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新浪氏「45歳定年」発言はブラフ!? 本当の狙いとは

溝上憲文人事ジャーナリスト
新浪剛史サントリーホールディングス社長(写真:つのだよしお/アフロ)

常識的にはあり得ない発言をなぜ?

「定年を45歳にすれば、30代、20代でみんな勉強するんですよ。自分の人生を自分で考えるようになる」――。

 新浪剛史サントリーホールディングス社長の経済同友会の夏季セミナーでの「45歳定年」発言が大きな波紋を広げた。翌日に新浪氏は「クビ切りをするという意味ではない」と釈明したが、言葉通り受け取ったメディアやSNSを通じて「45歳定年」が一人歩きした。

 もちろん常識的に考えるとあり得ない。日本の法定定年年齢は60歳だ。仮に一企業が「我が社の定年を45歳にします」と宣言し、45歳を過ぎた社員を強制的に解雇すれば「解雇権濫用法理」(労働契約法16条)に抵触し、裁判で敗訴するのは確実だ。ましてや法定定年年齢は世界的に後ろ倒しの傾向にある。

 アメリカやイギリスなどには定年制度はないが、ドイツやフランスは65歳から段階的に67歳に延長する予定だ。その背景には公的年金の支給開始年齢の引き上げがあり、日本も同じ理由で定年延長ではなく「65歳までの雇用確保義務」という疑似定年制度を敷いている。また中国でさえも少子化による労働力確保の観点から現在の60歳定年(男性)を引き上げようとしていると報じられている。

 そもそも「65歳雇用確保義務」を定めた高年齢者雇用安定法が施行された2013年4月。多くの企業が仕方なく65歳までの再雇用制度を導入するなか、サントリー自身が65歳定年制をいち早く導入したことで世間の脚光を浴びた。

 どう考えても日本で定年を45歳にすることはあり得ないのに、なぜ新浪氏ほどの経営者が耳目を驚かす発言をしたのか。本当は別の狙いがあるのではないかと疑いたくなる。彼の一連の発言から真相を探ってみたい。

学び直しよりも「人材の流動化」を促進したい

 冒頭の発言にもあるように個人に向けて「会社に頼らないで若いときからスキルを磨き、学び直しをすることで45歳以降に備えよ」と、職業人生のあり方を説くのはわかる。そのことを評価する声もあるが、中には余計なお世話だと思う人もいるだろう。

 しかしそのことよりも新浪氏が促進したいのは人材の流動化だ。「人材流動化によって生産性の高い分野へ人の移動を促し、日本経済を活性化すること」をかねてから主張している生粋の人材流動化論者である。

 新浪氏は政府の経済財政諮問会議の議員も務めるが、今年4月13日に連名で「ヒューマン・ニューディールの実現に向けて」という提言を発表している。その中で「大企業で経験を積んだ人材の円滑な労働移動を支援し、中小企業や農業等の輸出拡大につなげるべき。また、意欲ある若者が存分に活躍できる環境を整備すべき」と述べている。具体策としてリカレント教育の強化や学び直しの支援、そのための週休3日制の導入などを挙げている。

 大企業で経験を積んだ社員といえば40歳以上の社員だろう。つまり大企業の中高年社員に中小企業に転職してもらうという意図がありそうだ。

大企業の「早期退職募集」に免罪符を与える効果

 それに関連して新浪氏はこうも述べている。

「このコロナ禍で成長産業と厳しい産業が明確になる中で、成長する産業に経済を牽引してもらうためにも、新陳代謝を進めて成長産業に人材が移ってもらう必要がある。そして成長産業には、賃上げの余力がある。このように、成長産業への失業なき円滑な労働移動を進めれば、賃金上昇もセットで実現できる。その実現のためにも、政府と民間が一緒になってリカレント教育や職業訓練の等の実施、人材のマッチングの充実を行い、成長分野での雇用拡大、人材移動促進の具体化について早急に取り組むべき」(「令和3年第2回経済財政諮問会議議事要旨」2021年2月24日)

 マクロ的には正論かもしれないが、個人レベルで考えれば「失業なき労働移動で賃金も上がる」とはにわかに信じがたい。ましてや大企業の中高年社員で中小企業に転職して給与が上がる人は少ないだろう。そうでなくてもコロナ禍で「希望退職者募集」という名のリストラが吹き荒れている。上場企業の希望退職の募集企業・人数は2020年に93社、1万8635人だったが、21年6月3日時点で50社、1万225人と1万人を超えている(東京商工リサーチ調査)。

