一年の締めくくりに考える、地球温暖化と日本の貧困の密接な関係

今日の格差は、今は関係ないあなたの足元を切り崩すかもしれません。(写真:アフロ)

地球温暖化はグローバルな問題で、日本の貧困は日本の問題? そんなことはありません。

時には、地球・地域・家庭・個人を見渡せる大きなスケールで、貧困問題を眺めてみましょう。

目の前の、あるいは近隣の地域の、子どもの通う学校の貧困問題を見ている時には思い浮かばない方向性が、浮かび上がるかもしれません。心と頭脳を「共感疲れ」「同情疲れ」から回復させるのにも、役立ちそうです。

なお、本記事はかなり”硬派”、かつ長文です。

”やわらか版”をご希望の方、先に時間をかけずにアウトラインをつかんでおきたい方は、ダイヤモンド・オンラインの拙記事をご参照ください。

「気候変動は生産性低下と経済損失をもたらしている」という事実

人間の活動には「適温」があります。暑すぎても寒すぎても、生産性は低下します。

気温が高くなったり低くなったりすると、生活や職業の基盤が失われることもあります。特に農業・漁業では、「作れたはずの作物が作れなくなる」「いた魚がいなくなる」という形で、はっきりと現れます。

傾向を知り、有効な対策を行うことができればよいのですが、それが可能とは限りません。

気候変動の結果、地球は温暖になりつつあるだけではなく、気候が不安定になりました。ここ数年で、米国西海岸の山火事・米国南部を襲うハリケーン・東南アジアを襲う大型台風・各地を襲う干ばつといった気象災害に驚く人は、あまりいなくなりました。

気象災害は深刻な影響を及ぼす上、正確な予測も対策もできません。

甚大な経済損失を被るのは、個人であり、家族であり、地域全体であり、場合によっては国の一部または全部です。個人と家族は貧困になり、地域も貧困な地域となります。

目先の問題として必要なのは、被災した個人・家族・地域の生存と回復を支え、災害がもたらした非日常から新しい日常への着地を支援することです。これは少なくとも都道府県、たいていは国家レベル以上の難事業です。また同時に、地球温暖化と気候変動という地球レベルの背景にも働きかける必要があります。こちらも国家レベル以上の難事業です。

気象災害の被災地研究からわかってきたこと

気象災害に襲われた被災地に対しては、多くの場合、復旧・復興のために他地域・国・他国から支援の手が差し伸べられます。被災地も周辺も、「これだけ大変な目に遭っているのだから、できれば、復旧を超えた復興を」と望むことが多いでしょう。

復旧には、少なくとも、被った経済損失と同額の費用が必要です。復興となると、さらに費用が必要です。費用だけが渡されれば済むわけではありません。復旧や復興にあたるのは、多くを失い、傷ついた人々です。個人として・家族として・共同体として回復しながら、災害前より劣悪になった生活環境の中で、復旧や復興に取り組むわけです。

この図は、気候変動が社会・経済に与える影響を研究しているソロモン・シアン氏(カリフォルニア大バークレー校教授)の2012年の論文から引用したものです(日本語は筆者による)。

災害被災後のパターン。現実の多くは、良くて「復旧」。
災害被災後のパターン。現実の多くは、良くて「復旧」。

災害襲来とともに、ほとんどダメージも受けなかったかのように創造的再構築を行えることが、最も望ましいなりゆきでしょう。しかし実際には甚大なダメージを受け、一人あたりGDPは低下します。それでも、以前より良い状況に到達することができれば「災い転じて福となる」といえるかもしれません。せめて、「以前と同じ状況に復旧できれば」と誰もが望むでしょう。

