電動アシストつき大型幼児車問題を、「コミュニケーション」から再考する(改題・一部編集)

煩雑な役所文書は、平和な日常のために役立っているのかもしれません。(写真:アフロ)

一部の電動アシストつき大型幼児車を軽車両とし、車道を走ることとした経産省の発表は、経産省の説明と謝罪という成り行きをたどりました。

本記事では、この成り行きを「コミュニケーション」から再考してみたいと思います。

経産省はどのように説明し、謝罪したのか

まず、本日報道された経産省の記者会見内容は、下の通りです。

経済産業省は14日、記者会見を開き、保育園児などが乗る外国製の電動アシスト付きベビーカーを「軽車両」にあたるとした見解が、すべてのベビーカーを対象にしたような誤解を招いたとして謝罪した

(略)

外国製の6人乗り電動ベビーカーの輸入を検討していた業者から、道路交通法などが定める規格上、問題がないかとの照会を受けた経産省は、警察庁や国土交通省と協議。このベビーカーが規格に合わなかったため(略)「軽車両に該当(略)」との見解を公表した。

(略)

(筆者注:ネット上で)誤解が広がり、「ベビーカーが車道を通行するなど危険すぎる」などと批判が広がった。経産省の担当者は記者会見で事実関係を説明、「説明が不足しており、誤解を招いた」と述べた。

出典:YOMIURI ONLINE:「電動ベビーカーは車道」で誤解、経産省が謝罪 2017年09月14日 20時23分

お役所の答弁で用いられる「説明不足だった」「誤解を招いた」は、非常に多義的な用語法です。しかし、少なくともこの報道を読む限り、「説明不足ですみませんでした」が真意であったと考えて良いかと思われます。

是非はともかく、経産省には「あなたたちが行政文書の読み方を知らないから」「ちゃんと読めない読み手が悪い」で片付ける自由がありました(そんなことをしたら、再度の炎上を招いたでしょうけど)。

しかし経産省はタイミングを逃さずに、「私たちの説明が分かりにくくてすみませんでした」と、誰にでも分かる行政文書でなかったことへの率直な謝罪を行いました。このことに、心からの賞賛の拍手を贈ります。

そもそもの経産省プレスリリースは?

問題の発端となった経産省プレスリリースの該当部分は、以下のとおりです(太字は筆者)。

今般、事業者より、電動アシスト機能を付加した6人乗りのベビーカー(以下「電動アシスト付ベビーカー」という。)の道路交通法及び道路運送車両法上の取扱いについて確認を求める照会がありました。

(略)

照会のあった電動アシスト付ベビーカーは、道路交通法第2条第3項第1号の「小児用の車」に該当せず、同法第2条第1項第11号の「軽車両」に該当する。

また、当該電動アシスト付ベビーカーは、(略)用途や使用の方法、車両の寸法から道路運送車両法施行令第1条の「人力車」として、同法第2条第4項の「軽車両」に該当し、同法第2条第1項の「道路運送車両」に該当する。(略)道路交通法上、車道若しくは路側帯の通行が求められ、道路運送車両法上、「軽車両」の保安基準(警音器の設置等)に適合する必要があることが明確になった。

出典:電動アシスト付ベビーカーに関する道路交通法及び道路運送車両法の取扱いが明確になりました~産業競争力強化法の「グレーゾーン解消制度」の活用~

ネット上には、「乳幼児を乗せたお散歩カーに車道を走れというのか」「お散歩カーを使うからいけない、歩かせろ、車で連れていけ」と大きな反響が見られました。

私も当初、「えっ」と思い、脊髄反射しかけたのですが、プレスリリースを見てみて「その製品が軽車両扱いされた理由が問題だな」と思いました。そして、ネット上で10分ほど調べ物をして、「おそらく、電動車椅子の規定が準用されたんだな」という結論に至りました。

どのように「電動車椅子の規定の準用かな?」と考えたのか

経産省のプレスリリースには、とりあえず理由の一つが「車両の寸法」と明記してあります。そこで、現在販売されている大型ベビーカー(電動アシストつきを含む)のWebカタログをいくつか見てみて、典型的な製品のサイズを確認しました。

ついで、道路交通法の条文を確認しました。根拠法は道路交通法であると明記されているからです。そして、条件によって歩行者扱いされたり車両扱いされたりするものがあるかどうかをチェックしました。用語の定義を探すと、さっそく、下記の条文が見当たりました。そういう紛らわしいものは、おそらく最初に定義されているだろうと予想していたところ、当たったわけです。

(定義)

第二条  この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。

(略)

3  この法律の規定の適用については、次に掲げる者は、歩行者とする。

一  身体障害者用の車いす、歩行補助車等又は小児用の車を通行させている者

二  次条の大型自動二輪車若しくは普通自動二輪車、二輪の原動機付自転車又は二輪若しくは三輪の自転車(これらの車両で側車付きのもの及び他の車両を牽引しているものを除く。)を押して歩いている者

