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世界柔道、男女混合団体戦が金メダル以外にもたらすもの

溝口紀子スポーツ社会学者、教育評論家
柔道男女混合団体は2020東京五輪からの新種目(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

圧勝の団体戦のはずが

 日本の武道の聖地、日本武道館で行われた世界柔道。

 最終日は2020東京五輪から新種目となる団体戦で見事3連覇を果たし大会5個目の金メダルを獲得し、安倍総理が観覧する中で有終の美を飾った。

 決勝の団体戦では、団体戦予選で勝利に貢献してきた橋本壮市選手ではなく、73kg以下級の前回五輪チャンピオンであり今回の世界選手権で2度目の王者になった大野将平選手を起用。

 日本柔道の大黒柱、大野選手の登場で日本は圧倒的に有利になると思われた。

 さらに決勝では安倍総理の観覧試合になったことで大盛り上がり。

 対戦相手のフランスにしてみれば完全アウェイの状況であった。

 フランス柔道の関係者は「もし大会がパリだったら結果は変わっていたはず」と漏らしたほどであった。

 ところが、柔道大国のフランスではそうは問屋がおろさない。

 かえって、日本が常勝中の大野選手を決勝に投入してきたことで、フランスは本気モードに一気にスイッチが入って大奮闘した。

 とりわけ70kg級の試合はヒートアップした。

 2日前に世界王者に輝いたガイエ選手と、今回、無冠に終わった新井選手のリベンジ戦はまさにシーソーゲームの展開。

 ガイエ選手が巻き込んで投げ、ビデオ判定になるも技の効果はなしと判定。

 判定が覆らなかったことに戦意を喪失したのか、一気に新井選手が寝技で抑えこみ一本勝ち。

この時点で3対1となり大手となった日本に完全に勝機があると思ったが、追い込まれたフランスは81kg世界3位のクレルジェが、井上監督の秘蔵っ子、東海大学1年生の村尾選手から寝技で一本を奪う。まさに取って取られてのシーソーゲームの展開となった。この時点で3対2となった。

今大会は4点先に取った方が勝ちの団体ルール。

ビハインドで王手をかけた78kg級では実力に勝る浜田尚里選手が得意の寝技で見事仕留め大会3連覇を決めた。

安倍総理や森元総理までもが武道館に駆けつける!

五輪プレ大会に相応しい盛り上がった最終日となった。

安倍総理や森元総理が団体表彰式でプレゼンテーターを務め大会に花を添えた。

また、国籍も柔道衣も違う難民選手の団体出場も今回から初めて起用された。

このことは難民問題と越境する柔道の国際化の潮流を呼応している。

日本では男女混合が開催されていない現状

 今回の日本選手の話題になった男女混合団体戦。

 来年の五輪種目の中で日本が最も金メダルに近い種目といっても過言ではない。

 とはいえ、この男女混合団体戦は日本ではまだ一度も行われていない。

 小学生大会までは男女混合の団体戦は行われているが、中学生以上になるとこれまで行われていないのである。

 公式大会の全柔連、中体連、高体連、学連などではいまだに男女別々の団体戦で開催されている。

 とりわけジェンダー問題として象徴されるのが毎年4月29日に開催される全日本選手権(男子無差別級)。つい最近まで全日本の試合会場の畳に女性審判員は上がることさえできなかった。また昨年まで柔道の黒帯も国内では女子選手は白線の入った黒帯でなければ試合にも出られなかった。

 大局的にいえば日本は、今年発表された世界経済フォーラムが「ジェンダーギャップ指数」では、2018年のジェンダーランキングは先進国の中で下位であり110位(149ヶ国中)となっている。

すなわち、

 柔道のジェンダーフリーも道半ばなのである。

 今回の団体戦で、試合前に日本の男女の選手が肩を組みお互いを励まし合う姿に勝ち負け以上に、

 男性偏重だった柔道界が変わろうとしていると感じた。

 日本柔道はお家芸だけに常に金メダル獲得を使命として与えられる。

 しかしこの団体戦の意義は、金メダルの獲得以上に男女の権利、機会を創出する機会になっていること。

 もちろんこれは日本だけの問題ではない。

 世界中の男女の柔道家が性差に関係なく試合をする機会を創出することでより柔道の精神が理解され、国を越境していくことになる。

 お家芸の日本柔道が2020東京五輪から新種目となる男女混合団体戦で活躍することで、

 世界ランキング一位の実力を誇示することはもちろん、日本社会におけるジェンダーギャップ指数を高めるきっかけにもなって欲しい。

スポーツ社会学者、教育評論家

1971年生まれ。スポーツ社会学者(学術博士)日本女子体育大学教授。公社袋井市スポーツ協会会長。学校法人二階堂学園理事、評議員。前静岡県教育委員長。柔道五段。上級スポーツ施設管理士。日本スポーツ協会指導員(柔道コーチ3)。バルセロナ五輪(1992)女子柔道52級銀メダリスト。史上最年少の16歳でグランドスラムのパリ大会で優勝。フランス柔道ナショナルコーチの経験をもとに、スポーツ社会学者として社会科学の視点で柔道やスポーツはもちろん、教育、ジェンダー問題にも斬り込んでいきます。著書『性と柔』河出ブックス、河出書房新社、『日本の柔道 フランスのJUDO』高文研。

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