しかし実際に起こるのは「復旧もできない」という事態であることが、シアン氏をはじめとする数多くの研究で示されています。大災害では、復旧できれば、かなり幸運です。

被災者・被災地には、何が起こるのか

シアン氏は62000の台風とその影響を分析し、フィリピンについて、台風の翌年に見られる深刻なダメージを明らかにしました。

前掲の2012年の論文には、衝撃的なグラフが掲載されています(日本語は筆者)。

フィリピンでの台風の年(左)と翌年の経済損失(青)と死亡数(赤)。幼児死亡率が激増。台風の年の死亡数(左・赤)は全年齢。
フィリピンでの台風の年(左)と翌年の経済損失(青)と死亡数(赤)。幼児死亡率が激増。台風の年の死亡数(左・赤)は全年齢。

上下水道を含むライフラインが破壊されると、トイレが使えなくなります。もともとの生活レベルが高くない地域を襲う大きな災害では、トイレが使えないことが健康被害につながり、経済損失を大きくします。子どもの死亡率、特に女児の死亡率は高まり、死産も増加します。さらに、特に女児・少女・若い女性に対する教育機会が減少します。このことは女性の就労状況や収入も悪化させます。もちろん、女性や子どもよりもマイノリティであった人々は、さらに苦しい状況に置かれるでしょう。

むろん、女性と子どもだけが被災するわけではありません。男性も被災し、ダメージを受けています。アルコール依存を含む疾患が増え、暴力や犯罪が増加します。その被害者になりやすいのも、また女性と子どもです。

しかし、「女性だけ」「子どもだけ」を対象に特別な支援を行うアプローチは、しばしば失敗しやすいものでもあります。まだまだ方法は模索される必要がありそうです。

より傷つきやすい人々は回復が難しく、貧困と格差が拡大する

気候変動は、気象災害を増加させています。

そして災害から大きなダメージを受けやすいのは、もともと貧困状態にある人々や地域です。

回復も困難なので、災害の後、長期間にわたってダメージを受けたまま、以前よりも貧困な状態に置かれがちです。すると、その他の地域・その他の人々との格差が拡大します。

これが、気候変動が貧困と格差を拡大させるメカニズムです。

シアン氏らは2016年に発表した論文で、国家レベルでの経済損失も計算しています。「もしも米国が現状を放置した場合、向こう100年間で約800兆円が失われるであろう」としています(WCSJ2017 学生レポーター記事)。

現状と対策を「考える」ために、あえて「考えない」ものごと

「個人」には注目しない

本記事ではここまで、「頑張る被災者がいる一方で、支援に甘えて働かなくなった被災者も」「被災したからといってアルコールに走るのは自己責任」といったことを、ほとんど問題にしていません。それは、個人が社会と無関係にポツリと被災するわけではないからです。この分野の研究の中には、個人からの聞き取り調査を参照しているものもありますが、全体で何が起こっていて何が必要なのかを考える対象は、常に社会の一定のグループです。

不健康な社会の中で、個人を健康にすることは困難です。個人の努力で選択できるものごとは多数あるようで、実はそうでもありません。このことは、イチロー・カワチ氏(ハーバード大学教授、Wikipedia)らの研究が明らかにしています。

大きすぎる格差がある社会は、深刻な貧困がある社会です。社会の健康、そして社会の中の個人の健康のために、格差の縮小と貧困の解消が必須であることは、もはや常識に近いものになっています。

「その地域で被災した人々」の中には、自堕落な人も立派な人も、怠け者も努力家も、誰もが救いたいと思う人も、誰からも嫌われる人もいるでしょう。いろいろな人がいる社会に働きかけるためには、いろいろな人がいる状態で、その全体、全員に働きかける必要があります。そこで「頑張っている人」「甘えている人」を区別することには、あまり意味はありません。

ただし「男性」「女性」「子ども」「成人」「障害者」「この所得階層」といった、社会的な意味のあるグループごとに注目し、何がどう違うのかを調べることには、大いに意味があります。

別のどこかでコントロールされている(はずの)ものは考えない

ダイヤモンド・オンラインの拙記事は、本記事と同じ背景・同じテーマを扱っていますが、連載『生活保護のリアル』シリーズの一回です。このため、日本の生活保護制度をどうするかという観点から、

