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ハラスメント防止の鍵は管理者の意識改革と介護職同士の情報共有【介護職へのハラスメント3:対応・前編】

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
介護職同士の情報共有ができている事業所ではハラスメント被害が少ないという(写真:アフロ)

前回の記事では、介護職(介護従事者)への利用者からのハラスメントや、介護する家族への暴言、暴力などがなぜ起きるのか、その背景について取り上げた。シリーズの締めくくりにハラスメントへの対応について、今回・次回の2回に分けて考える。

介護職へのハラスメントについて、調査を行った日本介護クラフトユニオン(NCCU)、高齢者心理の専門家、訪問介護事業所社長に話を聞いた。そして、ハラスメントへの対応として重要なポイントは、以下の3点だと考えた。このうち、特に3は、暴言や暴力、介護拒否などに悩む介護家族にも参考になるだろう。

1.法人・管理者が意識を変える……ハラスメントは許さないという毅然とした態度をとる

2.介護職が我慢を辞める……ハラスメントを我慢しない。防ぐ・かわす対応を身につける

3.利用者の心理への理解……ハラスメントを起こす背景にある心理を理解する

今回は、12について見ていく。

介護職への利用者や家族によるハラスメントへの対応には、3つのポイントがあると考える(ペイレスイメージズ/アフロ)
介護職への利用者や家族によるハラスメントへの対応には、3つのポイントがあると考える(ペイレスイメージズ/アフロ)

1.法人・管理者が意識を変える

管理者が利用者の言いなりではダメ

まず大切なのは、法人の方針と、それを受けてマネジメントを行う管理者の意識だ。

介護報酬の引き下げが続く介護業界では、獲得した顧客を逃したくないと考える法人経営者や管理者もいる。そうした法人では、何事も利用者から言われたとおりに対応するよう、ホームヘルパーに求めてくることもある。これについて、NCCU政策部門長の村上久美子さんはこう語る。

「介護職がハラスメントを受けたとき、事業者側が強い態度に出ることで契約を打ち切られてしまったら……という恐れを持つ管理者はいると思います。管理者が介護職に『我慢しなさい』といえば、ハラスメントはそのままになってしまいます。一方、管理者が利用者や家族のところに行ってきちんと話ができれば、それで治まることは多いのです」

訪問介護事業所を経営する下山美奈さん(仮名)は、そもそも管理者がサービスの契約時に、訪問介護でできること・できないことも含め、サービスの目的をきちんと伝えておくべきだと指摘する。パワハラの一つとして、問題になっている「介護保険ではできないサービスの要求」も、これで防ぐことにつながるからだ。

「私たち訪問介護事業者は、公的介護保険のサービスとして、自立支援のために利用者の家を訪問しているわけです。契約の時に、そのことをきちんと説明し、利用者やその家族にしっかりと認識してもらう必要があります。当事業所では、介護保険でできないサービスについても契約時に説明し、介護保険外の自費サービスの案内をして、併せて契約をしておきます」と下山さん。

そうすれば、介護保険外のサービスを強く求められても、「契約時に説明したとおり、介護保険のサービスでは提供できないが、自費サービスであれば提供できる」と伝えることができる。

契約時に、介護保険サービスの目的やできること・できないことをしっかり伝えることが大切だ(ペイレスイメージズ/アフロ)
契約時に、介護保険サービスの目的やできること・できないことをしっかり伝えることが大切だ(ペイレスイメージズ/アフロ)

ハラスメント防止には管理者の教育を

下山さんはまた、ホームヘルパーがハラスメントを受けた際は、勤務シフトを変え、違うホームヘルパーを訪問させるようにしているという。

「ハラスメントは、利用者とホームヘルパーの組み合わせの問題で起きることもあります。ほとんどの場合、違うホームヘルパーを訪問させることで治まりますね。特に、セクハラは違うタイプのホームヘルパーを訪問させればまずなくなります」と下山さん。

しかし、シフトを変えるのを嫌うのか、そのまま同じホームヘルパーを訪問させ続ける法人もある。これも管理者の意識の問題と言えるだろう。NCCUの村上さんは、NCCUと労使関係にある法人と組織する「介護業界の労働環境向上を進める労使の会」(以下、労使の会)の幹事会で話をした際、ハラスメント防止として、管理者教育がテーマとして上がったという。

「今、『労使の会』で、『ご利用者とご家族のハラスメント防止に関する協定』(以下、防止協定)」を結ぶ準備を進めています。その中で、管理者の意識改革とリスク管理についての教育も盛り込んでいきたいと伝えているところです」と村上さんは言う。

担当するホームヘルパーを替えることでハラスメントが治まり、穏やかな関係になることは多い(ペイレスイメージズ/アフロ)
担当するホームヘルパーを替えることでハラスメントが治まり、穏やかな関係になることは多い(ペイレスイメージズ/アフロ)

2.介護職が我慢を辞める

被害を言い出しやすい環境に

次に大切なのは、介護職がハラスメント被害を受け流し、我慢するのを辞めることだ。介護職には、ハラスメントを受けても「これはハラスメントではない」と受け流してしまう人が多いことは1回目の記事で書いたとおり。「我慢するのが当然」と考え、抱え込んでしまう人も多い。

これを辞めるには、まずハラスメントについてきちんと学ぶことが必要だ。NCCU政策部門長の村上さんは前述の「防止協定」で、何がハラスメントに当たるのかについての知識習得やコミュニケーション能力の向上など、ハラスメント防止に関わる教育システムの構築を「労使の会」と共に進めていこうと考えている。

