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「料金はいいから伝えてくれ」とタクシー運転手。日本メディアがほぼ入らない香港デモの真っただ中へ

水上賢治映画ライター
「香港画」より

 中国政府からの圧力で大きく揺らいでいる香港。抗議する香港市民と警察が激しく衝突する映像を目にした人は多いことだろう。 

 いま、香港で何が起こっているのか?民主化デモに参加する若者たちは何を考え、何を訴えているのか?

その現場の最前線である激しさを増す香港民主化デモの真っただ中に飛び込み、当事者たちの姿と声を28分という時間の中に濃縮して記録したのがドキュメンタリー映画「香港画」の堀井威久麿監督へのインタビューの後編前回では主に撮影に至った経緯から、現地に入るまでのことだったが、今回は、まずデモの真っただ中に入っての実際の撮影についての話から。

ドキュメンタリー映画「香港画」の堀井威久麿監督 筆者撮影
ドキュメンタリー映画「香港画」の堀井威久麿監督 筆者撮影

ペッパースプレーは化学物質入りで火傷のような痛み

 デモ隊と警察が激しく衝突する中へ自ら飛び込んでの撮影。堀井監督自身も警察からの暴力の被害に遭っている。

「デモ隊を取り締まる警官にとって、リアルタイムで世界中に映像を発信するメディアは目障りな存在。現場が可視化されることは彼らにとって都合が悪い。

 そういったこともあって、僕らが撮影に入った 2019年11月には、撮影者に対する警察の締め付けも過激化し始めていました。

 その中で、僕は至近距離から顔面に催涙成分の入ったペッパースプレーをかけられました。

 現地では『ペッパー』と呼ばれているんですけど、たぶん入っているのはペッパーだけじゃない。何かしらの化学物質が入っている。催涙ガスの一種ではあると思うんですけど、ちょっと違って付着すると最初は痛くないんですよ。

 僕は口にも入ってしまって、ちょっと舐めてしまったんですけど、味はしない。でも、1、2分してくると、だんだん、ジンジン、ジンジン、顔が熱くなってくるんです。で、10分、20分ぐらい経つと、顔が真っ赤に焼けただれて、もう、痛くて目も開けられない、口も開けられない。水でいくら洗っても全然落ちなくて、ほとんど動けなくなりました

 ペッパーは警察隊のほとんどが常備しています。警察隊と勇武派は至近距離で対峙することってほぼないんです。でも、勇武派を要はバックアップする一般の方々はわりと警察に至近距離で野次を飛ばしたりするので、そういうときに警察官が頭にきてかけている感じで、多くの市民が被害にあっています

 ボランティアの救急隊がそばにいる場合は、生理食塩水をかけてもらって、まずは洗い流すんですけど、けっこう時間をおかないと痛みは治まらないです。

 僕も1時間ぐらいしたら、普通に撮影とかはできるようになりますけど、それでもジンジンしていて、痛みは治まらなかった。痛みとしては、火傷に近いかもしれません。

 僕らが撮影に入っていたころはだいぶ海外メディアに対しても警官が攻撃的にはなってきていて。見つけられると、すぐにかけてくる警官もいました。普通の催涙ガスであれば防毒マスクで防御できるんですけど、液体なのでかけられてしまうと防ぎようがない。やっかいなものでしたね」

「香港画」より
「香港画」より

路上で警察に2度拘束される

 さらに2回、路上で身体拘束を受けた。

「勇武派と行動を共にして撮影をしていたときなんですけど、警察隊が30人ぐらいで両側から突入してきて、一気に網を掛けられるように狭い路地に追い込まれた。

 このとき、一斉に15人ぐらい逮捕されたんですけど、その逮捕された列の中に僕も並ばされました。本編に壁際に十数人が並ばされている画があったと思うのですが、あそこに並ばされたひとりは僕です(苦笑)。

 一人一人、IDチェックをされるんですけど、僕は日本のパスポートを持ってましたので、そのときは解放されました。もう一回も同じような状況です。

 あの状況で、彼らのカバンの中や持ち物にたとえば防毒マスクが入ってたり、ヘルメットが入っていたりしたら逮捕の要因になる。カッターナイフを一つもっていて逮捕されている人がいました

「香港画」より
「香港画」より

拘置所に入ることより、日本のメディアに報じられることを恐れていた

 拘束されたときは、どんなことが頭を過ぎったのだろうか?

「正直なことを言うと、拘置所に入ることはそれほど恐れていませんでした。

 むしろ、逮捕されたことによって、日本のメディアに報じられると、自己責任とかめんどうなことになりそうで、それを恐れていました(苦笑)」

 前田プロデューサーも放水車の直撃を受け、負傷している。

「放水もほんとうに危険で。映画の中でも出てきますけど、女性だと軽く吹き飛ばされる。それぐらいの水圧で、あのシーンの女性は吹き飛ばされて顔面から地面に倒れて顔を切っている。

 放水は水圧で吹き飛ばされることも危険なんですけど、この水にも、催涙成分が混入していて、浴びると全身に強い痛みを感じるんですよ。

 その場でボランティアの救急隊に簡易的に治療していただいて、事なきを得たんですけど、その後シャワーで体を洗っても肌の赤み、腫れはなかなか収まらなくて、前田もかなり苦しんでいました。