「生活保護基準の引き下げを止め、生活保護の人々の住環境と冷暖房機器を『最低限度』ではなく『日本のふつう』に」

と結論づけました。

生活保護の方々の住まいや冷暖房機器は、高性能とは言えないことが多いのです。いちいち「最低限度の」が求められるからです。結果として、

「冬はすきま風が吹き込む住まいの中で、性能が低くランニングコストも高くなる暖房機器を使わなくてはならず、暖房費がかさみ、さらに窮乏生活を強いられ、月々の暖房費のために買い替えもできない」

という状況が発生します。ご本人たちも馬鹿らしさは理解しているのですが、暖房を使わずに一冬を越せるような地域ではないため、背に腹は代えられません。このような、ご本人の身体にも財布にも優しくなく地球にも優しくない事態は、早急に解決しやすくされるべきでしょう。そうすれば、暑さ寒さによる熱中症の増加や健康低下も避けられ、生活保護の医療費節約にもつながるはずです。

いずれにしても、なぜ「生活保護だから」という理由で反エコ・反省エネというライフスタイルを事実上強制される必要があるのか、私には理解できません。

すると田端信太郎氏から、ツイッターで「製造工程でのCO2排出を考えていない」というご批判を頂戴しました。

「そこまでは書かなくていいのでは」と記載しなかった前提は、たくさんあります。製造・既存のものをリプレースする場合の廃棄にかかわる環境負荷は、記載しなかったものの一部です。都合が悪いから記載しなかったわけではなく、「生活保護のお宅での購入・買い替えによる影響は、ほぼ0とみなせる」と考えたからです。というのは、製造・廃棄にかかわる企業は、環境負荷に関する数多くのルールに従っているからです。

ルールの中には、国家レベルのものもありますが、ISOなどの国際標準、業界全体で定める目標なども多数あります。「ウチは環境負荷高いままだけど、価格は安い」「ウチ自身は環境負荷低めてるんだけど、ウチの使う部品の業者には環境負荷は高いまま価格安いままにしてもらってる」といったことを認めては意味がないので、「守らないと商売できない」レベルで業界全体のルールにしています(抜け道は時々は発覚しますが)。

このようなことから、生活保護のお宅で日本の『ふつう』の冷暖房機器が購入されることによる環境負荷はほぼ0、と考えられます。もちろん環境負荷は発生しますが、その帳尻は製造・廃棄に関わる企業自身が合わせているはずです。また、購入や買い替えによる負荷は一時的ですが、稼働による「省エネ」などの効果は長期に継続します。

いずれにしても、個人でなく社会に注目し、「その出来事で、その社会はどうなるのか」という観点で見る限り、日本の社会の中にある生活保護の方々の生活がより健康で文化的なものになり、環境負荷の面からもその社会が好ましい状態に近づくことに問題があるとは考えられません(もちろん、その社会の「生活保護の方がマシ」な方々も放置されるべきではないでしょう)。

結論:世界の中の日本の「私たちの」生活保護と貧困

気象変動が貧困と格差を拡大させていることは間違いありません。気象変動が「これなら、なんとか」という範囲に抑えこまれた時、貧困と格差の拡大も抑えられているでしょう。ただし、「貧困と格差を縮小させることが気象変動のコントロールに役立つ」とは言えません。そもそも気象変動は数多くの要因によって起こっており、貧困と格差だけでどうにかなるわけではありません。

それでも、貧困と格差の拡大が世界規模の問題であることは確かです。そこに気象変動が大きく関係していることも間違いありません。

もちろん日本は、それらの世界規模の問題から逃れられません。そして先進国の一員として、解決に責任を負っています。

私は「責任ある先進国の責任ある一員として、ご自分なりに知り、考え、出来ることをする方に増えて欲しい」と願いながら、著述活動を続けてきました。

来年はもっともっと、そのために活動したいと思っています。

考え方や感じ方が少しくらい違っても、同じ方向性を持つ読者の皆様、どうぞ来年もよろしくお願いします。