夏の章は、とある老夫婦の物語。病で倒れてから意思疎通のとれなくなった妻の野崎美津子と、彼女を介護する夫の芳郎におとずれるひとつの小さな奇跡が描かれる。

 妻の美津子は元児童合唱団の先生で、現在、合唱団を引き継ぐのが水橋研二演じる水野圭一。菜 葉 菜が演じた麻里は圭一の妻で、町役場の福祉担当をしている。夫婦はそれぞれの立場で野崎夫妻に関わり、最後に二人の間にある深い愛情を知ることになる。

「脚本を読んでの印象としては、素敵な夫婦物語と思いました。芳郎さんと、美津子さんという長年連れ添った夫婦の深い互いへの思いが伝わってくる。

 対して、私が演じる麻里と圭一はまだまだ未熟というか。野崎夫妻をみて、それぞれ個人としても夫婦としてもひとつ成長するところがある。

 麻里を演じる上では、そういう彼女の小さいかもしれないけど着実に成長した一歩を表現できたらいいなと思いました

「モルエラニの霧の中」 第3話 夏の章/港のはなし「しずかな空」より
「モルエラニの霧の中」 第3話 夏の章/港のはなし「しずかな空」より

 ただ、現場ではあまりそういうことを意識しなかったという。

「現場に入ったら、もう自然とそういう気持ちになれたんです。そういう現場でした。あと、小松(政夫)さん演じる芳郎さんと美津子さんの姿をみたら、もう意識しなくてもそういう気持ちになっていたんです

 麻里は役場の人間。この作品に登場する役者はみなそうだが、町の人にみえるよう町に違和感なくなじむことが求められた。

「麻里は地元の役所に勤める公務員ですから、ある意味、この町の保守的なところを体現している人物でもある。そういう意味で、町の人にみえるかは大事だと思っていました。これはもう見てくれた人の判断だと思うのですが、そうなっていてくれたらうれしい。

 でも、わたしは都会育ちで田舎と呼べるところがないんですけど、今回、初めて室蘭に訪れて、なんかすごく懐かしく感じるところがあったんです。

 撮影終了後、撮影で訪れた場所以外にも監督に案内されていくつか回ったんですけど、どこも日本にまだこんなところがあるんだという場所ばかりで不思議と心が落ち着く。

 なんか町にいることに違和感がなかったんですよね。作品をみて、いままた行きたいなと思っています」

「モルエラニの霧の中」 第3話 夏の章/港のはなし「しずかな空」より
「モルエラニの霧の中」 第3話 夏の章/港のはなし「しずかな空」より

スナックのママに?

 坪川監督はマル秘エピソードとして、菜 葉 菜が地元のスナックのママと化していたこと、それぐらい町になじんでいたと明かす。なんでも、撮影が終わってから、坪川監督と出演の草野康太が、菜 葉 菜らがいるスナックに合流しようとしたとのこと。店の看板がみえたかと思ったら、戸がガラガラと開き、地元のおじさんが「じゃあ、また来るわ」とでていったのを、水橋研二と菜 葉 菜が「ありがとうございました」と見送っていたとか。あまりになじんでいたため、監督と草野は回れ右をして後にしたという(笑)。

「撮影が終わった後、地元のスナックに水橋さんらと一緒にいったんです。そうしたら、お客さんと仲良くなって、カラオケとか楽しい時間を過ごしていただけ。

 そのとき、わたしと水橋さんは監督と草野さんの姿が見えていて、『何で帰っちゃうのよ』と二人で顔を見合わせました(笑)。

 ただ、ほんとうに市民キャストの方であったり、ボランティアの方々が、温かい方ばかりで。外からきたわたしを温かく迎えてくださった。それがそのまま役に反映されて自然と町に溶け込めたのもしれません」

「モルエラニの霧の中」 第3話 夏の章/港のはなし「しずかな空」より
「モルエラニの霧の中」 第3話 夏の章/港のはなし「しずかな空」より

地元の人に映ってくれていたらうれしい

 これまでどちらかというと気の強いタイプの女性や、どこか陰のある女性を演じることが多くなっている菜 葉 菜だが、ここでは確かに市井の人間として作品にその土地に溶け込んでいる。

「ひと癖ある役を求められることが多いので、今回の麻里のような役はありがたいし、新鮮でもありました。

 先ほども言いましたけど、地元の人に映ってくれていたらと思います」

人と人が寄り添いながら生きるということ

 完成した第3話 夏の章/港のはなし「しずかな空」の印象をこう語る。

「野崎夫妻をメインに、水野夫妻が加わった夫婦の歩みの物語だと思うんですけど、単なる夫婦物語にとどまらないで、人と人が寄り添いながら生きるということが伝わってくるというか。

 人はひとりでは生きていけない。何気ない日常の中に小さな幸せがあったり、誰かと分かち合うことで何倍にもなる喜びがあったりする。そういうことを考えました。

 あと、人との出会いですよね。やはり人との出会いで、自分がいままで知らなかったことに気づかされることもあれば、自分がひとつ成長できたりする。

 振り返るとわたし自身も出会いに恵まれて、ここまでやってきた。これからも出会いを大切にしないとなと思いました」

「モルエラニの霧の中」 菜 葉 菜  筆者撮影
「モルエラニの霧の中」 菜 葉 菜  筆者撮影

あの場所に自分も身を置いて、あの人たちに会ってみたい

 「モルエラニの霧の中」という作品全体についての感想をこう明かす。

「すべての章がつながったものを見たとき、第一印象は、これは坪川監督の過去の作品にも共通している気がするんですけど、その土地への愛着やそこで懸命に生きる人々への敬意が画面から伝わってくる。

 シンプルに見終わった後は、映画に登場した場所にいきたくなりました。たとえば、香川京子さんが立っていた、あの桜の木があるところに自分も立ってみたいと思いました。

出演していて言うのもおかしいかもしれないですけど、なんかあの場所にいったら、登場した人たちに会えるような気がするんですよね。あの場所に自分も身を置いて、あの人たちに会ってみたい

 そんなことを思わせる魅力が坪川監督の作品にはある。

 あと、映画に登場する場所にはすでになくなっているところもある。そして、大杉漣さんも小松政夫さんもすでに鬼籍に入られた。でも、この作品の中では確かに生きている。

 この映画の中では、きっとずっと永遠に生き続けている。この映画を見れば、いつでも出会える。作品をみていると、そう思える。

 こんな気持ちにさせてくれる監督ってなかなかいないですよね。わたしは、坪川監督は唯一無二な存在と思っています。ほんとうに。すごく変わり者(苦笑)なので、気持ちを共有できるかはちょっと怪しいんですけど。

 でも、作品に映し出されているといっていい監督の人柄やそこに込めた思いは共有できる。

 坪川ワールドに多くの人が出会ってほしいと思っています」

(※後編へ続く)

「モルエラニの霧の中」より
「モルエラニの霧の中」より

「モルエラニの霧の中」

3月12日(金)まで岩波ホールで公開中。

4月2日(金)よりサツゲキ(札幌)、ディノスシネマズ室蘭(室蘭)、

4月3日(土)より名演小劇場(愛知)、

4月9日(金)よりMOVIE ON やまがた(山形)にて公開決定!

場面写真すべては(C)室蘭映画製作応援団 2020

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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