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井上尚弥がPFPランキング圏外? アンチメディアの存在は新たなる一級品の証明

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
井上vsドネア再戦(写真:skysports.com/boxing/news)

尚弥はすごい!

 米国のボクシング専門誌「ザ・リング」から最強ボクサーの称号、パウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキング1位にランクされた世界バンタム級3団体統一王者井上尚弥(大橋)。彼の師匠、大橋秀行氏(大橋ジム会長)は「まさか自分が生きている間に日本人がPFP1位に君臨するとは想像していなかった。正直に驚いている。尚弥はすごい。本当にすごいと思う」と興奮を抑えきれない。並みいる強豪たちをブッチ切った快感を日本人ファンも共有しているはずだ。

 ボクシング専門サイトの「ボクシングシーン・ドットコム」も6月15日付のPFPランキングで井上を1位に抜擢した。以下2位オレクサンドル・ウシク(ウクライナ=ヘビー級3団体統一王者)、3位エロール・スペンス(米=ウェルター級3団体統一王者)、4位テレンス・クロフォード(米=WBOウェルター級王者)、5位カネロ・アルバレス(メキシコ=スーパーミドル級4団体統一王者)、6位ドミトリー・ビボル(ロシア=WBAライトヘビー級スーパー王者)、7位ジャメール・チャーロ(米=スーパーウェルター級4団体統一王者)、8位タイソン・フューリー(英=WBCヘビー級王者)、9位シャクール・スティーブンソン(米=スーパーフェザー級2団体統一王者)、10位スティーブン・フルトン(米=スーパーバンタム級2団体統一王者)の順。

 同サイトは編集長のクリフ・ロルド氏が単独で作成。ザ・リングやESPNドットコムのように合議制ではない。だが同氏は「多国間ボクシング・ランキング委員会」(TBRB)というメンバー制組織の創立者で、ボクシングシーン・ドットコムのランキングはそれなりに信頼性が高い。TBRBの1位も以前から井上が占めている。

意外と低い著名記者の査定

 スポーツ専門メディアのESPNは井上がノニト・ドネアに2回TKO勝ちで圧勝した直後、メインライターのマイク・コッピンガー記者が「井上がPFPキングに君臨することは疑いの余地がない」と明記した。しかしそれ以前の同記者独自のランキング(5月11日ツイッターで公開)では井上は10人中6位。必ずしも高い評価を与えていたわけではなかった。結局、ESPNの最新版は1位クロフォード、2位井上、3位スペンス、4位カネロ、5位フューリー、6位ウシク、7位アルツール・ベテルビエフ(ロシア=ライトヘビー級3団体統一王者)、8位ビボル、9位ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ=元ライト級3団体統一王者)、10位スティーブンソンとなっている。

 またESPNドットコムで活躍後、フリーになり、複数のメディアに寄稿する米国を代表するボクシング記者ダン・ラファエル氏のPFPランキングで井上は7位に甘んじる。ドネアとの再戦以後も更新されていない。上位は1位スペンス、2位クロフォード、3位カネロ。続いてフューリー、ウシク、ビボルの順。「人気のあるクラスの方が上」という選定のポリシーが見えてくる。

 これで驚くのはまだ早い。ボクシング専門サイト「ボクシングニュース24ドットコム」では井上は10傑に入っていない。

 発信したのはクリス・ウィリアムス記者。同サイトに投稿するライターは多い。しかしベテラン記者で歴史家のケン・ヒスナー氏を除くメンバーの履歴は定かではない。その中でウィリアムス氏は比較的名を知られた存在。米国東部を拠点にアメリカンフットボールやバスケットボールの記事も執筆し、自身のポッドキャスト番組も持っている。ボクシング専門でないのがマイナス要素だが、投稿数の多い記者の一人である。

井上を除外した理由とは

 ウィリアムス氏は7月23日付の記事で「ESPNのPFPランキングはミッキーマウス(茶番)だ」と一刀両断。最近、4団体統一王者(比類なきチャンピオン)に君臨したデビン・ヘイニー(米=ライト級)、ジャメール・チャーロ(米=スーパーウェルター級)の2人がESPNのランキングに入っていないのはおかしいと指摘する。

アウェーの豪州でライト級4団体統一王者に就いたヘイニー(写真:Mikey Williams/Top Rank)
アウェーの豪州でライト級4団体統一王者に就いたヘイニー(写真:Mikey Williams/Top Rank)

