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日本に対する中国の「民度コンプレックス」

宮崎紀秀ジャーナリスト
中国で信号無視はよく見る光景。民度の向上は急務?(9月11日北京にて筆者撮影)

 中国では、昨日9月10日は教師の日だった。習近平国家主席は、北京で開催された全国教育大会に出席し、党の幹部や教育担当者を前に教育の役割について、次のように強調した。

「品性と特性、教養を高めることに力を入れ、学生に社会主義の核心的な価値観、及び品位と道徳を培い実践するように導かなくてはならない」

習近平主席「国民の総合的な民度を高める」

 習主席は、「中華民族の偉大なる復興」をスローガンとして国民を鼓舞している。その美しいスローガンに恥じないような、国や国民が世界で尊敬されるような一流の国になるのが、中国の悲願である。しかし、そのためには、国民の民度を高めなくてはならない。指導部にとって頭の痛い問題だ。習主席は、昨日の演説でも教育の重要性についてこう述べた。

「国民の総合的な民度を高め、人間の総合的な発展を促進し、中華民族の革新、創造の活力を増強し、中華民族の偉大なる復興を実現する決定的な意義を持つ」

中国の民度ランキングワーストは嘘だった?

 同日、北京市の共産党委員会の機関紙である「北京日報」が、中国版ソーシャルネット「微信」で、次のような記事を流したのもおそらく偶然ではない。

「国民民度で日本は世界1位、中国はワースト、は嘘だった」

 この記事の内容は、数年前からネット上で出回っている日本を礼賛する文章に対する反証だった。その文章は、数万人に閲覧されたとされる。

 それは「視点を変えて見れば、日本にどれだけ財産が多いかあなたは知らないだろう」という意味のタイトルをつけた長文である。「この20年は本当に日本の失われた20年か」「日本の知られざる革新能力」など5つの項目に分けて、中国が及ばぬ日本の優位性を掲げたものだ。

 北京日報が反証の対象としたその「日本礼賛」の文章は、日中の国民の民度の差は、約50年の開きがあると指摘する上で、以下を根拠として示していた。

「国連の発表した世界の国民民度のランキングで日本は、連続30年世界第1位。それに対し、中国は、数十年間連続して世界の160位以降か、ワースト第2位である」

「歩道駐車」は当たり前(9月11日北京にて筆者撮影)
「歩道駐車」は当たり前(9月11日北京にて筆者撮影)

 実は、この根拠が全くのデタラメであることを、北京日報の配信した記事が指摘したのだ。記者が、ユネスコ・国際連合教育科学文化機関の北京代表事務所に問い合わせたところ、「そんなリストは聞いたこともないし、国連がそんなリストを発表するはずがない」という回答を得たとしている。

 北京日報は、これ以外にも、その「日本礼賛」文章の中にある「中国の科学技術は、日本にはるか及ばない」「核心的な科学技術の特許の80パーセント以上は日本が持っており世界一」などという指摘に対し、ことごとく正しい数字を引用し嘘を暴いている。フェイクニュースを完膚なきまでに反証した立派な内容である。

日本礼賛文章は悪いのか?

 しかし、北京日報も含め、その内容を転載した中国メディアも、反証した「日本礼賛」文章を「精日」と描写したところに、根深いコンプレックスが出てしまった。

 「精日」とは、最近、中国のメディアやネットでよく使われるようになった言葉で、精神的に日本人のようになった中国人を指す。日本の軍国主義を崇拝し中華民族を嫌っているなどとも定義される。

 旧日本軍の軍服を着て、記念写真を撮ったりする「精日」行為が横行する風潮について見解を聞かれ、日本通で知られる王毅外相は「(精日は)中国人のクズだ!」と声を荒げてみせたこともある。「精日」はそれほどまでに否定的な意味で使われる。

日本のイメージは「民度が高い国」

 日本ではあまり知られていないかもしれないが、中国人の多くは、日本は「民度が高い」国という認識をもっている。具体的には、日本人は「礼儀正しい」「真面目」「清潔」などという印象だ。

中国人の日本のイメージの1つは「清潔」(9月11日北京にて筆者撮影)
中国人の日本のイメージの1つは「清潔」(9月11日北京にて筆者撮影)

 北京日報の記事に対するネット民の書き込みも、「精日」文章に対する批判に加え、以下のようなものも少なくない。

「鬼子(日本の蔑称)の民度が高いか低いかは知らないが、我が国の民度が高くないのは事実である。毎日民度の低い行為を目にして、深くやるせなさを感じる」

「日本が良いと言ったからといって、すぐに『精日』と言うべきではない。たしかにリストは誇張かもしれないが、日本人の民度が中国人より高いのは、確かであり、この点は認めるべきである」

 北京日報の記事は、中国人もそんなに卑屈にならなくてもいいよ、というメッセージを託したのかもしれない。しかし、庶民の方がよっぽど冷静に現状を認識しているようである。

 今年の夏に初めて日本に旅行したという女性(53歳)は、日本の印象を次のように述べる。

「日本の印象はとても良かったです。礼儀正しいし、清潔だし、お店にいっても、こちらの言葉が通じなくても、一生懸命聞いてくれました。日本人は礼儀正しいと思っていましたが、実際に行ってその印象はもっと強くなりました」

ーー中国人の民度については、どう思いますか?

「正直言って、民度は低いです。どこでも痰を吐くし、大声でしゃべるし。そうそう、日本はとても静かでしたね」

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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