改めて、「精神障害」とは何なのか? ~ NHKハートネットTV『ある青年の死』から

あらゆる人に、最初から最後まで「生まれてきてよかった」と思える人生を。(写真:アフロ)

2012年1月1日、千葉県の精神科病院に入院中の青年・陽さんが、頚椎を骨折しました。陽さんは「保護室」と呼ばれる一人部屋に隔離されており、保護室のモニターカメラには、2名の看護師に暴行される陽さんの映像が残っていました。顔面を蹴られたことが、頚椎骨折につながったと見られています。

陽さんは別の病院に搬送されましたが、寝たきりとなり、2014年4月に36歳で亡くなりました。

2人の看護師は逮捕・起訴されましたが、千葉地裁は2017年3月、1人を罰金刑・1人を無罪とする判決を下しました。検察はこれを不服として控訴しています。

NHKハートネットTV『ある青年の死』

2017年12月12日、この事件とその周辺を追ったTVドキュメンタリー『ある青年の死』が、NHKハートネットTVでオンエアされました(番組ページ)。障害者福祉・障害者運動の立場から、この事件に関心を持ち続けてきた私にとっては必見の番組です。私はTVを持っていませんので、ネットカフェに行ってメモを取りながら視聴しました。

番組は、番組の語り手である大麻俊樹ディレクターが、精神科病院で広く行われる「拘束」を体験する場面から始まります。動きたくても動けません。

しかし番組は一貫して、誰か・何者かを「悪」として告発するのではなく、複雑な歴史的経緯とその背景を抜きにして語ることができない現在の精神医療と、そして社会の「精神障害者」観を解きほぐし、静かに語りかけます。

筆者注:

そもそも拘束を行うのは、動かれては困るからです。また、精神科病院だけで行われているわけでもありません。動かれたら困る理由は、「点滴の針や栄養チューブを抜いてしまうかもしれない」「意識が朦朧としている状態でベッドから落ちてしまうかもしれない」など、さまざまです。人権上、拘束は大いに問題なのですが、病院や施設の現在の人員と体制のもとでは、「拘束しかない」という場面が実際に存在する現実を認めないわけにはいきません。

千葉県の事件が起こったのは、精神科病院の保護室の中でした。保護室とは、いわゆる「自傷他害」を防ぐため、寝具からトイレまで配慮を凝らした個室で、通常は閉鎖病棟の中にあります。保護室での処遇もまた、人権上の問題となっています。社会から隔離されただけではなく、精神科病院の中の他の人々から隔離され、狭い部屋の中から出る自由もなくなってしまうからです。

下着を下ろされたまま口に流し込まれる食事

番組の冒頭近くで、保護室のモニターカメラに残っていた陽さんの姿が紹介されています。頚椎骨折に至る暴力を受ける前、日常の夕方のケアを受けているところです。看護師が入ってきて、オムツ交換のために下着を下ろします。ついでその状態のまま、食事の介助が行われます。横になったままの陽さんの口に、夕食の流動食が流し込まれます。この後、オムツが交換され、下着が元に戻されます。所要時間は10分足らずです。

大麻氏は番組の中で、この扱いに「愕然としました」と語っています。

筆者注:

直接知るベテラン精神科看護師・K氏は、「誤嚥のリスクが非常に高いです」と、本人の尊厳にとどまらない問題を指摘しています。

最初の一歩

陽さんが精神科に入院することになったきっかけは、大学時代に引きこもりがちになったことでした。番組には、陽さんの幼少のころからの親友も登場します。小・中・高・予備校時代を共に過ごしたMさんは、陽さんについて「スポーツマンで勉強もできて、男子・女子とも友人が多かった」と語ります。大学に入学して一人暮らしを始めた当初の陽さんは、サークル活動やアルバイトで、友人に囲まれて賑やかに過ごしていたようです。しかし突然のように引きこもり状態となりました。

心配したお父さんは、2001年、陽さんを精神科病院に連れて行きました。医師の診断は「うつ病」、SSRIと呼ばれるタイプの抗うつ剤が処方されました。ところが攻撃性が高まってしまい、見ず知らずの人に暴力を振るうようになってしまいました。

