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在宅復帰、社会復帰を目指す患者に寄り添う理学療法士。演じた宇野愛海が感じたこと

水上賢治映画ライター
映画『歩けない僕らは』 主演の宇野愛海 筆者撮影

 初の長編監督作品『ガンバレとかうるせぇ』が国内外で高い評価を受けた新鋭、佐藤快磨監督による『歩けない僕らは』は、理学療法士を主人公にした物語。栃木県最南端の野木町にある「リハビリテーション花の舎(いえ)病院」の全面協力のもと、徹底したリサーチで、さまざまなケースで食事やトイレや入浴といった日常生活が難しくなった患者のリハビリを担当する療法士の日々が描かれる。

 ここで主人公の新人理学療法士、宮下遥を演じているのが若手俳優の宇野愛海。まだ駆け出しの新人療法士のもどかしさと苦悩を実直に体現した彼女に話を訊いた。

『歩けない僕らは』 宇野愛海 筆者撮影
『歩けない僕らは』 宇野愛海 筆者撮影

知っているようで知らない理学療法士の存在

 「理学療法士」と聞いても、おそらく実際にどういう仕事をしているのかほとんどの方は知らないのではないだろうか。おそらく宇野にとってもまったく知らない世界だったと想像できる。実際、そうだったという。

「最初は、どんな仕事かもまったく想像できませんでした。出演が決まってから自分でも本を借りたりして、自分なりにいろいろと理学療法士について調べてはいたんです。でも、やっぱり実際の現場がリアルには見えてこない。

 それで脚本が出来上がる前に、まず、佐藤監督と一緒に、実際の撮影場所にもなった『リハビリテーション花の舎病院』にお邪魔させていただいたんですが、これが大きかったです。院内を見学させていただき、実際のリハビリ風景を拝見させていただき、遥と同じ立場の1年目や2年目の理学療法士の方にお話をお伺いすることもできました。ここでの経験が、百聞は一見に如かずじゃないですけど、すごく役づくりのヒントになりました。

 実際の回復期リハビリテーションの施設で見聞を広げられたことは大きな力になりました

 回復期リハビリテーションとは、脳卒中や大腿骨頸部骨折などの急性期を過ぎた患者に対して、1日2~3時間の集中的なリハビリをして、能力を回復させ、自宅での生活や社会復帰を目的とした医療とのこと。この中で、理学療法士は患者の身体的サポートはもとより、精神的なサポートも求められる重要な役割を担っている。

「回復期リハビリの病院の患者さんは、ある日突然、人生が一変してしまった人が多いと聞きました。たとえば、今回の映画で遥が担当する患者の柘植のように、ある日、帰宅途中に脳卒中を発症して、左半身が付随になってしまう。そういう世界がガラッと変わった人と日々向き合うお仕事で、ほんとうに大変な仕事だなと。これはしっかりと説得力をもって演じなければならない役だなと思いました」

 作品では、回復期リハビリテーション病院1年目の理学療法士の遥が、新たに入院してきた左半身付随の患者、柘植の担当に。しかも初めて入院から退院までをひとりで受け持つことになる。

「お話を伺う中で、患者さんとの距離感が大切なお仕事だなと思いました。患者さんの立場に近づきすぎてしまって感情移入してしまってもダメ。逆に遠くなりすぎても、今度は信頼関係が成り立たなくなってしまう。患者さんによっても、その求めてくる距離が微妙に違う。厳しく接しなくてはいけないときもあれば、優しく接しなくてはいけないときもある。ケースバイケースで臨機応変に対応しないといけない。演じる上では、その距離感は常に意識に入れておこうと思いました。

 それから、1年目の方は学校でいろいろと学んできても、いざ実践で1対1で向き合うと、いっぱいいっぱいになってしまう。そんなに器用に行動はできないとお聞きしたので、あまり自分の中で動きや所作を整理しすぎないようにしました。こなれている感じが出てはいけない。そのことは気を付けていました。ベテランの方は、素人目から見ても、『あっ、違うな』っていう感じなんです。患者さんの懐に入るのがほんとうにうまい。『それは心許しちゃうわ』って感じの接し方なんです。新人さんはやはりそこまでいけないですから、ある種の不器用さを前面に出したほうがいいなと思いました」

映画『歩けない僕らは』より
映画『歩けない僕らは』より

 ただ、柘植と向き合う日々は苦難の連続。遥はさまざまな挫折を味わい、自らの未熟さに打ちのめされる。

「実際に理学療法士の方にお話をお聞きしたとき、つらいことの方が多いといってらっしゃいました。こちらがいくらサポートしたとしても、気持ちが一致しないとまったく前進しないこともある。先ほども触れましたけど、ほんとうに患者さんとの距離が難しい。

 患者さんの気持ちを第一に考えなければいけない。そのためには、自分の気持ちはまずは押し殺して、どんな人であろうと受け入れて理解しなければならない。もちろんどんな仕事でも、相手があってのこと。ですが、その受容の比重がほかよりも大きいですよね。しかも、心がひじょうに揺れ動いている、場合によっては死を意識しているぐらいの人と向き合わないといけない

