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フランス版「毒母」?それとも「賢母」?<フランス映画祭2019>より(4)

水上賢治映画ライター
映画『愛しのベイビー』 リサ・アズエロス監督 筆者撮影

 今年6月に開催された<フランス映画祭2019 横浜>から、日本未配給作品の監督との対話をまとめた全5回のインタビュー集。4回目は、『ダリダ~あまい囁き~』が日本でも公開されているリサ・アズエロス監督のインタビューを届ける。

 1995年に監督デビューを果たしたリサ監督の前作『ダリダ~あまい囁き~』は、フランスの国民的歌姫であるダリダの半生を描き、日本でも公開され話題を集めた。ただ、これは自身にとって初の試みだったという。

「実は、『ダリダ~あまい囁き~』は、わたしの作品の中で、唯一、わたし自身のことを語っていない作品なんです。わたしは自身をフランスの中で例外的な女性ではないと考えています。ひとりの市井の人間ということです。

 ですから、わたしは自身を描くことで、フランスの一般的な女性の気持ちであったり、感情を集約して伝えることができると思って、これまで作品を作ってきました。そういう意味においてもダリダというフランスでは誰でも知っている有名人をとりあげた前作は、わたしの経歴においてまったく違った作品になったと思います」

 前作『ダリダ~あまい囁き~』の主人公ダリダはいざとなると愛を遠ざけてしまう、いわば愛を常に受ける側にたつ人物だった。一方、本作『愛しのベイビー』の主人公、エロイーズは3人の子を持つシングルマザー。自分のことは二の次で、子どもたちのことが最優先。これまで子どもたちにすべての愛を注いできた。いわば愛を与え続ける人物。前作から一転した愛の物語といっていいかもしれない。

「確かに、そうかもしれません。ただ、いずれにしても愛をめぐる物語であることという点においてはさほど変わりはないんじゃないかしら」

あまり知られていないシングルマザーの存在に目を向ける

 母親に焦点を当てた理由をこう明かす。

「エロイーズは、シングルでこれまで3人の子どもを育ててきた。でも、末っ子のジェイドが18歳になり、カナダの学校への進学が決まり、もうすぐ家を出る。子がすべて巣立つことが決まって、母としての役割を終えようとしている。つまり彼女はこれから母親を辞めようとしてる母親なんですね。変な表現かもしれませんけど、『母親』という職を失ってしまう、失業者といってもいいかもしれない。これはおそらく多くの母親が直面すること。その母親としての喪失に向き合ってみたいと思ったのです」

 シングルマザーという設定にしたのも理由がある。

フランスにおいて、ひとり親の家庭の95%は母親の家庭なんです。このことは知られているようで知られていない。なので、ひとつ、目を向けるきっかけになればとの思いがありました」

映画『愛しのベイビー』より
映画『愛しのベイビー』より

親から子どもが巣立つことは愛を失うわけではない

 エロイーズはいざ、ジェイドが家を出るとなったとき、寂しさと不安に苛まれる。つい、ジェイドとの日常を必要以上に記録してしまったり、娘の行動をなにかと管理しようとしてしまう。その子どもへの執着は、最近日本でもよく言われる『毒母』の過剰な愛情が垣間見えるような気もする。

「母親というのはなにかと子どものめんどうを見たくなる。それがときには過度な干渉になってしまうことがある。

 フランスのシングルマザーの場合、子どもとまるでカップルのような関係になってしまうケースが多いそう。結びつきが必要以上に強くなってしまう。なので、なかなか離れられない。

 そういう状況を踏まえて、わたしは親から子どもが巣立つことは愛を失うわけではない。愛情を継続したまま別離することが可能なことを伝えたかった。親と子の愛は分かち合えるものであることを示したかった。

 もうひとつ、描きたかったのは、母親というのはすばらしい存在で、ある意味、大きな仕事ということ。それをやり遂げることがいかに素晴らしいことかを伝えたかったのです。母親の子どもへの愛情はどこまでも深く、いつまでも続く。そのことを肯定したかった。

 でも、面白いわね。あなたはエロイーズがちょっと子どもを干渉しすぎる、子離れできないタイプではないかと感じたみたいだけど、実はさっき別のジャーナリストに真逆なことを言われたの。『こんなに娘とフラットに向き合える母親は日本にはいないって』(笑)」

エロイーズはわたし自身

 最後、エロイーズはジェイドとの時間を過ごしながら、娘のいなくなることを受け入れ、自身の道を模索していく。

母親としての役目を終えたとき、自分は何者になるのかと多くの母親が不安になる。ある意味、自分からひとつの肩書がとれてしまう。仕事を辞めてしまったときと重なるのかもしれない。自分が社会の中にきちんと存在しているのか。自身のアイデンティティを問うことになる。ですから、この作品はある種のアイデンティティを探す映画でもあります」

 エロイーズはリサ監督自身と明かす。

「実は、わたしは母親とは深い関係を持てなかった。だからこそ、自身の子どもには自分の持っているものを惜しみなく与えようと思いました。その一方で、あまり世話を焼きすぎないで、ほどよい距離で良好な関係を保てたらとも考えていました。エロイーズはそんなわたしの心境が色濃く反映されています」

 実はジェイドを演じたタイス・アレサンドランは、実の娘。過去にも自作に起用している。

「わたしの中で、人生と仕事の区別があまりないんです。スタッフも、俳優も、わたしのともだちも、みんな同じように我が子同然に接するのがわたし流。常に自分の家の夕食に招くようにみんなとは仕事をしています。ですので、娘だからといって特別扱いはしない。ほかの人と同様に接していっしょに作品を作り上げました。だから我が娘であり、映画作りの仲間ですね」

映画『愛しのベイビー』より
映画『愛しのベイビー』より

場面写真はすべて(C)2019- Love is in the Air- Pathe Films- France 2 Cinema- C8 Films- Les Productions Chaocorp- CN8 Productions

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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