 確かに一理ある。だが、いきなり井上を圏外に置くのは“暴挙”ではないか。同氏のランキングは以下になっている。

1位 ヘイニー

2位 チャーロ

3位 スペンス

4位 スティーブンソン

5位 ウシク

6位 ビボル

7位 ベテルビエフ

8位 デメトゥリアス・アンドラーデ(米=WBOミドル級王者)

9位 ローマン・ゴンサレス(ニカラグア=前WBAスーパーフライ級スーパー王者)

10位 クロフォード

 同氏は井上を認めない理由として「40歳を間近に控えたノニト・ドネアに勝ったといっても大きな評価にはならない。もしドネアが二十代だったら、ESPNの2位抜擢は認める。でも井上は2018年に(実際は19年11月)ドネアと戦って決着をつけているし、それをリピートしただけだ」と取り付く島もない。そして復帰が有力視されるものの、現役引退を宣言したフューリーと自国の戦争でリングから遠ざかるロマチェンコを除外。また対戦相手のクオリティを考慮してクロフォードを下位に据えたと記す。

1位井上、10位井上

 さすがに読者から反発が起きている。Xマンと名乗る読者は「1位井上、2位ウシク、3位スペンス……」が正当だと主張。これに対してダニエル・Sというファンは「1位フューリー、2位ウシク、3位クロフォード……8位ビボル、9位チャーロ、10位井上」と書き込み、24Kという読者は「1位井上、2位クロフォード、3位ウシク……」とアピール。これを見る限りファンの間では意見がまちまちだ。

 ちなみにこのボクシングニュース24ドットコムというサイトの特徴、売り物は対象となる選手を徹底的にこき下ろすこと。それがカネロだったり、クロフォードだったり、スティーブンソンだったりする。換言すれば、このサイトで取り上げられる選手は一流を証明していると受け取られる。それにしても、これだけ堂々とモンスター井上を“排除”したランキング、記事は見当たらない。

 反対に、いきなりヘイニーをトップにチャーロを2位へ抜擢した決断は突飛すぎる。もし彼らを入れるとしても現段階では下位が妥当だろう。また井上の実力評価がドネアとの対比のみで、具体性に欠ける。ただ「本当に今、井上はナンバーワンなのか?」と再考する機会を提供したことは認めていいのではないだろうか。

5月カリフォルニアでスーパーウェルター級の全ベルトをまとめたジャメール・チャーロ(写真:Stephanie Trapp/SHOWTIME)
5月カリフォルニアでスーパーウェルター級の全ベルトをまとめたジャメール・チャーロ(写真:Stephanie Trapp/SHOWTIME)

現状はトップ下?

 そこで知り合いのメキシコの記者にもPFPランキングに関して聞いてみた。フェイスブックで映像メディア「ラ・エスキーナ・デル・ボクセオ」を発信するエドムンド・エルナンデス氏の順位は以下になっている。1位ウシク、2位フューリー、3位クロフォード、4位スペンス、5位井上、6位カネロ、7位ジェルボンテ・デイビス(米=WBAライト級レギュラー王者)、8位スティーブンソン、9位ビボル、10位チャーロ。

 彼の番組のパートナー、アドリアン・サラビア氏は1位フューリー、2位ウシク、3位カネロ、4位クロフォード、5位スペンス、6位井上、7位ビボル、8位チャーロ、9位スティーブンソン、10位ロマチェンコ。

 ヘビー級王者の評価が高く、絢爛のクラス、ウェルター級で4団体統一戦が待望されるクロフォードとスペンスが井上より上位を占める。

 ここまで触れてきたように井上の順位は振り子やエレベーターのように上下する。確かに歴史があるリング誌で絶賛され、絶えずボクシングの動向を追い続ける専門メディアでナンバーワンの称号を手にした実績は素晴らしい。しかし周知のように井上の1位昇格はカネロ・アルバレスのビボル戦の敗北が影響している。

 現状に水を差すようで井上ファンは不満だろうが、彼の現在地は“トップ下”ぐらいが相応しいと私は考えている。今回のテーマで集中砲火を受けることを覚悟の上で、バンタム級4団体統一王者に就いた暁には堂々とトップに推したいと思う。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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