 たとえば、遥が向き合った柘植さんみたいにもう絶望の淵にいる人の心に入り込むっていうのは、考えただけでも難しいですよね。下手な慰めの言葉もかけられないし、逆にやる気を起こさせるようなはつらつとした言葉もかけづらい。変に期待させてもいけなければ、先がないようなこともいえない。どういう励ましの言葉をいっても、届くかわからない。でも、その中でも患者さんをどうにか導いて、その全部の責任を最終的には自分が負わないといけない。

 演じながら、そういう苦しみを私自身も味わっていた感じでした。だから、柘植が遥の目の前で『なんで俺なんだよ』と歩けなくなったことを憂うシーンがありましたけど、ほんとうにここでは言葉を失っていました。頑張りましょうも違うし、大丈夫ですよなんてあり得ない。ほんとうにかける言葉がなかったです」

わたしにはできないすごい仕事

 正直、自分にはできない仕事と思ったという。

「患者さんとの距離感が大事っていいましたけど、私はおそらく引きずっちゃうんじゃないかなと。リハビリ期間は決まっていて、その期間を経たら、患者さんは次のステップに向かう。たぶん、わたしはもし自分が担当している間に思い通りに患者さんが回復できなかったら、そのことをずっと抱え込んでしまうような気がします。

 もし悪い方向へいってしまったら、たぶん一生忘れられずにいるので、私自身のメンタルが持たない気がします

 だから、理学療法士のみなさんってすごいと思いましたし、かっこいいなと」

 いまはある意味、ものすごい憧れの仕事だと明かす。

「すごい仕事だなと思います。あと、苦労が多い分、うまくいったときは喜びが倍になる。やりがいを感じられる仕事でもあるんですよね。やはり足が不自由だった患者さんが歩けるようになったときというのはなんともいえない喜びがあると、お聞きしました

 私は演じたに過ぎないですけど、その気持ちがちょっとわかった気がします。二人三脚で歩んでことで結果が出たときは、胸がいっぱいになると思います。

 あと、私は歩けるようになるために皆さん、リハビリをしていると思っていたんですけど、理学療法士はさらにその先を見据えていて。『歩いて何をしたいかが大事』とおっしゃるんですよね。

 小さな目的でもそれにむかって取り組むことで、自分の可能性が広がっていく。そういう人を導く仕事であるところも理学療法士はすごいなと思いました」

実際の病院での撮影。プレッシャーで怖かった

 遥という役をやり終えた今、こんなことを感じている。

「すごく大きな経験ができたと思っています。撮影現場が、実際の病院で。実際に使われている病院だから、独特の緊張感があるんですよ。

 セットだったら、あの施設独特の雰囲気は出なかった気がします。撮影で使われているスペースも、用具も実際にリハビリで使用されているもの。実際の病院そのままで、そこで撮影されている。それだけじゃなくて、撮影をしているそばに、ほんとうの患者さんがいたりする。正直なことを言うと、すごく怖かったです。自分が試されている気がして。でも、裏を返すと、すごく恵まれた環境。ある意味、お手本がすぐそばにいてくれるわけです。

 ですから、役者としては本当に最高の環境でやらせていただいていました。そういうところに身を置くことで実感として察知することもありますから、遥を演じる上でほんとうに助かりました。いい意味での緊張感が常にあって、あの場に立てたことはほんとうにすばらしい経験になったと思います。

 あと、いわゆる専門職、エキスパートを演じることも今回が初めてでした。ほんとうに私に演じ切ることができるのか不安で。本物の理学療法士としてみてもらえるのか。プレッシャーはものすごく感じていました。

 SKIPシティ国際Dシネマ映画祭での上映の質疑応答で、本物の理学療法士さんがいらっしゃていて、『私の1年目を見ているみたいだった』というような感想をいただいたんです。それはすごくうれしかったですし、自分が積み重ねたことが実を結んだような気分でした。プロの方に納得していただけたことでちょっと安心しましたね。あと俳優としての自信にもなりました。いまは、できるだけ多くの方にみていただけることを願っています」

忘れられない今は亡き、佐々木すみ江との共演

 もうひとつ忘れられない経験がある。それは今年亡くなった大ベテラン、佐々木すみ江との共演だ。

「大先輩なので、ものすごく緊張していたんです。でも、こんな若輩者の私にでも気さくに話しかけてきてくださって、こちらが恐縮するというか。

 ご一緒したシーンは佐々木さん演じる高齢の患者さんがお墓参りにいく目的を果たし、それを見て、仕事で悩んでいた遥が元気づけられるというところ。それと同じように、なんか佐々木さんからものすごく元気やパワーをいただきました。本当にそばでみているだけで、学ぶことが多くて。もっともっと私自身、頑張らないといけないなと。

 言葉でうまく説明できないんですけど、佐々木さんとご一緒のお時間を共有できたことは、私の中ではすごく大きな財産になっています

映画『歩けない僕らは』より
映画『歩けない僕らは』より

現在公開中。

新宿K's cinemaでトークイベントあり

11/28(木) 10:00の回 上映後

【ゲスト】門田宗大、佐藤快磨監督

11/29(金) 10:00の回 上映後

【ゲスト】堀春菜

写真はすべて(C)映画『歩けない僕らは』

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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