2015年3月9日の淡路5人殺人事件では、容疑者として逮捕された人物(以下、A氏とする)に精神科入院・通院歴があったこと、妄想の影響と見られる言動を繰り返していたことが報道されています。

一方で、A氏は向精神薬を服用していなかったこと、その背景に精神医療批判があったことも伝えられています。

A氏の受けていた精神医療に、問題はあったか?

A氏は、2005年に精神疾患により入院し、その後も入院・通院を継続していたようですが、2014年夏からは通院を行っていなかったようです。

県洲本健康福祉事務所によると、2005年、平野容疑者の関係者から相談を受け、淡路島内の病院を紹介して入院。同事務所は、退院後も本人の様子を家族に尋ねていた。

 10年12月には母親から「息子の調子が悪い」との相談が寄せられ、緊急処置として明石市内の病院に措置入院。この病院では13年10月までの間、1~2カ月の入院を計3回繰り返し、14年7月ごろまで通院などで治療していた。

 さらに、14年10月には、母親が洲本の事務所に「息子が心配。金の無心に来て怖い」と訴え、当時、平野容疑者が住んでいた明石市の事務所にも父親とともに相談した。

 明石の事務所の職員は明石市職員とともに本人と直接会って、体調や生活状況などを確認。入院の緊急性は感じなかったというが、金銭面で困っている様子だったという。面談結果は両親や洲本の事務所に報告された。また、洲本の事務所は洲本署に連絡し、「不測の事態に備えて」連携を確認したという。

出典:神戸新聞:容疑者両親「怖い」保健所に4回相談 洲本5人刺殺事件

入院・通院・公共との関わりに関する記述を整理してみると、

  • 2005年、初めての入院(相談したのは家族以外の関係者?)。期間は不明だが、年単位の長期にはわたらなかった可能性あり。退院後は洲本健康福祉事務所が家族に対してフォローアップ。
  • 2010年12月、母親の相談により措置入院(1~2ヶ月)
  • 2011年~2013年 入院2回(任意入院? 1~2ヶ月)
  • 2011年~2014年7月 通院
  • 2014年10月 母親の相談により、洲本健康福祉事務所が本人を訪問して面談(精神的には入院が必要なほど差し迫った困難はないと認識)。念のため洲本署との連携の確認も。

です。

当局からの発表であることを差し引く必要はあると思いますが、この報道を読む限り、精神医療サイド・洲本健康福祉事務所の対応は「現状ベスト」に見えます。

まず、入院を長期化させていません。入院を長期化させればさせるほど、その後の地域生活が困難になるわけです。最初の入院の期間は不明ですが、年単位の長期ではなかったのでしょう。

退院後は健康福祉事務所によるフォローアップもありました。だから、家族が相談できたわけです(後記:「家族に対してではなく、本人に対するフォローアップはどうだったのかなあ?」という点が、かなり気にはなります。健康福祉事務所と本人との間には、本人が「カネがない」「薬をやめたい」といった相談をできるほどの信頼関係はなかったようですから)。

また、2014年7月までは通院が続いていました。

事件につながる不穏化は、その後で起こったわけです。

通院の状況や通院頻度は、もちろん本人には確認していたのだろうと思います。念のために病院にも問い合わせて確認したかどうかは不明ですが。

いずれにしても、通院・入院を強制する権力は、これらの機関にはありません。A氏の過去の生活保護受給歴がネット世論で批判されていますけれども、生活保護ならば、ある意味「まだマシ」なんです。福祉事務所が受診を指導・指示することもできますから。

結果として悲惨な事件につながってしまったことに関し、あえて問題点の可能性を探すならば、2014年10月から事件が起こる2015年3月までの訪問・面談の頻度でしょうか。明らかにされてはいませんが。

もしも、週に1~2回の訪問・面談が続けられていれば、精神状態の時間的な変化が捉えられていたでしょう。どこかで「入院やむなし」という判断が下され、入院の説得がなされる可能性はあったと思います。本人が同意しなければ何らかの形で強制的に入院させた可能性も(それ自体の是非については、ここでは触れません)。