 その多くは中高年社員だが、コロナ禍で再就職先を見つけるのは容易ではない。しかもリストラ実施企業にはコロナの影響で赤字決算に陥った企業も多いが、製造業を中心に3分の1は黒字企業だ。つまり成長産業でも不要な社員を退職させているのだ。

 もちろんその実態を新浪氏が知らないわけではないだろう。それでもこの時期に「45歳定年」発言をするのは、企業の早期退職募集を擁護し、免罪符を与える効果を狙ったものと考えられないこともない。

流動化を阻む終身雇用、年功序列賃金、退職金制度の見直しを提唱

 また、新浪氏は人材流動化の障害となっている終身雇用、年功序列賃金、退職金制度の日本型雇用システムの見直しも訴えている。

「民間企業にとっても終身雇用、年功序列を前提とした賃金体系の見直しを抜本的に考えていかなければいけない。とりわけ若い世代に消費の喜びを知ってもらい、また、将来にわたって消費を促す賃金体系にしていくことが重要ではないか。そのためにも、年功的な要素をなるだけ少なくし、若い人や働き盛りの人たちの賃金が早く上がるような仕組みづくりが必要。私どもサントリーにおいても、労働組合と協議をしており、賃金体系の改革を進めていく」(前出・議事要旨)

 年輩の人よりも若い世代に気持ちを寄せている点が少し気になる。退職金制度については税制優遇の退職所得控除の見直しを訴える。

「退職金にかかる税金は、勤続年数が長いほど有利な仕組みになっている。これは長く働くほど税のメリットが相当あるわけだが、この退職所得控除の仕組みがあるがゆえに、成長分野への労働移動がしづらくなっていたり、また働きたい若者たちの賃金の抑制になっている可能性もある」(前出・議事要旨)

 年功序列を前提とした賃金体系の見直しとは経団連が提唱するジョブ型賃金(職務給)や成果重視の賃金への移行を意味する。そして終身雇用の最後の砦というべき退職金にくさびを打ち込むことで人材の流動化を促す狙いがある。

「解雇規制」の緩和が最終的な狙いか?

 そして新浪氏の人材流動化を促す究極の悲願は「解雇規制の緩和」だろう。従業員を解雇するには前述した「解雇権濫用法理」によって4つの要件(①人員整理の必要性、②解雇回避努力義務の履行、③被解雇者選定の合理性、④解雇手続きの妥当性)を満たす必要がある。クリアするのは容易ではない。そのため現行のリストラ手法である「早期退職募集」では、退職割増金を用意し、さらに退職勧奨を行って本人の同意を得るなどコストと労力をかけている。そうした手間を払拭し、解雇しやすいようにする。

 新浪氏は過去に「解雇法理について、四要件全てを満たすことは、世界経済に伍していくという観点からは大変厳しい。緩和をしていくべきではないかと思います」と発言している(「第4回産業競争力会議議事録」2013年3月15日)。

 その上でこう提案している。

「とくに被解雇者選考基準が大事です。例えば、勤務態度が著しく悪く、または結果を著しく出せていない社員は他の社員に迷惑をかけていることを十分に認識しなくてはいけないと思います。一方で、企業として教育や研修の機会を付与したのかも考慮する。それらを解雇選定基準に入れ、柔軟に解釈すべきです。解釈においては解雇法理そのものよりも、組織全体で迷惑をかけている人に対して解雇が会社として検討しやすくなる柔軟な要件を入れるなど、是非今後検討していただきたいです」(前出・議事録)

 被解雇者の要件に「組織全体に迷惑をかけている」人を入れるのは、気持ちはわからないでもないが、あまりにも抽象的すぎて裁判官や労働法学者の理解は得られないだろう。

 それにしても「勤務態度が悪い」、「結果を出せない」、「他の社員に迷惑をかけている」と並べられると、いわゆる”働かないオジさん”を想起させる。もしかしたら人材流動化促進の遠因にはオジサンの存在があるのではと邪推したくなる。

 実は「45歳定年制」というあり得ない突飛な発言の裏には、あえて議論を巻き起こすことで、解雇規制の緩和ムードを作り出そうとする深い意図が隠されていたのではないか。

人事ジャーナリスト

1958年鹿児島県阿久根市生まれ。明治大学政治経済学部政治学科卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』(光文社)、『マタニティハラスメント』(宝島社新書)、『辞めたくても、辞められない!』(廣済堂新書)、『2016年残業代がゼロになる』(光文社)、『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』(プレジデント社)など。

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