2017年の生活保護(希望編) ポイントは「教育」と「そうだ、当事者に聞こう」(改題)

2017年の生活保護には希望の芽がたくさん。しかし楽観はできません。(写真:アフロ)

2017年の生活保護には、希望のムードが漂いました。

しかし予算面・制度面では、決して楽観できない動きが続きます。

本記事は「希望編」https://news.yahoo.co.jp/byline/miwayoshiko/20171231-00079958/「絶望編」の前編、希望編です。

年明けとともに、「小田原市ジャンパー問題」

年明け間もない2017年1月、小田原市の生活保護ケースワーカーたちが「保護なめんな」「不正受給はクズ」とプリントしたジャンパーを着用して業務に就いていたことが判明しました。プリントされた文字は小さく、ローマ字あるいは意味不明の英語だったので、幸い、実際に生活保護で暮らす人々に読まれることはなかったようです。

しかし、あまりにも威圧的な、かつ便所の落書きのような文言は、多くの反響を呼び起こしました。小田原市には「なんという人権侵害を」という抗議多数とともに、「よくやった」という賛辞多数も寄せられたようです。

小田原市は「支持する声もあるので、問題はないと考えます」といった対応で、現状を維持するのではないか。それが私の当時の予測でした。

ところがこの予測は、1月中には早くも、気持ちよく裏切られはじめました。小田原市は社会運動家・稲葉剛氏らの申し入れに応じ、生活保護の利用を拒むかのようなWebページの記載を、すぐに修正したのです。

生活保護での暮らしを経験した、初の有識者委員

翌月の2017年2月、小田原市は「生活保護のあり方検討会」を開催しました。特徴は、有識者委員として選ばれたのが「学識経験者」に限られず、生活保護で暮らす経験を専門性の一つとして評価された人が委員となったことでした。

検討会の座長は「学識経験者」の財政社会学者・井手英策氏が務め、委員として社会福祉学者・猪飼周平氏が参加しています。さらに生活保護ケースワーカー経験を持つ弁護士・森川清氏、同じく釧路市の法人理事・櫛部武敏氏、そして援助職の和久井みちる氏です。

和久井氏は、夫のDVによって心身の健康と職業を失い、やっとのことで逃げ出し生活保護を利用して療養。その後、再就職して生活保護から脱却し、現在に至ります。

特筆すべきことは、和久井氏が「生活保護を利用した」という経験そのものを専門性の一部として評価され、有識者委員の一人となっていることです。

生活保護で暮らす方が政府・行政の委員会等の委員になった事例そのものは、過去にもあるのですが、「生活保護で暮らしている障害者が、障害者福祉での専門性を評価されて」といった事例ばかりです。生活保護の経験そのものが評価された事例は、私の知るかぎり、皆無です。またご本人たちも、生活保護で暮らしていることは、ほとんど公言していません。

和久井氏が「生活保護」という経験そのものを評価されて委員となったと聞いた時、私は驚きました。そして、小田原市の反省と今後への思いが、口先だけではなく並々ならぬ覚悟を伴っていることを確信し、嬉しく感じました。

小田原市「生活保護のあり方検討会」は、3月には一連の議論を終え、4月に報告書を公開しました。報告書は、ジャンパー問題を「地域で生きるすべての人々のよりよい暮らしへの『反転攻勢』のチャンスに」と捉えるスタンスでまとめられており、市庁内の生活保護業務の位置付けから現場のケースワーカーの考え方や立ち居振る舞いまで数多くの示唆を含んでいます。かつ、文章がなかなか感動的です。ぜひご一読ください。

小田原市では継続したフォローアップも行っています。状況を知る方々によると、生活保護行政に確実な変化が見られているようです。

後記:

小田原市Webページ「生活保護制度について」では、「生活保護受給者」ではなく「生活保護利用者」という用語が使用されています。「生活保護制度のあり方検討会」以後に作成されたパンフレットは、平易で分かりやすく「上から目線」のない内容となっています。

「受給者」ではなく「利用者」という用語を使用することは、和久井氏はじめ多くの方々が提唱し続けてきました。生活保護は、杖や車椅子やメガネや入れ歯と同じように、必要なら「利用」するものです。このたび公的な文書に、生活保護「利用者」という文言が入ったのは、画期的な出来事です。

生活保護でも大学へ! 政権を動かしたケースワーカーたち

もう一つの大きな希望は、現在の生活保護制度のもとでは認められていない大学等(大学・短大・専門学校)への進学を高校進学と同様に認める動きが、不完全ながら始まったことです。

生活保護制度のもとでは、大学進学は認められていません。このため、高校生が自宅から大学に進学すると、同居していても「世帯分離」されます。生活保護は世帯単位なので、他の家族と同世帯でいられなくなるわけです。同居していても、制度的には「いるけれど、いない」「いないけれど、いる」という、座敷わらしのような位置づけに置かれてしまいます。

世帯分離されると、保護費のうち住居費(住宅扶助)は本人1人分だけ減り、本人の分の生活費(生活扶助)も給付されなくなります。生活保護でカバーされていた医療は、自分で国民健康保険に加入し、自費負担を支払わなくてはなりません。もちろん、この他に学費はじめ、大学等で学ぶにあたって必要な費用は多大です。生活保護世帯から大学等に進学した高校生は、そのすべてを、自分のアルバイトで賄うか奨学金の借り入れで凌ぐしかないのです。

(後記:他の家族の生活も苦しくなります。保護費の住居費が1人分減ったからといって家賃が減るわけではなく、制度的には「いない」ことになっている1人の分の食費や水道光熱費も実際には必要ですから)

大阪府・堺市のケースワーカーたちが行った調査は、生活保護世帯からの大学等への進学の苛酷すぎる状況を明らかにしました。この調査はメディアを動かし、厚労省は生活保護世帯からの大学進学を認める方向を検討しはじめました。

しかし現在のところ、実現しそうなのは「子どもが自宅から大学等に進学する場合、住居費は減らさない」「進学時に一時金を給付する」の2点だけになりそうです。「大学等に進学した子どもを生活保護から切り離さない」という取り扱いは実現しそうにありません。これでは、大学等に進学する生活保護世帯の子どもたちの困難は、「ものすごくものすごくものすごく(100回繰り返し)大変」が「ものすごくものすごくものすごく(99回繰り返し)大変」になる程度でしょう。一歩前進、希望への芽であることは間違いないのですが、あまりにもささやかすぎて、手放しで喜ぶわけにはいかない希望です。

1970年まで、生活保護世帯の子どもは高校進学が認められていませんでした。高校に進学する場合は、現在の大学進学と同様、世帯分離をする必要がありました。しかし1970年、高校進学率が80%を超えたため、生活保護での高校進学が認められるようになりました。

文科省のデータでは、既に大学等への進学率は80%を超えています。もと堺市の生活保護ケースワーカーとして調査にもかかわった桜井啓太さん(名古屋市立大学講師)は、「1970年と同じことをすればいいだけなんです」と力説しています。

以下、「絶望編」に続きます。