精神科通院歴30年近く、入院歴が1回ある私は、通院時・入院時に「近くで他の患者さんが暴れはじめた」という経験を数回持っています。でも、「いきなり」は一度もありませんでした。

A氏の場合も、凶行に及んだのは、おそらくは「いきなり」ではなかっただろうと思います。

A氏が通院・服薬を継続していなかったことに関して

一方で、2014年7月以後、A氏が通院と服薬を継続していなかった可能性とその背景について、バイラルニュースメディアを中心に(例:こちらなど)伝えられています。

A氏は、有名な医師の精神医療批判書籍を読んでおり、その影響によって断薬し、凶行に及んだのではないかという見方がされています。

A氏が読んだとされている内海聡氏の書籍「精神科は今日も、やりたい放題」以外にも、精神医療を批判する書籍は、佐藤光展氏「精神医療ダークサイド」など数多く存在します。個人的には、内海氏よりは佐藤氏の書籍の方をお勧めします。意見に全面的に賛同はしませんが。

精神医療について、何を伝えればいいのか?

精神医療を批判する書籍の内容は玉石混交、どちらかというと石の多い玉石混交です。しかし、いかに「石」でも、「内容は100%ウソ!」と言い切れないところが厄介です。

たとえば、内海聡氏の上記書籍の内容は、書籍ページによれば、

「精神科・心療内科では、無根拠・無責任な診断が行なわれている」

「すべての精神科医が薬に頼り、薬漬け医療が横行している」

「治さない(治せない)精神科医療により、治らず通い続ける患者が急増している」

という問題を告発したものであるということです。

「(すべての)精神科・心療内科」「すべての精神科医」「(すべての)精神科医療」

に対して該当するわけではありませんが、「無根拠・無責任な診断」「薬漬け医療」「治らず通い続ける(通い続けさせられる、入院させつづけられる)」は実際にありますし、重大な問題でもあります。

そのような問題を単に告発すればいいのでしょうか? そんなことはありません。精神医療が必要なのに、得る機会を逃す人が生まれてしまいます。

そのような問題について触れず、精神医療の良い側面・成功している側面を伝えればよいのでしょうか? 断じて「否!」です。

現在この瞬間も、どこかの精神科病院で、誰かが虐待を受けているかもしれません。

治るはずの病気を治されず、生活保護を利用しているので目先の生活は成り立ってはいるものの、ズルズルとデイナイトケアに通い続けるしかない日々で若い年月を浪費させられている人がいるかもしれません。

薬は必要であるとしても、不要な薬とともに処方され、あるいは不要なほどの大量を処方されているため、もともとの精神症状ではなく副作用によって多くを失っている人がいるかもしれません。

何をどう伝えれば、適切なバランスを実現できるのか。私自身、日々、悩んでいるところです。

結局、簡単な解決方法はなさそう

精神疾患を持つ人による重大犯罪は、非常に少ない頻度ではありますが、起こります。

一方で、「過労うつ」など誰もが罹患しうる精神疾患まで含めれば、「身近に精神疾患を持つ人がいない」という状況を望むことは非現実的です。

同じように妄想を抱えていても、重大犯罪につながる行動を起こす人もいれば、妄想と共存し、ときには妄想を利用して社会生活を「円満」以上に営みつづけられる人もいます。

「この人は危ないから閉じ込めておくべき」

「この人は危なくなる可能性が高いから、強制的に薬でおとなしくさせておくべき」

という線引きをして、そういう人に対する強制医療を行えば解決するのでは? と思う方もいるかもしれません。しかし、その線引きは、実際にはできません。

まず、目先の問題として必要なのは、

「精神疾患を持つ人もいるのが普通の社会」

を常識とすること、その新しい常識の中で、症状が激化したり、行動に問題が起こった時に誰が何をどうすればよいのかを考えていくことではないでしょうか。

世界的な精神医療の潮流を視野の隅っこで追いかけながら、日本の精神医療やその問題を考えていると、「結局、それしかないのでは?」という気がします。

最後に、参考書を一冊紹介しておきます。

コミュニティメンタルヘルス―新しい地域精神保健活動の理論と実際

現在、日本語版は絶版で、古書市場でも高価です。ご関心をお持ちの方は、図書館へどうぞ。