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デイサービスの危機管理はどうあるべきか~緊急事態宣言解除後、“ウィズ・コロナ”での介護事業所

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
デイサービスでは1人感染者が出ると一気にクラスター化するリスクがある(筆者撮影)

5月25日、緊急事態宣言が解除された。高齢者介護の現場でも、長く制限されていた入居施設での家族等の面会が一部で再開され、徐々に“ウィズ・コロナ”の対応が始まっている。

その一方で、6月2日は東京都で34人の新規感染者が確認され、「東京アラート」が発せられた。気を緩めれば、すぐにまた感染が拡大する恐れがあり、“ウィズ・コロナ”の生活のあり方は手探りだ。

介護業界での新型コロナウイルス対応について、職員と強い信頼関係を築いている訪問介護事業所の対応、相談援助職であるケアマネジャー等のリモートワークの可能性について、2回に分けて紹介した。

今回は、小規模デイサービスの新型コロナウイルス対応における危機管理について紹介したい。

▲小規模デイサービス「隣家」では、平時は食事の支度を利用者と共に行っていた(筆者撮影)
▲小規模デイサービス「隣家」では、平時は食事の支度を利用者と共に行っていた(筆者撮影)

2週間の縮小営業を余儀なくされた理由は

デイサービス「隣家(りんか)」(埼玉県新座市)は、1日の利用定員10人の独立型デイサービスである。5月末現在の登録利用者数は34人だ。

「独立型」デイサービスとは、居宅介護支援(ケアマネジメント)や訪問介護など、併設する介護サービスがなく、デイサービス単独で運営している事業所だ。

デイサービスには、「隣家」のような小規模デイサービスから、定員300人規模のメガデイサービスまで、様々な規模がある。デイサービスの介護報酬は利用者が利用した回数に応じて支払われる仕組みであり、体調不良などによる休みがあると、その分、収益が下がる。

休む利用者が増えても、大規模デイサービスであれば、それほど大きなダメージにはならないかもしれない。しかし、利用定員が少ない「隣家」のような小規模デイサービスでは、もし集団感染でも起きれば、死活問題となる。感染は何としても防ぐ必要があるのだ。

そんな「隣家」が、4月20日(月)から5月3日(日)までの2週間、利用者を絞り込んだ縮小営業を余儀なくされた。

「隣家」に通う1人の利用者が併用している近隣のデイサービスで、新型コロナウイルスの感染者が出たのだ。

「そのデイサービスでの感染者は、当事業所のご利用者とは違う曜日を利用していました。しかし曜日が違っても、職員を介して感染するリスクもあります。感染症を蔓延させてはいけないと考え、管理者と相談の上、縮小営業に踏み切りました」と、「隣家」の代表を務める西野裕哉さんは言う。

▲「隣家」では、NPOが運営する近くの畑に手伝いに出かけ、野菜を育てている。収穫した野菜は、事業所での昼食にも活用している(写真は「隣家」提供)
▲「隣家」では、NPOが運営する近くの畑に手伝いに出かけ、野菜を育てている。収穫した野菜は、事業所での昼食にも活用している(写真は「隣家」提供)

たまたま感染者発生の情報を得て即対応

近隣のデイサービスで感染者が出たことを、西野さんは4月18日(土)の夜、知人のケアマネジャーからの連絡で知った。ちなみに、そのデイサービスと「隣家」を併用している利用者を担当する担当ケアマネジャーではない。たまたま連携の良いケアマネジャーが情報提供してくれたことで、西野さんは感染の発生を早期に知ることができた。

「感染者が出たデイの社長さんとも知り合いだったので、翌19日(日)に電話で感染発生について確認しました。事実とわかったので、すぐに縮小営業の対応をとったのです。もし、18日の夜に教えてもらっていなければ、20日は通常通りの営業をすることになったと思います」と西野さんは言う。

新型コロナウイルス感染者発生という重要情報が、重症化のハイリスク者を多数抱える介護の現場で、今も適切に情報共有されるルートが作られていないことに愕然とする。これについては後述する。

さて、「隣家」がとった縮小営業は、「絶対にデイサービスを利用しないと生活が成り立たない人」のみに通所してもらうという対応だ。

「認知症があり、一人歩きして家に帰れなくなる人。デイでの入浴が必要な人。食事の提供が必要な人。そうしたご利用者だけに限定し、1日を2時間ずつの4枠に分けて、午前2枠、午後2枠とし、できるだけ1人ずつを時短、時差で受け入れました」

1日の受け入れ人数は、平均3~4人、最多で5人。入浴して少し休んで帰る。食事をして入浴して帰る。管理者の提案からそんな対応をとったと、西野さんは語る。

▲平時の「隣家」の様子。大工仕事が得意な利用者が、注文を受けてイスや本棚などを制作していた(写真は「隣家」提供)
▲平時の「隣家」の様子。大工仕事が得意な利用者が、注文を受けてイスや本棚などを制作していた(写真は「隣家」提供)

