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「当たらない」と口を揃えたプロたちの予想を覆す!異例のヒットが続く思考するドキュメンタリーとは?

水上賢治映画ライター
「アウステルリッツ」より (C)Imperativ Film

 昨年11月14日に渋谷のシアター イメージフォーラムで公開が始まると、連日多くの人が押し寄せ、すぐさま上映延長が決定!

昨年11月、シアター イメージフォーラムで公開が始まると連日大盛況! 提供:サニーフィルム
昨年11月、シアター イメージフォーラムで公開が始まると連日大盛況! 提供:サニーフィルム

 現在も続くコロナ禍の影響で映画館になかなか客足が戻らない中、大きな反響を呼び、現在全国各地での公開が本格的にスタートした特集上映<群衆 セルゲイ・ロズニツァ〈群衆〉ドキュメンタリー3選 SERGEI LOZNITSA OBSERVING A FACES IN THE CROWD>について、仕掛け人であるサニーフィルムの有田浩介氏に訊くインタビューの後編。

 今回は、本特集でピックアップした3作品について。

 まず、有田氏が本特集を組むきっかけとなった「国葬」については前回のインタビューで語られているので、そちらを参照していただきたい。

 ちなみの本作は1953年3月5日、ソヴィエト全土に報じられたスターリンの国葬の様子を、アーカイヴ・フィルムによって現代へと蘇らせた1作。

「国葬」より (C)ATOMS & VOID  
「国葬」より (C)ATOMS & VOID  

独裁者の死に集う群衆。その光景は、SNS社会にいる私たちの心理に重なる

 もとになっているのは、モスクワ郊外で発見されたという、200名弱のカメラマンが撮影した幻の未公開映画『偉大なる別れ』のフッテージ。そこには、モスクワに安置されたスターリンの遺体姿、弔問に訪れた周恩来をはじめとした各国共産党及び東側諸国の指導者たちの姿、後に権力闘争を繰り広げるフルシチョフら政府首脳のスピーチなど、国葬のありとあらゆる場面が記録されていた。

 この膨大なアーカイヴ・フィルムをもとにロズニツァ監督は、独裁者の死を通して、社会主義国家の真の姿を露わにしている

 その中でキーポイントとなっているのが、まさに今回の特集のタイトルである「群衆」にほかならない。カメラは、ヨーロッパからシベリアまで、都市部から田舎町まで、偉大なる指導者の死に嘆き悲しむ幾千万人の人々の顔、顔、顔を克明に映し出す。

 判で押したように、どこの田舎町でも都市部でも同じような弔いの式典が開かれ、人々は同じ表情で同じような哀しみを口にする。個人的なことを言うと、その光景は異様。ここまで厳密に一律化されていることに驚かされる。そして、言論も思想も統制された独裁体制の本質が見えてくるようでどこか恐怖を覚える

権力者の目論見にまんまと同調する民衆を浮き彫りにする「粛清裁判」

 3選の2作目としてラインナップされる「粛清裁判」は、1930年のモスクワで行われた西側諸国と結託しクーデターを企てようとした疑いがかけられた8名の有識者の裁判の内幕のすべてを明るみに出すアーカイヴ映画だ。「産業党裁判」と称される本裁判は、スターリンが仕組んだ見せしめ裁判。この90年前に撮影された裁判は、ソヴィエトの無声映画「13日(「産業党事件」)」となっている。が、実はこれ、さらに裏が。

 そのことをロズニツァは明かすとともに、反逆者の粛清に狂喜乱舞する群衆の映像などを巧みに取り込み、再構築することで、権力者のあざとさ、それに同調してしまう民衆、そしてスターリンの独裁政治の始まりを映し出す

「チラシの紹介文に、『これはドキュメンタリーではなく、架空の物語である』と入れるかどうか悩んだんですよ。一種のネタばらしになってしまうので。でも、これも成瀬君の助言で、この情報があったほうが興味を持ってもらえると思っていれたんです。