 こんなことが香港では日常茶飯事に起きているんです」

「香港画」より
「香港画」より

 ただ、衝突しているのは警官隊とデモ隊だけではない。市民の間でも衝突は起きている。

「作品の中に収められていますけど、『親中派』とされたおでん屋さんが市民によって店が破壊されていくシーンがある。

 あの場面は、一般市民の方に声を掛けられて行ってみたら、あのような惨事になっていた。

 なぜ、あのようなことになったかというと、あの小さなおでん屋さんがセキュリティーカメラの映像を警察に提供したとのこと。真偽のほどはわからないんですけど、それが原因で若者が逮捕されたっていう噂が流れて、それに怒った市民があのような暴挙に出てしまったんですね。

 あのシーンはカメラを回していて、複雑な心境でありました。その場には、たくさんのメディアがいて、一般市民が囲んでいたんですけど、攻撃されているおでん屋さんも香港の一般市民。なにかわかりあえるところはなかったのかなと」

10日の撮影が気づけば1カ月半に

 香港の現実を目の当たりにする中、取材期間は当初の想定よりはるかに延長することになった。

「はじめは10日で撮りきるつもりで行きました(笑)。それが、いつの間にか1カ月半になってしまいました。今考えると、10日で撮り切ろうなんて見込みが甘い」

 終わりのタイミングはいつ見えたのだろうか?

「それは、はっきり覚えているんですけど、映画の最後のシーンとなっている勇武派の男女のあのシーンが撮れたときですね。

 あの場面を撮った瞬間に、『あっ、できたな』と思いました。

 それはなぜかというと、この映画で一番自分が大切にしていたのは若者の感情を描くこと。マスクの裏にあって普段隠れている感情が、あのシーンを見たらお客さんに伝わるんじゃないかなと思ったんです。あのシーンを撮ったときに、出口が見えたかなと思いました。それまではもう完全に暗中模索でしたね」

「香港画」より
「香港画」より

当たり前のようにある自由の尊さをかみしめる

 いま、撮影の日々をこう振り返る。

僕の中では、自由とはこんなに尊いものなんだ、こんなにも犠牲を払ってでも手にしたいと思う人たちが世界にはいるんだということを直視した時間だった気がします

 日本で生きていると、たぶん自由のありがたみとか、自由って何なんだろうということを考えないですよね。当たり前のことで。

 ただ、その自由を目の前で奪われようとしている人たちの姿を実際に見ると、当たり前のことではないことに気づかされたというか。『実は当たり前にある自由がこんなに尊いものなんだ』ということを実感しましたね。これまで考えもしなかったことを考える時間になったと思います

あるタクシー運転手は「料金はいいから伝えてくれ」

 現地ではいろいろな人と出会ったという。

「日本語を話せる人によく日本語で話しかけられました。あと、何度も現場で助けられました。ガスマスクの着け方を教えてもらったりとか、『ここでこんなことが行われるから行ってみろ』と教えてくれたりとか、初対面なのにすごく親切に対応してくれた。たぶん彼らの中に日本という国にもっと自分たちのことを知ってもらいたいという気持ちがすごいあったんだと思います。そういう思いはなんとなく肌で感じました。

 たとえばタクシーに乗って現場に急行しようとしたら、運転手さんに『もう料金なんか要らないから撮って伝えてくれ』と言われたりしました。ほんとうに香港に人々に助けられてできた映画だと思っています」

海外メディアが香港に注力して取材していることは肌で感じた

 現場では海外メディアにも助けられたと明かす。

「たとえば映画の中に、15歳の勇武の少年が出てきますけど、彼はデンマーク人の写真家から紹介してもらいました。

 あと、海外メディアはとにかくかける物量とエネルギーが桁違い。ドキュメンタリーのフィルムメーカーも大勢、香港に入ってましたし、大手メディアもほぼきている。持っている器材なんかを見ると、1カ月いたら恐らく1,000万円以上の予算が掛かるような体制できているので、ものすごく海外では香港に注力して取材していることは肌で感じましたね」

「香港画」より
「香港画」より

一方、日本のメディアに会うことはほとんどなかった

 一方、日本のメディアにはあまり会わなかったという。

「大きなイベントに大手メディアが来るぐらい。選挙のときには見かけましたけど、デモ隊と警官の衝突するときとかは日本のメディアと会うことはなかったです。フリーランスの写真家さんに会うぐらいでした。

 日本のメディア自体が規制を掛けているようで……。まあ、ただ、正直なことを言うと、戦場を取材しているジャーナリストからしたら、香港の危険度はそこまでではない。これぐらいの危険度で取材に入らないというのは、ちょっとどうかなと。もっと日本のメディアも香港に目を向けてもいいんじゃないか、彼らの声を届けてほしいと思います

「香港画」より
「香港画」より

「香港画」

アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、大阪・第七芸術劇場、名古屋シネマテーク、兵庫・元町映画館ほかにて現在公開中。

川崎アートセンターにて2月6日(土)~12日(金)、岡山・シネマ・クレールにて2月12日(金)より、佐賀・シアターシエマにて2月19 日(金)~25日(木)に公開、ほか全国順次公開予定。

場面写真はすべて(C) Ikuma Horii

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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