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こんなヒロイン、いままでいた?世の中をざわつかす!新たな女性映画『お嬢ちゃん』

水上賢治映画ライター
二ノ宮隆太郎監督(左) 萩原みのり(右) 筆者撮影

 『お嬢ちゃん』。このタイトルに惑わされてはいけない。

 本作には、おおよそ「お嬢ちゃん」という一般イメージとは程遠い、これまであまり見たことのないようなヒロインが登場する。

 その主人公、21歳のみのりの言動には、眉をひそめるかもしれない。というのも、彼女は誰かれ構わず、自分の主張をぶつけてくる。建て前を重んじる日本人が1番やっかいと思うタイプの人間だ。

 本音でぶつかってくる彼女を前にすると、ほとんどの人間はたじろぐに違いない。彼女よりも年上の人間ならば、「若いくせに、何を生意気な、黙って言うことを聞け」といいたくなるような人物だ。

 でも、無視できない。なぜなら、ぶれない彼女が露わにするのは、男にとっても、女にとっても、大人にとっても不都合なことだらけ。見てくれや体裁ばかりを気にして、事なかれ主義になりがちな日本社会の「痛い」ところを突く。

 私たちの心を激しく揺さぶる、みのり役で新たなヒロイン像を体現した萩原みのりと、新たな日本の女性像を作り上げた二ノ宮隆太郎監督に訊いた。

映画『お嬢ちゃん』より
映画『お嬢ちゃん』より

日本社会の「痛い」ところを突く、刺激的なヒロイン、みのりとは?

 まずはじめに、こんないままでにないヒロインが誕生した理由のひとつに、当時の萩原みのりの置かれた状況がひとつあったかもしれない。彼女はこう当時を振り返る。

「二ノ宮監督から声をかけていただいた時期は、この先、この仕事を続けるのか、それとも辞めるのか、悩んでいるときでした。

 ひと言でいうと、東京の水が合わないというか。地元に帰ったほうが自分らしくのびのびと生きられて幸せなんじゃないかと。

 地元は田舎で、人との距離がすごく近い。良くも悪くもみんな知り合いで、道を歩いていてもみんな知っていて声を掛け合う。そういうとこで育ったこともあって、東京に来て、いろいろな面で人間関係が濃くないというか。どこか、みんな知っているようで、知らないみたいな雰囲気があるじゃないですか。なんか人と人とのつながりの薄さが、自分に合わないところがあって。すごく孤独になる瞬間があって、それが耐え難かった。だから、地元に戻りたいなと。

 そんなとき、このお話をいただいたんですけど、二ノ宮監督の熱量が半端なかったというか。『あなたという人間と一緒に作りたいんです』という意思が言葉のはしばしから伝わってきました。役者の萩原みのりうんぬんではなくて、私自身を見てくれている感じがしました。

 この仕事って、代わりがいると思うんです。別に私じゃなくて、他の人を探すってこともできるはず。でも、このお話しに関しては、監督が『みのりとだから作る、じゃなかったら作らない』ぐらいの気持ちを示してくれたので、この誰でもない、私と仕事がしたいという気持ちが当時の自分にはうれしかった。それで、監督に自分を委ねるじゃないですけど、信じてついていってみようと思いました」(萩原)

 一方、手掛けた二ノ宮監督は2012年の<ぴあフィルムフェスティバル>で『魅力の人間』が準グランプリに輝くなど、発表してきた自主映画が高い評価を収める新鋭。彼は萩原についてこう明かす。

「自分にとって初めて女性を主人公にした映画になります。誰に演じてもらうか考えたとき、自分の知っている女優さんの中では、萩原さん以外考えられなかった。その理由は言葉でなかなか表現できないというか。理屈では言い表せない。萩原さんに断られてたら、この企画では全く別の映画を作ろうと思ってました。

 萩原さんは普通の女性に見える。だけど何か違う、普通じゃない魅力があると感じています」(二ノ宮)