 この『これはドキュメンタリーではなく、架空の物語である』につながるんですけど、僕は『粛清裁判』を初めてみたとき、ずっと違和感を抱いていました。それがどこから来るものなのか、わからないけど、違和感がずっと消えない。

「粛清裁判」より (C)ATOMS & VOID
「粛清裁判」より (C)ATOMS & VOID

 裁判ってもっと意見がぶつかったり、時に激しいやりとりがあるものだと思うんですけど、この裁判は、裁く側はまるで演説のように意気揚々と語るのに対し、被告人たちはほとんどそれを否定することなく、反論をしないどころかふてくされているような人物もいる。

 『これってどういうこと?』と思っていたら、最後にそういうことだったのか…となって、とんでもない茶番の裁判であることがわかる

 そして、被告人たちのたどったその後を考えると、やりきれないというか。そしてスターリンの恐怖政治が垣間見えてくる。

 なにか見てはいけない世界を見てしまったというか。僕の中では理解しがたい世界を目撃してしまった感触がありました」

「粛清裁判」より (C)ATOMS & VOID
「粛清裁判」より (C)ATOMS & VOID

ホロコーストの地で記念撮影に大忙し!観光客から現代を観測する「アウステルリッツ」

 もう1本の「アウステルリッツ」は、ホロコーストで多くのユダヤ人の命が奪われたベルリン郊外にある元強制収容所に、カメラを設置して訪れる人々をひたすら記録した映像で構成された作品。災害被災跡地や戦争跡地といった人類の死を対象にした観光、いわゆるダーク・ツーリズムの地であるこの場所には、真夏のある日、世界各国から大勢のツーリストたちが押し寄せる。多くは入り口でパチリと家族で記念撮影。実際に処刑された場所で記念撮影する人間もいる。ガイドの話に耳を傾けるよりも、スマートフォンでの撮影と誰かとのSNSでのやりとりに夢中になっているような人間も少なくない。

「アウステルリッツ」より (C)Imperativ Film
「アウステルリッツ」より (C)Imperativ Film

 この場所に本来存在しているはずの厳粛な空気は、観光客の雑踏とおしゃべり、スマホのシャッター音で掻き消される。

 戦後75年、負の歴史の記憶をとどめ、共有し、未来へとつなぐ場所に起きているひとつの現実がわたしたちに多くのことを問いかける。

ひと言で表すなら、『アウステルリッツ』は、感じる映画。この映画を見たときに、何を感じて何を思うのか

 僕自身は、『現代』ということを痛烈に感じた。

 何でこの悲しみの地で、あたりかまわずスマホで写真を撮っているんだろうと思ったし、何でこの人たち、虐殺の地をサンドイッチとか食べながら回れるのだろうかと思った。怒りはないんですけど、なぜここまで観光客は無神経な行動をとれるのかがわからなかった。

 ただ、作品を通して、俯瞰で観たとき僕はそう思ったけど、実際に観光や旅行ツアーの一環として、あの場所にいったとき、自分がどう振る舞うのかはわからない。もしかしたら、同じような姿勢になってしまうかもしれない。

 そういうことをまず考えたし、戦後から75年以上が経って、戦争の記憶がどんどん失われつつある。その中で、強制収容所がこんなことになってしまっている現実がある。そのことに自体にひじょうに関心を抱きました」

 そこで実際に、撮影されたザクセンハウゼン強制収容所に行ってみたそうだ。

「ベルリン映画祭に行ったとき、実際に訪れてみました。

 『アウステルリッツ』は真夏のある日ですけど、僕が行ったのは2月で、訪れる人もまばらだったんですけど、そこで、映画のツーリストと同じような行動をとってみたんです。入口で記念撮影したり、そこら中の写真撮ったりと。

提供:サニーフィルム
提供:サニーフィルム

 感想としては、全然楽しくない。やはり、ここで大勢の人が殺されていることがひしひしと伝わってくる施設で。僕自身は、この元強制収容所がメモリアルとして開放されてることは、記憶をつないでくことに寄与して、成功していると思いました。さきほど触れたように、人がまばらということもあったのかもしれないけど。