昨年の苦い経験を生かして危機管理

18日の夜に、感染者発生の情報を得て、19日に事実確認をし、20日から縮小営業とする。

「隣家」はなぜそんなに迅速に対応できたのだろうか? その理由は、昨年に遡る。

「実は昨年、1人のご利用者からインフルエンザの感染が拡がり、登録利用者の1/3くらいが感染してしまったのです。それで、3日間の臨時休業を余儀なくされました。臨時休業の前後にもお休みされるご利用者がいて縮小営業をしたので、経営的には大きな打撃を受けました」と、西野さんは振り返る。

この教訓を生かし、今回、4月7日の緊急事態宣言発令前に、職員で会議を開催。縮小営業が必要になった場合を想定し、どの利用者にはどのような支援が必要か、34人の登録利用者一人ひとりについて、職員と丁寧に検討したのだと、西野さんは言う。

「昨年のインフルエンザでの経験を絶対に無駄にしてはいけないと考え、感染症対策には敏感になっていたのです。4月初めの時点で対応を検討しておいたからこそ、19日に縮小営業を決めたとき、スムーズに対処することができたと思います」

▲平時の「隣家」では、男性も調理に参加し、腕をふるっていた(写真は「隣家」提供)
▲平時の「隣家」では、男性も調理に参加し、腕をふるっていた(写真は「隣家」提供)

電話での在宅生活の状況確認を1/3が希望

新型コロナウイルス対応として、厚生労働省からは、デイサービスの利用を控えて自宅で過ごしている利用者に電話で心身の状況を確認すれば、利用したものと見なし、介護報酬を請求しても良いという通知が出されている。

ただし、1~3割の利用者負担が発生することから、事前に利用者の同意を得ることが必要になる。

「隣家」では、全登録利用者に電話または直接訪問にてこの措置について説明。利用者負担が発生することを伝えた上で、電話もしくは訪問での状況確認を希望するかどうかを聞き取った。

すると、全登録利用者の1/3に当たる、約10人が電話での状況確認を希望したという。

「状況確認という目的の電話ではありますが、ご家族からすると、ずっと自宅でケアをする大変さなどを聞いてほしい、近隣の新型コロナウイルス感染状況についての情報交換がしたい、という気持ちがあったようです。

あるいは、当事業所の経営を心配して、介護報酬が請求できる電話での状況確認を受け入れてくださったのかな、とも思いました」

この措置について、介護関係者からは、「利用者負担が発生するのに、利用者の同意が得られるとは思えない」という否定的な声が多かった。それだけに、「隣家」で1/3もの利用者が電話での状況確認を希望したことを意外に感じた。利用者・その家族と事業所との日頃の関係性が、こうした時に表われるのかもしれない。

「隣家」の縮小営業は5月3日で終了し、現在は、利用者に昼食の調理に少しずつ関わってもらうなど、通常の運営に戻しつつある。感染予防のため、利用を自粛している利用者は、2人だけだという。

▲平時の「隣家」では、誰もが役割を持って過ごせるよう配慮していた。写真右の男性が代表の西野裕哉さん(写真は「隣家」提供)
▲平時の「隣家」では、誰もが役割を持って過ごせるよう配慮していた。写真右の男性が代表の西野裕哉さん(写真は「隣家」提供)

利用者と職員を守るために今すぐすべきことは

今回、「隣家」のケースを聞き、感じたことが二つある。

一つは、過去の苦い経験を生かした危機管理の大切さだ。

韓国は、MERSの経験を生かして、感染症に対して万全の対策を整え、新型コロナウイルス対応で高い評価を受けた。同じように、「隣家」も昨年のインフルエンザの感染拡大から教訓を得て、適切な危機管理が行われていた。

これは多くの介護事業所に、是非参考にしていただきたいと思う。

もう一つは、いまだ介護事業所間で感染情報の共有体制が築かれていないもどかしさである。

3月には、愛知県名古屋市にあるデイサービスの利用者1名が、新型コロナウイルスに感染。

そのデイサービスを含む2カ所のデイサービスを利用する、別の利用者が媒介者となり、両方のデイサービスで集団感染が発生した。

そして、その2つのデイサービスがある、2つの区の126のデイサービスに休業が要請されることとなった。

高齢者や基礎疾患がある人が新型コロナウイルスに感染すると、重症化リスクが高いのはすでに周知のことだ。感染が発生したら、介護事業者間で迅速に情報共有し、各事業所で適切に対応をとる必要がある。

にもかかわらず、そのような連絡体制、情報共有体制は、いまだ不十分だ。感染者が発生した施設を何も知らずに訪れた介護職員が濃厚接触者となり、2週間の自宅待機を余儀なくされたという話も聞いたことがある。

「隣家」が、今回、迅速な対応がとれた大きな要因は、「善意の情報提供者」の存在だ。事業者間でいい連携体制を築いておくことの大切さも改めて感じる。

しかし、本来は、「善意の情報提供者」を当てにするべきではない。介護業界として、重症化を招く恐れがあるこのような感染症について、感染者が発生した場合の迅速な情報共有のルールを策定すべきではないか。

利用者、職員の命を守るには、まず正確な情報を得ることが必須だ。

行政の指示や情報提供を待つのではなく、介護業界全体で、それが無理なら、地域の事業者同士で正確な情報を共有できる仕組みを、すぐにも作れないものかと思う。

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士としてクリニックの心理士、また、自治体の介護保険運営協議会委員も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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