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女性のホームレス問題を直視。制度や支援の在り方を問う<フランス映画祭2019>より(5)

水上賢治映画ライター
映画『社会の片隅で』 ルイ=ジュリアン・プティ監督 筆者撮影

 今年6月に開催された<フランス映画祭2019 横浜>から、日本未配給作品の監督との対話をまとめた全5回のインタビュー集。最終回の第5回は、今回の映画祭でもひときわ鋭く社会問題に切り込んだ1作『社会の片隅で』のルイ=ジュリアン・プティ監督のインタビューを届ける。

リアリティを追求するためホームレスのセンターで1年間ボランティア

『社会の片隅で』はホームレスの問題に焦点を当てた1作。作品のはじまりをこう明かす。

「ドキュメンタリー作家であるクレア・ラジュニーから、その著書『Sur la route des Invisibles』を渡されたのがきっかけだった。

 実は、クレアとは同じプロダクションに所属しているんだけど、僕は劇映画、彼女はドキュメンタリーと、セクションが違ったので、あまり接点はなかった。でも、僕がホームレスを支援する団体に関わっていることを知って、『これは映画にできるんじゃないか』と彼女自身が直接、著書を届けてくれたんだ。

 本に書かれていることには驚いたし、いままで知らなかったホームレスの実情もかなりあった。感銘をうけたので、ぜひ映画にしたいと思ったんだけど、それには自分自身もしっかりとこの問題にかかわらないといけないと思ったんだ。

 それで、1年間、ホームレスの支援センターでボランティアをすることにした。リアリティをもって描くためにも、それは必要だと思ったんだ。あと、映画作家としてイタリア・ネオリアリズムのような作品を目指したいと気持ちもあってね。現実ときちんとむきあってそれをフィクションできちんと表現しようと考えたんだ」

 本作が目を向けるのは、女性のホームレス。これまでなかなか映画に登場していない、描かれてこなかった存在といっていい。

「映画においての登場するホームレスはほとんどが男性ですよね。だから、作品を発表したときは、『女性のホームレスとは思いませんでした』という声をよくいただきました。

 女性のホームレスは確かに存在する。でも、社会ではあまり知られていない。クレアの著書の原題には『透明人間』という意味が入っているんだけど、そうしたいわば社会にまるでいないようにされてしまっている存在に目を向けることが僕は映画監督のひとつの役割だと考えているそういった存在を登場させることで、いまのこの社会についてどうするべきか考えてもらう。映画作家に限らず、アーティストにはそういった役割があると思うんだ」

映画『社会の片隅で』
映画『社会の片隅で』

透明人間にしない。その存在に目を向ける

 作品は、女性専用のホームレスシェルター施設が舞台。行政の指示により閉鎖の危機に追い込まれる中、ホームレスの住民たちに新たな居場所を作ろうとするソーシャルワーカーの奮闘が描かれる。そこからは行政の対応の不備と限界、サポートの在り方など、ホームレスをめぐるさまざまな問題と改善点が浮かびあがる。

行政が実施するサポートや施策、制度というのはとかく一律になりがち。ある程度、枠や線を設けることは否定しない。でも、その線や枠を少しでもはみ出してしまうと、すべてアウトにしてしまうのはどうかと思うんだ。

 映画の中でも描いていることだけど、ここに登場するソーシャル・ワーカーのように現場を知る人間は、ホームレスそれぞれの事情に添って考える。たとえば、仕事にしてもその人にマッチングした内容かどうかを第一に考えて、結果、なかなかみつからなかったりする。でも、とかく制度を作って推進する立場の人間は、とにかく定職につかせればいい的な発想になりがち。それで、仕事が見つからないとなると、そのホームレスを『働く気がない』と断定してしまったりする。

 僕の前作は、簡単に説明すると、ホームレスの人たちがある食品店のまだ食べられる食品をゴミ箱から持ち帰って食べたら、泥棒とされてしまう物語だった。これはおかしいのではないかと訴えかける映画だった。

 公開時、この行為は確かに禁止されていた。でも、その後、メディアも考えて、これはおかしいんじゃないかとなって、最終的に政府は法律をかえ、食べられる食品を捨てるのは違反。食べられるものはしかるべき補助団体などに寄贈するよう法律が変わったんだ。

 今回もホームレスをめぐる不条理な点になにかしらのアクションが起こればと思っています」

 公開ではこんなうれしいことがあったという。

「先述した通り、あるセンターでボランティアをしたんだけど、実はそこで出会った人に何人か今回の映画に出てもらっています。それで、ボランティアを終えたとき、センターのみなさんに『僕は映画をもってもう一度、ここに戻ってきます』といったんです。

 それで2年かけて映画を作って、センターのソーシャル・ワーカーのみなさん、施設にいるホームレスに作品を見てもらいました。そのとき、ひとりの女性が手をあげて話し始めたんです。彼女は45歳ぐらい、エレガントな恰好をしていたのですが、ホームレスでした。

 彼女は『わたしはこの映画に登場するホームレスと同様に、ソーシャル・ワーカーの人たちが自分のような人間に親身になってくれるとははじめ思っていませんでした。でも、そうじゃなかった。だから、すごくいまは感謝しています。

 ソーシャル・ワーカーのみなさんは、ひとりの人間として向き合ってくれた。なので、わたしはホームレスだけれども、自分の尊厳を大切にしようと思いました。この映画に登場したホームレスと一緒です。わたしはここにいる。自分の存在をないものにしない。それを示すために、少しでもきれいな格好でいようと努力しています』と語りました。

 彼女のこの言葉には感動しました。ホームレスを取り巻くさまざまな状況がもっと好転していくことを望んでいます」

映画『社会の片隅で』より
映画『社会の片隅で』より

場面写真はすべて(C)JC Lother

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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