内発的な災害復興がいかに可能なのか、このような問いをずっと研究している。このコラムでは、まさに「雑記帳」の名のままに、私が考えてきたことの徒然を書いてみたい。

「内発的」とは聞きなれない言葉かもしれない。内発的であることがどのようなことなのか、簡単に説明することは難しい。内発的であるということは、外発的ではないということのように思える。誰かに強いられたものではない、当事者が自分たちで行う復興であるのだと。確かにそうなのだが、内発的であることはもう少し複雑な事態だ。

自分自身の「自」という文字は2通りの読み方が出来る。「自ら」(みずから)と「自ずから」(おのずから)だ。「みずから」は、どちらかというと「自分自身の意思で」という意味が強いのに対して、「おのずから」は、「自然と」、まるで何らかのものに「引き寄せられるように」というニュアンスも含んでいる。このことから分かることは、自分自身による復興、内発的な復興というのは、決して外部から孤立した当事者だけの手によるものなのではない、何らかの外部との関係性の中で生じる事象であるということである。

では、そのような復興は具体的にどのように可能なのだろうか。内発的な復興を妨げるものがあるとしたら、そこにはどのような事情があるのか。そんなことをこのコラムでは、ときに遠回りしたり、道草しながら、書いていきたい。遠回りしたり、道草をするのにも理由がある。なぜなら、どうも内発的な復興プロセスというのは、直線的ではなくて、たくさん踊り場があったり、ひょんなことから思っても見ない世界へと飛んでいくような非連続なプロセスであるように思うからだ。

私がこのようなことを考えるにいたったのは、新潟県中越地震の被災地と10年余りおつきあいをしてきたからである。このコラムでも、私が中越で出会った人々のことやエピソードに出来るだけたくさん触れたい。中越地震というと、ひょっとしたらもうあまり記憶にない方も多いかもしれない。たしかに、阪神淡路大震災や東日本大震災と比べると(被害の大小など比較するものでもないのだが)、あまり目立たない災害ではある。けれど、中越の復興は、大きな問いを投げかけた。それは、社会がどんどん成長していくのではない時代に、どのような復興が可能なのか、どのような豊かさを礎に生きていくことが出来るのかという問いだった。

内発的であること、主体性があることを説明しようとして、私たちが壁にぶち当たってしまうのは、ただ単にそれが複雑な事象であるからだけではない。よくよく考えてみると、その問いが、私たち人間が豊かに生きるとはどのようなことなのかという根源的な問いに突き当たるからである。災害からの復興を考えることは、間違いなく、よりよい社会はいかに可能なのだろうかという社会構想論につながる。そんな壮大なことを頭の隅っこにおきながら、このコラムをはじめたい。フクマツ雑記帳のはじまりはじまりである。