筆者注:

2001年当時の標準的なガイドラインでは、うつ病に対しては、SSRIが第一の選択肢となっていました。陽さんも、当時のごく一般的な処方をされたものと思われます。

「衝動性が高まる」という副作用の存在は1990年代から知られていました。詳細はヒーリー『抗うつ薬の功罪』(出版社ページ) などをご参照ください。

陽さんに処方された薬剤が日本で認可されたのは2000年、厚労省が注意喚起を行ったのは2009年です。

アリ地獄のように

単純なうつ状態とも、他の精神疾患ともつかない状態が続く中、診断も処方も変わっていきました。すると陽さんは、薬の深刻な副作用に苦しむことになりました。見た目も言動も変わり、孤立が深まりました。そのことに対する家族の配慮は、また、結果として孤立を深めてしまいました。それらの成り行きは、主にお父さんの言葉として語られています。可能な選択肢が限られている中で、迷いながら悩みながらベストを尽くしたお父さんは、結果として愛息を失うことになりました。お父さんは番組の中で、時に声をつまらせながら、言葉を選びながら、語り続けます。

前述の友人・Mさんは、その間も陽さんと交友を続けていた一人です。陽さんが違う人間になったわけではなく、「ああ、彼なんだなあ」と感じたと番組の中で語っています。

番組終盤では精神科医が登場し、「薬をやめてみる」という選択が行われなかったことに対する遺憾を表明しています。

筆者注:

たとえば「骨折してギブスをしている」「糖尿病で定期的に通院し、毎日インシュリン注射をしている」という状態の人々に対して、骨折や糖尿病が「その人」そのものになってしまったとは、通常考えられないでしょう。しかし精神障害・精神疾患では、病気が「その人」そのものになってしまったかのような受け止め方が、未だに一般的です。なぜでしょう?

そして事件へ

陽さんの最後の精神科入院は、2011年9月のことでした。番組で紹介された当時の状況では、もはや本来の精神疾患が何だったのか、処方されてきた薬剤の何にどういう功罪があったのか無関係に、混乱した状況にあったようです。そして、2012年1月1日の事件へと至りました。

筆者注:

前出の精神科看護師・Kさんは、この事件に関心を寄せ続けています。事件が起こった千葉県の精神科病院の診断と処方を精査したKさんは、「妥当だったのでは? 不要な薬剤を減らし、副作用を減らし、感情に働きかける内容でした」と語っています。

一人の不運で終わらせられない

番組では限られた時間の中で、日本の精神医療の歴史・向精神剤使用や認可に関する問題点・家族や地域を含めた社会の理解・精神医療の現場の人々の働きやすさなど、非常に数多くの側面から、問題点が静かに提示されています。

精神医療に対して

「こんなことがあって良いとは思わないけれど、事件や事故が起こる現場にも、スタッフの事情があるのだろう、でも、このままで良いとは思えない……」

とグルグル回りになりがちな方は、『ある青年の死』をご覧になれば、どこから・何から手を付けてゆけばよいかの糸口の1つ2つは見いだせるのではないかと思います。

私自身も、問題意識を持ちながら、グルグル回りになる1人です。『ある青年の死』には、大いに心を揺さぶられ、刺激され、忘れがちな大局観を再発見させていただきました。

素晴らしい番組を制作されたスタッフの皆様、そして大麻俊樹ディレクターに感謝します。

「自分もそうなるかも」という想像力を

陽さんのお姉さんからは、『ある青年の死』と制作者に関する意見と思いを聴かせていただくことができました。

「大麻さんは誠実で、タブーとされている精神医療問題に真摯に取り組んでくださっていると思います。短い放送時間ながら、『病院で暴行を受けて亡くなった』というだけではなく、バックグラウンドまで伝えて下さったことに感謝しています」

