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いまだ井上尚弥と対決を熱望。元3階級王者カシメロは今、何をしているか?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
3年前、テテ(左)を豪快にストップしたカシメロ(写真:ロイター/アフロ)

イノウエ、俺を忘れるな!

 軽量級の3階級制覇王者で前WBO世界バンタム級王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)がトップシーンから退場しておよそ半年経過した。一時はバンタム級3団体統一王者井上尚弥(大橋)の最大のライバルと位置づけられた男は昨年12月、アラブ首長国連邦ドバイで組まれた指名試合をキャンセルしたことに端を発した一連のスキャンダルでタイトルはく奪の憂き目に遭い、自滅するかたちでキャリアがとん挫してしまった。

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 それ以前にWBCバンタム級王者ノニト・ドネア(フィリピン)との統一戦も流していたカシメロは、6月、井上がドネアとの再戦で痛烈なTKO勝ちを飾るとフェイスブックを通じて挑発。次のようなメッセージを発信した。

 「イノウエよ、君は比類なきチャンピオンに近づいたかもしれないけど、この階級で最強の者を知らない。バンタム級最強を知っているか?それは“クアドロ・アラス”(4つのエース=カシメロのニックネーム)しかいない。私の言葉に注意を払ってくれ。近いうちに会おう」

 そう威勢よくブチまけたカシメロは本気でモンスターとの一騎打ちに望みをたくす。ただ、私生活の乱れも指摘されたカシメロがどんなコンディションなのかは推測の域を出ない。何より彼が現在どこで何をしているのかも定かでない。まず彼の所在を確認することから始めた。

イギリスにいた…

 最初にたずねたのはフィリピン・メディアにも寄稿する米国の著名記者。しかし明確な回答は得られなかった。そこでワラをもすがる思いで旧知のフィリピン業界に詳しい日本人関係者に連絡してみた。彼は日本でもおなじみのジェリー・ペニャロサ氏(元WBC世界スーパーフライ級王者)を通じて情報を提供してくれた。何と筆者が住んでいる町でカシメロはトレーニングを開始したらしい。俄然、色めき立つ筆者。トレーナーは同じくフィリピン人で徳山昌守とも対戦歴があるマニー・メルチョール氏(元IBFミニマム級王者)とわかり、ダウンタウンにあるジムで指導しているとのこと。早速ジムに電話して同氏の携帯番号を入手。メッセージを残すとほどなくして連絡があった。

 「カシメロはまだこちらに来ていない。まだUK(イギリス)に滞在している。トレーニング?たぶんやっていると思う」

 「ガクッ…」。期待していただけに落胆は大きかった。念のために同氏といっしょにトレーナーをしているスティーブン・ルナス氏にもコンタクトしてみたが、やはりこちらに来ていないという返事だった。それでも日本人関係者は「カシメロは12月に試合を行うかもしれません」と言っているし、両トレーナーの口ぶりから「近々こちらへ来るよ」というニュアンスが伝わった。とりあえずカシメロの足取りを追ってみることにした。

 その手引となったのは彼のフェイスブックだった。井上に挑発メッセージを送ってから数日後、彼はイギリスのリーズにある「ジョシュ・ウォーリントン・ボクシングジム」で練習する姿を公開していた。IBF世界フェザー級王者ジョシュ・ウォーリントン(英)が運営するパブリックジムで、チーフトレーナーはウォーリントンの父ショーン・オヘーガン氏。同氏とのミット、円形ミット打ち、長身の女性トレーナーと同じメニューをこなす姿がアップされている。そして男女数人の取り巻きを引き連れている。彼らは、はるばる英国へ同行したフィリピン人なのか、それとも英国在住の同胞たちなのか。いずれにせよカシメロは何かしらオーラを放っている感じがした。

フェザー級王者ウォーリントン(右)、父のショーン氏とジムで(写真:Facebook)
フェザー級王者ウォーリントン(右)、父のショーン氏とジムで(写真:Facebook)

英国を周遊してトレーニング

 彼は同ジムに定着してトレーニングしていると思われたが、7月に入って公開された映像では同じリーズにある「ゴールデン・チーム・タイ・ボクシングジム」で汗をかいている。やはりミット打ちが中心でコンビネーションブローに重きを置いた内容。前月の練習と比べると動きがかなりシャープになったが、ウエートはまだまだ絞り切れていない印象だ。練習の合間にトレーナーや周囲の人間に冗談を飛ばすなどリラックスしている半面、まだ本腰を入れて取り組んでいるとは言えず、ピアスを着けたままジムワークしていた。

 8月になると英国の生活をエンジョイする様子の映像をユーチューブで発信。ますます本気度にツッコミを入れたくなった。上記のメルチョール氏が「たぶん……」ともらしたのはそのあたりの背景があるのだろう。しかし9月に入るとサウナスーツを着込んでより密度の濃いメニューへとシフト。12月復帰説が真実味を帯びてきた。スパーリングを始めた様子もうかがえる。

井上弟、赤穂らに宣戦布告

 そして先日、「12月の相手は誰になる?」とカシメロは大胆なバナーを投稿。そこには尚弥の弟、井上拓真(大橋=IBFスーパーバンタム級5位、WBO7位)、赤穂亮(横浜光=WBOスーパーバンタム級12位、IBF14位)、ライース・アリーム(米=WBCスーパーバンタム級8位、IBF12位)3人の顔が掲示されている。

 「バンタム級最強は俺だ!」と豪語しながらも次戦の相手として希望するのは1階級上のスーパーバンタム級ランカー。しかも長いブランク後の復帰戦の相手にしては強豪揃いだ。カシメロの井上尚弥に対する発言は半分、差し引いて考えた方が賢明だろう。

 ともあれ、12月に復帰が実現するなら、同月10日にリーズで挙行されるウォーリントンの防衛戦(挑戦者は1位ルイス・アルベルト・ロペス=メキシコ)の前座カードに出場するのではないかと私は予想している。3年前に強打者ゾラニ・テテ(南アフリカ)を3回TKO勝ちで撃沈させWBO正規王者に就いたイギリスはカシメロにとり縁起のいい土地。スーパーバンタム級で復活したテテからも再戦のラブコールが送られている。

 カシメロ(32歳)は悪役を演じたままキャリアを終えるのか、それとも捲土重来のカムバックを成し遂げるのか?すべては次戦の結果と内容に左右されると思われる。パンデミックが影響して井上との対決が消滅して2年半。2人の間の溝は深まったが、彼にはやり残した重大な仕事があるはずだ。

トレーニングはペースアップしてきた(写真:Manilla Bulletin)
トレーニングはペースアップしてきた(写真:Manilla Bulletin)

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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