 でも、それが夏になると、観光バスが押し寄せてきて、人がどんどんどんどん吸い寄せられるように入ってきて、この施設がもっているメッセージが消されてしまう。

 これもまた『群衆』が引き起こすことなのかもしれない、と思いましたね。

 ただ、自分はそんなことはしないと思っていても、気づかぬうちに不謹慎なことをしてしまっているかもしれない。だから、『アウステルリッツ』で映されている観光客の振る舞いを一方的に攻めることはできない。

 さっき一通り、写真を撮って暗い気持ちにしかならなかったといいましたけど、それでも、撮りたいという気持ちが出てこなかったかといえば、やっぱりどこか出てきてしまうところはあるんですよね」

提供:サニーフィルム
提供:サニーフィルム

「アウステルリッツ」は、新しい視点からホロコーストに迫った作品

 その上で「アウステルリッツ」についてこう言葉を寄せる。

「ホロコーストは、人類最大級の悪。そのことを伝える施設の現実の一端を切り取ったに過ぎないように映るのですが、そこにはなにかホロコーストを前にしての現代人の在り様が見え隠れする。そういう意味で、ホロコーストについての映画でもあれば、現代を生きる私たちについての映画でもあるのではないかと思います。

 いずれにしても新しい視点からホロコーストに迫った作品だと思います。こんな視点と切り口から語られたホロコーストの映画は、これまでなかったのではないでしょうか

「アウステルリッツ」より (C)Imperativ Film
「アウステルリッツ」より (C)Imperativ Film

 今回の特集についてこう言葉を寄せる。

「『国葬』と『粛清裁判』はソヴィエトで、『アウステルリッツ』はドイツ、離れた国の過去のことが題材になっている。なので、日本のみなさんからすると自分とは縁遠い作品に映るかもしれない。

 でも、ロズニツァの作品は、国境も歴史も時代も飛び越える、全人類に届くような大きなテーマを見せてくれる。でも、難しくはない。作品はシンプルでただ素直に単純に見つめればいい。つぶさに見ると、自然といろいろと考えさせられる。考えざるを得ない問題に自分自身が直面する。

 ひとことで言うと思考する映画。観た人が考えることで成立する作品になっている。

 だから、見るといろいろと話したくなる。自分はこう思うとか、議論したくなるところがある」

思考する映画、それがヒットの要因かもしれない

 このことこそがヒットにつながった要因かもしれないと有田氏は分析する。

「Twitterとか見ると、単なる感想にとどまらないというか。作品をどう考察して、解釈したのかといった鋭い分析のような感想が多く寄せられている。

 日本のオーディエンスって、すごいなと改めて思いました。おそらくロズニツァの作品をここまで深く理解して、さまざまな意見を寄せている観客はいないかもしれない

 今の日本を生きているみなさんの中にある知的好奇心や、現代や過去への関心、社会への問題意識、こういったことがロズニツァの作品への興味につながって、こうした反響を得たのかなと感じています

 また、今回の特集では改めて配給という仕事のやりがいを感じた時間になったそうだ。

「配給の仕事は、もちろんビジネスではあるんですけど、それだけでやっているわけではない。

 映画を探すのは、未知との出合いというか。なにかまだ自分の知らない世界を探し求めるような楽しさがある。

 また、1本の映画を紹介することで、いろいろな出会いがあって、自分自身が知らなかったことを学ぶことができる。もちろんヒットしたらうれしいんですけど、お金以上に大切なものを得ることがある。

 まだ続いていますけど、ほんとうにいい経験をさせてもらっている。この話を聞いて、配給やってみたいなって若い人が増えたらうれしいです」

「国葬」より (C)ATOMS & VOID
「国葬」より (C)ATOMS & VOID

<群衆 セルゲイ・ロズニツァ〈群衆〉ドキュメンタリー3選 

SERGEI LOZNITSA OBSERVING A FACES IN THE CROWD>

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映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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