日本社会における女性の生きづらさや男女格差も浮かび上がるんじゃないか

 作品は、鎌倉の甘味処でアルバイトをしながら祖母と暮らす、みのりのひと夏の物語。冒頭、女友だちに暴力をふるった可能性のある男3人組に、みのりが食ってかかり、詰め寄るところから始まる。

「前作の『枝葉のこと』は、現代に生きる27歳の男性が人生を考える数日間の物語でした。今回はさらに若い、成人になりたての女性が現代の社会を見つめる物語にしようと考えました。

 そんなことを思いながら、みのりというヒロインを作っていったんですけど、まず、映画でもドラマでも自分が見たことのない女性にしようと。そこに萩原さんの実際にあった人生の出来事を織り交ぜながら、主人公のイメージを膨らませていきました。

 この作品のコピーじゃないですけど『どいつも、こいつも、くだらない』と悪態ついているような、社会や人間関係に不満を抱いている。それを口に出さないで作り笑顔で対応するようなヒロインではなく、それを正直に表情と口に出す。その中でヒロインの心に秘めている感情を映し出したいと思いました。

 その不平不満をズバズバと言い切るヒロインがいいんじゃないかというのは、そこには、なにか日本社会における女性の生きづらさや男女格差も浮かび上がるんじゃないかなと思いました」(二ノ宮)

 脚本を読んだ萩原は、自分と同じ名で同性で同じ年齢のみのりにこんなことを感じていた。

「実は、みのりという役について監督とは一度も話さなかったんです。直接、監督にこうしてほしいとか言われることは1度もなくて。監督からこういわれました。『僕が脚本を書いてた段階で思い描いてたみのりと、萩原さんがリハーサルで持ってきたみのりがもう一緒だから『大丈夫だ』と。

 演じる上で、大切にしたのは、きちんと相手と会話というか対話をすること。リハーサルの確か2日前ぐらいに、完全な台本が完成したんですけど、その2日間で1冊分、すべてのセリフを覚えました。

 セリフを覚えたって感じでは、たぶん、この作品は生っぽくならないというか。自分の体に浸透させるじゃないですけど、相手のセリフが出てきたとき、自分の体が勝手に反応して言葉になって出てくるまでにしないとダメだなと思って。

 だから、現場で一度も次のシーンのセリフは何だったとか思わなかったです。8日間の撮影だったんですけど、台本を一度も開かなかったです。言葉がほんとに自分の中に、溶け込んだような感覚がありました。それは、二ノ宮監督の書く言葉自体が、自分に入ってきやすかったっていうのもあったと思うんですけど、なんか自然にみのりとして声に出ていく感覚があって。自分のようで自分じゃないような不思議な時間でした」(萩原)

 ここには飾りのない萩原みのりがいるとでもいおうか。無防備に自分を投げうって、役と格闘して、自分の体へといれてはき出したかのようなリアリティー。どこまでも生っぽい「人間・みのり」が画面を闊歩する。

「役者という面だけじゃなくて、『萩原みのり』という人を知ってもらう役になった手ごたえがあります。性格もものの考え方も違うけど、どこか私という人間が映っている。同時に役者を続ける、役者として生きていくことを決意させてくれた役にもなりました」(萩原)

 二ノ宮監督は、萩原にこんなことを見い出していた。

「ほんとうに、リハーサルで萩原さんがもってきてくれたみのりが、自分の中のみのりと一緒だったんですよね。だからもう、何もいうことはないなと(苦笑)。監督であり脚本を書いた身としては、ここまで汲み取ってくれたのかとうれしかったですね」(二ノ宮)

歯に衣着せぬ物言いのみのりが、相手の偽らざる本心をあぶり出す

 こうして萩原みのりが体現してみせる、モノをはっきりというみのりは、周囲の人間をざわつかせる。

 何をするにもはっきりしない友人にその優柔不断さを指摘もすれば、自分を侮辱した男にも泣き寝入りはしない。たとえ肉親であろうと容赦はなく、その考え方は古いと思えば、祖母にも物申す。