さらに番組から、障害者への排除の風潮や、そういう風潮への無関心は、特別な人が作ったり加担したりしているわけではないことを教えられた、とも。

「みんなもそういう風潮に加担しているんだよ、みんなもそういう社会を作り出しているんだよ、ということを教えてくれたんだと思います」

いま、自分自身が精神科病院と無縁に過ごせていても、近親者がお世話になるかもしれません。また精神疾患の原因は、高齢化・負傷・身体の病気など、かなり多様です。

「その時、このような精神医療を『よし』としていたら、自分も同じ境遇になるかもしれません。そう考えていただければ」

とお姉さんは語ります。

医療従事者として向き合わなくてはならない実態

前出のベテラン精神科看護師・K氏に番組に関する意見を求めたところ、

「あまりにも衝撃的な精神医療の現状が、正直に伝えられて、よかったと思います。精神医療に従事する人々の中にも、番組に衝撃を受けたという人、『自分のしている仕事を振り返らざるを得なかった』という人がいます」

ということでした。

精神医療に毎日従事する立場で、どのように衝撃だったのでしょうか?

「こんな非人間的な扱いは、看護ではありません。寝かせたまま流動食を食べさせるのは、誤嚥のリスクも高いです。しかも座れる患者さんなのに座らせず、マットも敷かずに床に転がした状態です。人間の尊厳が守れていません。まるで家畜への虐待のようです」

どうすれば、人間の尊厳が守られている状態になるのでしょうか?

「人間に対するケアをするのなら、安全・安楽が基本です。たとえば、食事を食べるために食べやすい環境を作るとか」

下着を取り替え、いくらか気持ちのよい状態になったところで、身体を起こして食事というわけに行かないのが現場の都合なのなら、深刻な人員不足というべきでしょう。番組では、その問題も指摘されています。

「しかし一番の問題は、排泄の介助途中で食事介助をしていることです。終わった後も、マットと枕を投げ捨てて、本人にかけたり敷いたりしていないんです。とんでもない話だと思いました」

K氏は、大麻ディレクターとも面識があります。ご本人に対しては?

「誠実で、『現状を変えたい』という意識をお持ちのようです。今回は、現場の状況を投げかけ、『これでいいのか』と提示されたところでしょう」

しかし、大麻ディレクターと『ある青年の死』に一定の評価をしつつも、K氏には「食い足りない」と感じる部分が残ります。

「少なくとも大麻さんは、現状を正直に伝えようとしてくれています。お父さんの苦悩や、やりきれない思いも、ちゃんと取り上げて伝えてくれていると思います。陽さんの人となり、苦しみ、『自分の人生が、なんでこんなふうになっちゃったんだ』という声も。でも、当事者の声、精神科病院に入院して、保護室への隔離や拘束を経験した当事者の声はありませんでした。医療者の立場、遺族の立場の話が中心でした。医療を受ける側の受け止め方や発信は、入っていません。そこは残念です」

難しいけれど、少しずつ

精神障害者を含め、社会的弱者の声を社会に伝えることは、今、非常に難しくなっている実感があります。

「期待される社会的弱者」像に沿っていない発信は、2016年夏の「貧困女子高生」報道バッシングを思い起こすまでもなく、本人に対するバッシングの引き金になりかねません。

「期待される社会的弱者」像を変えるための発信が、「期待される社会的弱者」像を世間が再確認する契機になってしまうのでは無意味ですが、発信しないわけにはいかない……という板挟みの中で、私も毎日、さまざまな模索を続けています。

日本のあちこちに「自分の期待する社会的弱者」イメージ、言い換えれば「こういう社会的弱者なら存在を許す」という思い、どこかに「自分は他人の人権をコントロールできる場合がある」という前提があるということは、それそのものが、日本の「人権」の問題です。

簡単に変わるものなら、既に変わっているでしょう。

難しいけれど、少しずつ働きかけて、いつか変わる将来に期待するしかありません。

絶望したら、そこで終わります。

私は『ある青年の死』に、絶望はやめようと語りかけられた気がしています。

『ある青年の死』は、本記事公開の翌日、2017年12月19日(火) 13時5分よりNHK・Eテレで再放送されます。

ご関心を持たれた方は、どうぞご視聴ください。