その上で、「介護職はハラスメント被害に遭っていることを管理者に伝えることが大切」だと、訪問介護事業所の社長の下山さんは指摘する。声を上げてくれなくては、管理者も対応のしようがないからだ。

「セクハラなど、恥ずかしいから言いたくないという介護職もいるかもしれません。当事業所では、全員が集まる研修や、ホームヘルパーが事務所に立ち寄ったときなど、意識的に『困っていることはない?』と一人ひとりに声をかけるようにしています。そうした被害があるとわかれば、担当を変えるなど、事業所として対応できることがありますから」(下山さん)

結局は、管理者側の意識の方がより重要だということになるが、管理者やサービス提供責任者などには下山さんのように「一人ひとりに声をかける」配慮がほしい。全体に声をかけても、言えない人はやはり言えないままになってしまうからだ。もっと言えば、職員同士も声を掛け合い、互いの抱えている負担を分かち合うムードがあるといい

ハラスメントを受けても誰にも言えない介護職もいる。被害を言い出しやすい職場環境にしていくことも大切だ(写真:フリー画像)
ハラスメントを受けても誰にも言えない介護職もいる。被害を言い出しやすい職場環境にしていくことも大切だ(写真:フリー画像)

強烈なセクハラのかわし方を共有する

また、下山さんの事業所では、全てのホームヘルパーを対象に毎月行っている研修で、ハラスメントを受けたときの上手なかわし方などもテーマとして取り上げている。

「例えば、ホームヘルパーが訪問すると、いつもアダルトビデオを見ている男性利用者がいました。こういう人には、訪問してすぐスイッチを消して、『こういうものはホームヘルパーがいないときに見てくださいね』とピシッと言えば、それですみます。

体を拭いているときに、男性のシンボルを拭いてくれという利用者もいました。そういう人には、『大事なお宝は自分で拭いてくださいね』と、タオルを渡します。『じゃあ、おまえのを拭かせてくれ』と言われたら、『私のお宝は、私が自分で拭きますから』と答える。そういう話術、かわし方をホームヘルパーに伝えていくことも大切です」と下山さんはいう。

どうすれば、ハラスメントに遭わないか。下山さんは、研修の席で「みんなはどうしてる?」と声をかけ、うまいかわし方などをヘルパー同士で共有できるようにも配慮しているという。NCCUの村上さんも、情報共有がうまくできている事業所は、ハラスメントの被害が少ないと語る。

「組合員に聞くと、ハラスメントには“前兆”があると言います。こういう態度をとるとパワハラが起きる。こういう雰囲気になるとセクハラにつながる。そうした情報が共有されていれば、“前兆”の段階で止めることができ、ハラスメントが起きずにすむかもしれません。『防止協定』にも随時、会議を開いて情報共有を行う項目を入れていくつもりです」(村上さん)

法人や管理者の意識改革を介護職の立場から進めるのは難しくても、ハラスメント被害を避けるための情報共有ならできるのではないか。被害の多い職場では、ぜひ介護職同士で声を掛け合い、互いを守るための情報共有を進めてほしい

特に、もともと暴力に訴える傾向がある人、若い頃からセクハラ傾向のある人などは、高齢になってからその人の思考や行動のパターンを変えるのは難しい。その前提で、暴力、セクハラを引き起こさない対応を情報共有によって見出せるといい。

また、暴言や暴力の前兆については、家族介護者もぜひ意識してみてほしい。そのつもりで気をつけていると、暴力や暴言のきっかけ、前兆をつかめるかもしれない。

NCCUでは、2018年内にも「労使の会」と「防止協定」を結びたいと考えている。写真は、これまでに「労使の会」と結んだ、職場内でのハラスメントについての協定のポスター(写真:筆者撮影)
NCCUでは、2018年内にも「労使の会」と「防止協定」を結びたいと考えている。写真は、これまでに「労使の会」と結んだ、職場内でのハラスメントについての協定のポスター(写真:筆者撮影)

被害に遭いやすいのが悪い訳ではない

セクハラ対応について、下山さんはまた、胸に手を入れられるようなことがないよう、襟の詰まった服を着るなど、ホームヘルパーの側で気をつけるべきことなども伝えているという。特にセクハラの場合、相手に隙を見せないことも大切だというのが、下山さんの意見だ。

とはいえ、洋服などもきちんと整え、隙を見せているつもりはなくても、相手にそう受けとられてしまいがちなタイプの人もいる。これについて、慶成会老年学研究所所長の黒川由紀子さん(上智大学名誉教授・臨床心理士)はこう語る。

「それは、決してネガティブなことではなく、魅力的であるとか、多少のことは受け止めてくれる包容力がありそうに見えるとか、その介護職のことを利用者もそう見立てているのだと思うのです。であれば、ハラスメントを起こす利用者ではなく、その人の持ち味を生かせる利用者の担当にするなど、事業所側の配慮があればと思います」

ハラスメント被害を受けやすい介護職、うまくかわせない介護職が、必要以上に自分を責めることなく穏やかに働ける環境を作っていくことも大切だ。

次回、最終回は、暴言や暴力に悩む介護家族にも役立つ、利用者の心理を理解した対応について考えたい。

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士としてクリニックの心理士、また、自治体の介護保険運営協議会委員も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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