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学者に寄稿を依頼すると中国ではスパイにされる?〜中国が台湾スパイをテレビに出すワケ(交流編)

宮崎紀秀ジャーナリスト
台湾当局は、台湾周辺での中国軍の演習を批判した(2020年9月10日台北)(写真:ロイター/アフロ)

「台湾には(中国と台湾との交流事業に従事する)身分や専門を利用して、台湾情報部門のために中国の情報を集める道具になる者もいる」

 台湾の“スパイ”の暗躍ぶりを3夜連続で報じた中国国営テレビの報道番組「焦点訪談」が、3日目に取り上げたのは、中台間の交流事業に携わる人物による“諜報”活動だった。中国は、今、台湾との緊張を煽るような宣伝を続けている。

「中国の安全を脅かし後悔している」とスパイが反省?

「中国で20数年、中台交流の活動に従事してきた。でも却って台湾の軍事情報局に利用されてしまい、中国の国家安全を脅かす行為をしてしまった。これは予想できなかったことだし、後悔している部分である」

 「焦点訪談」のインタビューでこう述べて、反省の意を示した男。名は蔡金樹。1959年生まれの台湾人。2020年7月、スパイ罪で懲役4年の有罪判決を中国で受けた。つまり服役囚がインタビューに応じているわけだ。自らの“悪事”を国民に向けて自白し、罪を認めさせる。中国ならではの手法だ。

 蔡は90年代から台湾と中国との交流活動に携わり、中国に広い人脈を持っていたという。「焦点訪談」が描いた蔡の“スパイ”活動は以下の通りである。

女スパイの誘いに乗った?

 2013年、蔡の学校の後輩と名乗る女性、郭佳瑛が復興テレビの番組に協力して欲しいと連絡してきた。復興テレビとは、「焦点訪談」の前日の放送にも登場したが、中国向けの放送を行う台湾の放送局でありながら、台湾軍の情報機関の外郭組織であることは周知の事実である、と紹介されていた。

 蔡と交流を深めるにつれ、郭は蔡の中国での活動に興味を示した。蔡自身が、「焦点訪談」のインタビューでこう話している。

「私が中国で比較的重要な会議に参加していることが分かると、彼女は電話をして来て、会議でどんな人に会ったか、どんな情報があったか、中国にどんな政策があるかなどを尋ねた」

 ある時、蔡は郭に、自分は南台湾両岸関係協会連合会という会を持っているが、資金がなく運営ができない、という話をした。すると郭はこれに興味を示した。支援できると言い、さらに事務所を探し出してきて36万台湾ドル(約130万円)の家賃も払った。彼女は、蔡に対し、その会では中台交流に専念するよう念を押した。

 この頃から、蔡は郭が単なる軍のテレビ局のキャスターではなく、何らかの企みがあると感じ始めたという。

 「焦点訪談」は、彼女が蔡の学校の後輩ではなく、台湾の軍事情報局のスパイであると断定している。

ネットメディアは隠蓑?

 蔡は、胡散臭さは感じたものの、相手の好意を拒むまでにはいたらなかった。本人の希望に応じて、郭を協会のメンバーとし、更に肩書きを欲しがったので事務所の主任という身分を与えた。

 2016年に蔡英文が総統に就任し、学者間の交流が乏しくなったという。そこで、郭はネットメディアを作り、中国の学者が台湾に来られなくても、寄稿できる場にすることを提案した。蔡もこれに同意し、イーグルニュースというネットメディアを作り、郭はその執行総監という立場についた。運営や活動は郭の考えに基づいており、蔡は主導権を失っていったが、金は受け取っていた。郭は、蔡が断れないのを承知で、この頃から明確な任務を示すようになったという。

「彼女は、将来、どんな台湾政策が出るかを重視していた。彼女は、私が中台関係の政策を決める幹部と接触することを望んでいた」

 「焦点訪談」は、蔡の協会とイーグルニュースは郭が大陸の情報を集める隠れ蓑になり、蔡自身も情報を集める要員となったと説明している。

 福建省廈門市の国家安全局の幹部という人物が、「焦点訪談」の中で、こう話している。 

「郭は、常に彼に一つの考えを教え込んだ。『あなたが聞いたり、見たり、得た物を全て私に渡して欲しい。これらは全て公開情報で、機密に関わる物はない』」

学者の寄稿は機密に当たるのか?

 蔡は、公開されている資料を集めるとは言うものの、大陸の学者や役人と会う度に、個人的に大陸内部の情報を聞き出す重要な任務もあった。蔡は彼らと会う際にはわざと自分は中国と台湾の統一を支持していると強調し、警戒心を解いた上で活動への参加や寄稿を促した。

 蔡は自分の役割をこう説明している。

「私が先に仲立ちをする。プラットフォームを作りたいので、皆さん、たくさん投稿して欲しいと。もし、フォーラムへの参加や投稿を希望する学者がいた場合には、郭のウィチャット(中国のSNS)を教え、彼女が原稿の依頼をした」

 一方、郭はこうして知り合った大陸の人たちを利用できないか判断し、自らの必要に応じて、書いてもらう原稿のテーマなど決めた。

 こうして集めた原稿を、彼女が取りまとめ軍事情報局などに提出した。軍の関連部門が利用した後で、原稿はイーグルニュースに掲載したという。

 こうして蔡が郭に紹介した中国の台湾政策部門の関係者、シンクタンクの専門家、大手メディアの記者らは50人以上に及び、受け取った経費は500万台湾ドル(約1800万円)以上に上ったという。

 以上が、「焦点訪談」が描いた蔡の“スパイ”行為の概要である。ここで1つの疑問が生じる。

 蔡の活動は、中国の安全を脅かすようなスパイ行為に当たると言えるのだろうか?

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ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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