 一見すると、彼女の放つ言葉は辛辣で暴論に聞こえるかもしれない。ただ、よくよく聞いていくと、それが正論であることに気づく。ゆえに、相手は言い返せない。だから、反論がみつけられない相手は、みのりに暴言を吐くしかない。

 そんな歯に衣着せぬ物言いで自分の言葉を持つ彼女と顔を合わせた相手は、偽らざる本心があぶり出される。それは欺瞞、妬み、恨みといった人間の負の感情を否応なく映し出す。

「私としては、みのりは思っていること全部を口に出しているかっていわれたら、たぶん、出せていないんじゃないかなと思うんですよね。

 実は、ほんとうに言いたいことほど言えていない気がする。だから、自分自身にいら立ちを隠せない。イライラがどんどんたまっていく。

 だから、演じているときは、心がすごく苦しいかった。強気に見えるみのりですけど、弱い部分を感じていました。

 スチールイメージとかで、私自身、みのりと一緒で強気の人間にみられることが多いんです。でも、女優の酒井若菜さんが『いつもは臆病な萩原みのりが』といったコメントを寄せてくれているのが、ほんとうにその通りで。きちんと映画を観てもらえたら、必死に強くあろうとして生きているみのりの脆さみたいなものに気づいてもらえると思います。

 だから、そういうみのりに手を差し伸べてくれる人物がいたらいいなと、思いました。彼女の本心に気づいてくれる人がいれば、もっと素直になれるかもしれないです。

 ただ、彼女のような存在がつまはじきにされるんじゃなくて、きちんと認められる場所がもっとあってほしいです」(萩原)

「自分にとって耳が痛いことをずけずけ言うみのりのことを恋愛対象で見たとき、嫌いな男性はいると思います。それでも結局好きな人の方が多いんじゃないでしょうか? なぜなら一般的に容姿がよいと思うので。世の中、どちらかというとそんなものかもしれないと思っています」(二ノ宮)

映画『お嬢ちゃん』より
映画『お嬢ちゃん』より

 ここまでの話を総合すると、世の中のすべてを敵に回すようなヒロイン、みのり。でも、作品は、そんな彼女の眼には腐ったように映る社会にも、一瞬の安らぎがあることを示す。

「理恵子を前にして、みのりが公園で話すシーン。みのりがそれは自分も含めてのことなんですけど『どいつも、こいつも、くだらない』と言う。それを理恵子がなにもいわずにきいている。何かこの言葉とこのシーンがすごい私は好きで。ここのシーンのみのりを通して自分自身も救われた気がしました」(萩原)

「最後に理恵子と公園で話すシーン。セリフで全部表しちゃってます。自分にとってはですが、あそこでみのりの感情が動くことがこの物語のすべてといってもいいかもしれません」(二ノ宮)

 最後に2人はこうコメントを寄せる。

「自分が感想をきいた中では、男性と女性ではっきりと意見が分かれるんですよね。それが面白いなって。男性からは『かっこよかった』とか、『すごい強い女性だ』とか強いイメージに受け止められることがほとんど。でも、女性のみなさんからは『抱きしめたくなった』とか『守りたい』とか、みのりの弱さに気づいてくださることが多い。

ここまできっぱり分かれるんだと、自分でも意外で。みのりが心に抱えるもどかしさや苦しさは多くの女性に届いてくれるのかなと、今は思っています」(萩原)

「みのりのような女性は異質ではないと思ってます。でも、異質って思われます。そういう見方をされるってこと。それがどういうことなのかということを映画にしました。

 現代を生きるひとりの女性の人生への想い、世の中や社会に対して、人間として在り様は描けたのではないかと思っています。

 そして、萩原みのりさんはじめ、出演者の皆さんの魅力は映画に写っていると思います」(二ノ宮)

 建て前ばかりで本音を遠ざける、大勢に流されがちな日本の社会で、異色のヒロインがどんな波風を立てるのか? 令和に現れたヒロイン、みのりの存在に注目してほしい。

映画『お嬢ちゃん』より
映画『お嬢ちゃん』より

新宿K's cinema ほか全国順次公開中

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映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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