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対応が難しい、介護従事者へのハラスメント被害。日本介護クラフトユニオン、厚労大臣に要望書を提出

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
介護従事者へのハラスメント問題で厚労大臣に要望書を提出(画像:筆者撮影)

職場でのハラスメントとは異なる介護現場でのハラスメント

2018年6月に、日本介護クラフトユニオン(NCCU)が介護現場でのハラスメント被害についてのアンケート調査結果を発表して以来、介護現場でのハラスメントへの注目が集まっている。

世間を騒がせた、官僚による新聞記者へのハラスメントなど、ハラスメントは様々な場面で起こりうるものだ。ただ、介護の現場では、「支援を必要とする人」が「支援する人」に対してハラスメントを行うという、職場等でのハラスメントとは異なる構造を持つ。「支援を必要とする人」からハラスメントを受けても、「支援する人」には、「そこをうまくいなしながらサービス提供するのがプロ」という認識を持つ人も多い。この認識に縛られ、ハラスメントをすぐに跳ね返せない人もいる。ハラスメントをする人が認知症を持つ人だと、対応はさらに難しい場合もある。

この問題について、これから数回に分けて考えていきたいと思う。

今回はまず、2018年8月9日の記者報告会でのNCCUの報告内容について紹介する。

介護従事者の74.2%がハラスメントを経験

8月9日、日本介護クラフトユニオン(NCCU)は、介護の現場で起きている利用者やその家族から介護従事者に対するハラスメント被害の防止についての要望書を提出。その後記者報告会を行った。

NCCUは今年4月、介護従事者を対象に、利用者やその家族からのハラスメント被害に就いてのアンケート調査を行っている。その結果、74.2%が何らかのハラスメント被害に遭い、被害を受けた介護従事者の9割が精神的ダメージを受け、一部は精神疾患となっている介護従事者もいることが明らかになった。

アンケートの調査用紙には、実際に受けたハラスメントの体験を記入する欄も設けられている。報告会では、ここに書かれていた体験を全て記載した冊子が記者に配付された。その内容は予想以上で、読むに堪えないような内容も数多い。このようなハラスメント行為を受けながら、介護従事者はそれに耐えてサービス提供をしていることに胸が痛む。

記者報告会で配付された資料には、アンケート調査で明らかになったハラスメントの実態をまとめた冊子もあった。そこには、読み進めるのがつらいほどの体験も書かれていた(画像:筆者撮影)
記者報告会で配付された資料には、アンケート調査で明らかになったハラスメントの実態をまとめた冊子もあった。そこには、読み進めるのがつらいほどの体験も書かれていた(画像:筆者撮影)

ハラスメントは利用者、家族介護者のストレスの現れか

NCCUは、このハラスメント実態を変えていくため、下記の5点の要望をまとめた要望書を、加藤勝信厚生労働大臣宛てに提出した。

(1)利用者とその家族への周知啓発

アンケート調査の結果、「介護従事者の尊厳が低く見られている」ことが、ハラスメントの発生原因と回答した介護従事者が6割に上った。介護保険のサービスが公的な福祉サービスであることを利用者に周知啓発することで、ルールに則ったサービス利用を促すことを要請。

(2)介護従事者を守るための法整備

介護保険のサービスは、「正当な理由なく」拒否してはならないことが法令で規定されている。介護従事者の人権を守るため、この「正当な理由」として、ハラスメント行為を明記することを要請。

(3)地域ケア会議の有効活用とハラスメントに対する自治体の対応強化

アンケート調査では、上司や職場の同僚等に相談しても変わらなかった、という回答が半数近くを占める。2018年4月から全自治体で開催されることになった「地域ケア会議*」を活用し、ハラスメント対策としての事例検討と対応を行うことを必須化することを要請。また、ハラスメント発生時には自治体が積極的に関与するよう、国から指導することも要請。

*地域ケア会議……利用者への支援内容や地域の課題などについて、多職種で話し合う会議

(4)訪問介護の2人体制でのサービス提供時の利用者負担への補助

アンケート調査では、ハラスメントのリスクがある家庭への訪問サービスは、2人体制での訪問が一つの解決法となるとの回答が多かった。しかし、2人体制での訪問は利用料が2倍となるため、利用者やその家族の理解が得られず実施できないケースが多い。そこで、利用者負担への補助を行う施策(介護報酬の整備等)を要請。

(5)家族介護者に対する支援強化

ハラスメント行為は、介護する家族等の介護疲れによるストレスが引き金となっている実態がある。また、アンケート調査では、介護従事者はストレスのはけ口になりやすいという回答が5割を超えた。家族介護者等に対する支援を一層強化するよう、自治体に指導することを要請。

以上についての要望書を提出したところ、厚生労働大臣サイドからは、ハラスメントの内容について調査を行い、対処方法については検討委員会を設けて検討していきたいとの発言があったという。この検討委員会のメンバーには、NCCUからも加わることが求められた。

厚生労働大臣サイドも、介護職のハラスメントについては実態を調査し、対応していく姿勢を見せている(画像:筆者撮影)
厚生労働大臣サイドも、介護職のハラスメントについては実態を調査し、対応していく姿勢を見せている(画像:筆者撮影)

介護事業者もハラスメントの実態を知り、衝撃

NCCUは厚生労働大臣への要望と並行し、介護サービス事業者ともにこの問題への対応についての検討を進めている。NCCUと労使関係のある、介護サービス事業者60社と組織する、「介護業界の労働環境の向上を進める労使の会」の幹事会では、すでにアンケート調査の結果を報告した。

実態を知った各事業者は衝撃を受け、「事業主としても早急に対処が必要だ」との発言があったという。そこで新たに、利用者やその家族からのハラスメント防止に関する集団協定締結に向けて調整。法人とNCCUによる利用者やその家族からのハラスメントに関する教育システムの構築が検討されている。内容としては、ハラスメントの知識と理解、コミュニケーション能力の向上、ハラスメントを受けた介護従事者のメンタルヘルスなどが検討されている。年内には詳細を詰めて、協定を締結したい考えだ。

以上、8月9日のNCCUの記者報告会の内容を紹介した。

NCCUがこの問題を介護従事者に調査し、実態を明らかにした功績は大きい。以前から問題視されながら、あらわになれば介護現場の求人難がさらに悪化すると恐れる人たちが多く、表面化してこなかった問題だからだ。

次回は、NCCU政策部門長である村上久美子氏のインタビューを中心に、この問題についてより深く考えてみたい。

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士としてクリニックの心理士、また、自治体の介護保険運営協議会委員も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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