歩行者扱いされる大型ベビーカーは、「小児用の車」に該当するようです。件の軽車両扱いされた大型ベビーカーは、サイズが問題になったようです。ところが、「小児用の車」の満たすべき条件は明記されていません。さらに、「小児用の車」は「歩行補助車等」ともども定義されていません。このこと自体は問題だと思いますが、定義も規定もないのなら、歩行者扱いされる他の何かの規定が準用されているはずです(オブジェクト指向プログラミングをご存じの方には「どこかに”歩行者クラス”定義があるはず」と言いたいところです)。

「歩行者」扱いとなる条件が明記されていそうなものは、「身体障害者用の車いす」かつ「原動機を用いるもの」だけです。

十一の三  身体障害者用の車いす 身体の障害により歩行が困難な者の移動の用に供するための車いす(原動機を用いるものにあつては、内閣府令で定める基準に該当するものに限る。)をいう。

その内閣府令は、道路交通法施行規則に含まれていました。

サイズに関する規定は、下の通り。

(原動機を用いる身体障害者用の車いすの基準)

第一条の四  法第二条第一項第十一号の三 の内閣府令で定める基準は、次に掲げるとおりとする。

一  車体の大きさは、次に掲げる長さ、幅及び高さを超えないこと。

イ 長さ 百二十センチメートル

ロ 幅 七十センチメートル

ハ 高さ 百九センチメートル

(以下略)

現在、国内で販売されている大型ベビーカーは、だいたい、このギリギリを狙っているかのようなサイズです。そこで、「たぶん、電動車椅子の規定が準用されているのだな」と考えることができたわけです。他に、サイズの規定がされている「条件を満たせば歩行者扱い」の軽車両類はありませんから。

ここまでの準備をして、記事「電動アシストつき大型幼児車問題を、電動車椅子ユーザーとして考える」を書きました。その後、『弁護士ドットコム』の記事に、大型ベビーカーが歩行者扱いされる条件が示されているのを見て、「ああやっぱり、電動車椅子の規定がほぼ準用されているわけだ」と確認できました。

私は、大学で法学を学んだことはありません。それどころか、学部と修士は理系、しかも大学に文系学部がありませんでした。法律・行政についての基礎知識は、もともと文系の方々より不足していたと思います。2014年からは大学院博士後期課程(相当)で生活保護政策の研究をしていますが、修士まで文系だった周囲の院生たちに比べると、やはり基礎知識の不足や抜けは否めません。4年目の現在も、論文を読んでいて分からない用語が出て来ることはあり、学部レベルの教科書が手放せません。

しかし、「ベン図」と論理式を使いこなすことには一定の慣れがあります。7年前まではコンピュータプログラムをお金に換えて収入を得ることを続けていましたから、「ついこないだ」までの日々の仕事の一部でもありました。以上の推論は、そちらの慣れだけで行いました。

問題は、誰もが「通りすがる」「見かける」という形でかかわる大型ベビーカーについての文書が、誰もに誤りなく理解されるものではなかったことです。

経産省は「コミュニケーション」を軽視しなかった

件の大型ベビーカーに関する経産省の判断が妥当だったのかどうかは、私にはやや判断つきかねるところがあります。

電動車椅子の規定が準用されているのなら、同程度の安全上の妥当性はあるのでしょう(電動車椅子の規定には不十分な点もあるのですが、さほど悪いものではないと思います)。

しかし大型ベビーカーは、電動車椅子でも通常のベビーカーでもありません。別の用途に用いられる別の乗り物、しかも一定数の製品が常に世の中に出ており、乗るのは乳幼児であることを考えると、「それそのもの」の定義と規定がないのは、やはり問題だと思います。

いずれにしても、「ちゃんと伝わらない」という問題が妥当性と別のところで起こり、妥当性が疑われることになりました。コミュニケーションに問題があったわけです。このことを経産省が認めて迅速に謝罪したことは、賞賛に値すると思います。

世の中には、数多くの「コミュニケーション」があります。

最も身近な例は、家電製品のマニュアルです。現在の日本国内の家電製品には、誤った使い方をされて事故につながらないように、誰が読んでも誤解されないように、充分な配慮を払ったマニュアルが付属しています。そのマニュアルには、「読んでなくて間違った使い方をして事故になっても、メーカーの責任じゃないからね」という訴訟対策まで含まれています。

マニュアルを書く技術は、テクニカル・ライティングとして一技術分野をなしています。文書を書く技術者である「ドキュメント・エンジニア」も、一職域として確立しています。事故対策、万一のための訴訟対策、それ以前に仕様どおりの製品ができあがり、安全に快適に使ってもらうために、文書によるコミュニケーションの技術が重要視されてきたからです。

福島第一原発事故でクローズアップされた「リスクコミュニケーション」、科学と科学者が社会の中に常に位置づけられるための(それだけではないのですが)「サイエンスコミュニケーション」、さまざまな人々が関わり複雑な意思決定を行う医療での「医療コミュニケーション」(東大の大学院該当コース)など、さまざまな領域に特化した「コミュニケーション」が、必要だから生み出され、発達を続けています。

産業と技術に深く関わる経産省が、産業と技術のエンドユーザに対するコミュニケーションを軽視しない姿勢を明確に示した今回のできごとは、新しい時代の始まりを示すものとして、後世、何らかの「コミュニケーション」の教科書に掲載されるかもしれません。

改めて、賞賛の拍手を贈ります。