取材メモ:イタリア・トリエステの精神医療に関する講演(おまけ・私見)

下記の3エントリーで、2014年11月12日に開催されたイタリア・トリエステの精神医療に関する現地医療行政責任者の講演を紹介しました。

取材メモ:イタリア・トリエステの精神医療に関する講演(上)

取材メモ:イタリア・トリエステの精神医療に関する講演(中)

取材メモ:イタリア・トリエステの精神医療に関する講演(下)

最後に、トリエステの精神医療モデルに対する私見を延べておきます。

といっても、私はまだイタリアには一度も行ったことがなく、読んだり聞いたりした知識でしかないわけですが。

少なくとも「病院に収容するだけ」よりマシになったのだけは間違いないのだろう

イタリアは1970年代のバザーリア改革以前、大規模精神病院がいくつもあり、長期入院患者が多数おり、肉体的拘束・電気ショック・「作業療法」という名の労役(対価はあってもタバコ数本とか)など酷い処遇を受けていたわけです。

現状は、1970年代以前よりマシなのは間違いないと考えてよいのではないだろうかと思います。

地域と家族が、精神疾患を持つ人の地域生活に対するハードル

それほど詳しく知っているわけではないのですが、

「精神病院の中にいた人が、『私たち普通の真面目な人』の社会に出てくるなんて」

的反発は、当然のこととして多々あったようです。

また、家族・血縁の関係を非常に重視するイタリアでは、家族に再統合されない人の地域生活は非常に困難なことになるわけです。しかし、病院から出てきたら容易に家族に再統合されるような家族がいるのだったら、そもそも長期入院させられることにはなっていなかったでしょう。

「病院から出したはいいが、家族に再統合されないため地域への定着が難しい」

という問題も多々見られたようです。

で、結局は、市民各人のものの見方に働きかけて社会を変革するための長くタルい努力を積み重ねて行くしかないので、それをやった(地域全体の医療体制の再構築も含め)という感じになったようです。

時間をかければかけるほど、家族との再統合や社会への全面的参加は実は困難になっているのではないか?

グループホームなど「ま、それならいっか」と地域がお目こぼしするような居住施設に患者が住めるようになるのに3年かかり、さらに家族が「クリスマスに家にディナー食べに来るくらいなら、ま、いっか」と思うようになるのに5年かかり……とか何とかやっている間に、時間は過ぎていきます。10代だった人が30代になるなんて、すぐです。その間も、患者さんには社会に不完全にしか参加できていない状態は続いているわけで、教育・就労を含めてさまざまな機会を失いつづけるわけです。だんだん理解を示しつつあった親が死んでしまって、「もう、家族でなくなって長いからねえ」としか思ってないきょうだいばかりの代になったら、せっかく可能になりつつあった家族との再統合も難しくなってしまうかもしれません。

このあたりは元入院患者さん・地域生活をしている患者さんたちから直接の聞き取りをしてみたいところです。実際のところどうだったのか、どう思ったのか。

日本にいたら、精神医療+医療行政サイドの情報は入ってきますし講演が聞けたりもするわけですが、イタリアの患者さんの話を聞く機会はまずないわけですから。というわけで、さっそくイタリア語の勉強を始めています。

おそらくは「いったん収容してしまった」が、そもそもの間違い

なぜこんな、ややこしく面倒くさいことになってしまうのでしょうか。

特別なアウトプットを目指しているわけではなく、ただ、マイナスをゼロにしようとしているだけなのに。市民としての生活を送れるはずの人が、市民としての生活を送れるようにしようとしているだけなのに。

精神疾患を持つ人を隔離し、病院等に収容してしまっていた歴史が長いからなのだろうと思います。

適切な援助のもとで「ふつうに問題がちょっとくらいはあるけれど」という感じで市民生活を送れる可能性を考えず、「精神疾患なら隔離・収容」としてしまっていた歴史が長かったから、無理解や偏見がはびこってしまったのです。

収容できる施設があるから「精神疾患を持つ人が身近にいたら困るから収容してもらう」が可能になり、一緒に生きるための努力、一緒に生きる可能性を探る努力がなされなかったのです。

では、「精神疾患を持つ人は収容する」を可能にしてしまった社会、そういう体制を作り上げてしまった社会に、何が出来るでしょうか?

収容体制を作ったから、収容をなるべくしない体制を作らなくてはいけなくなったわけです。「収容あたりまえ」と思い込まされてしまった同じ社会の中に。

時間がかかるのも大変なのも当たり前。

最も多くを奪われ、大変な思いをするのは患者本人です。患者本人に責任あって偏見が形成されたわけでも、「収容当たり前」であったというわけでもないのに。

理不尽です。でも他にどういうやり方がありうるでしょうか? 

少なくとも「いったん収容してしまった」という間違いを犯してしまった社会の中で、イタリアが比較的マシなことをしてきたのは間違いないんじゃないかなあと思うんです。

今後どうなのか、「モデル」とまつりあげてしまわないで注視しつづける必要はあると思いますが。

さて日本はどうする? 自分はどうする?

日本では、精神疾患を持つ人に対し、1970年代のイタリアにもなかったような大収容が現在も続いているわけです。

だから、今後5年10年くらいの期間では「せめてなりたやトリエステ並み」でいいんじゃないかなあと思うんですよね。

「制度をこう動かしたら、どうなった」

「世間にこう働きかけたら、ああなった」

の「これはうまくいきませんでした」事例もたくさん蓄積されているわけですから、学びやすいモデルではあるんだろうと思うし。

長年かけて蓄積されてきた問題が一朝一夕に解決できないことだけは間違いありません。

その間もさまざまな機会を失い続け、ろくでもない目に遭い続けている方々がいるわけですが、せめて私は「機会は取り返せる」「ろくでもない目に遭っても、そこから脱出して幸せになれる」を辛うじて可能にしている生活保護制度を大切にし、後退を食い止める方向で力を尽くすことによって、その方々を後方支援しようと思っていたりとかするわけです。