3度倒して2ラウンドTKOで圧勝

 下馬評通りの結果が待っていたが、これほど早い結末は予想していなかった。18日(日本時間19日)ニューヨーク、マジソンスクエアガーデンのフールー・シアターで行われたライトヘビー級3団体統一タイトルマッチはIBF・WBC世界ライトヘビー級統一王者アルツール・ベテルビエフ(ロシア=カナダ)が同級WBO王者ジョー・スミス・ジュニア(米)に2回2分19秒TKO勝ち。戦績を18勝18KO無敗としたベテルビエフ(37歳)は4団体統一王者の称号「比類なきチャンピオン」へリーチをかけた。

 試合前のオッズは7-1から9-1でベテルビエフ有利。世界的、歴史的に権威がある米国のボクシング専門誌「ザ・リング」が選手、記者、マネジャー、トレーナーなど識者20人に予想を聞いたところ、19人がベテルビエフを支持。そのうち18人がストップ勝ちと回答した。しかしいずれも中盤から終盤のフィナーレを予想。地元で戦うスミス(32歳)は以前、序盤でアゴを骨折しながらフルラウンド戦い抜いたように(2017年7月のサリバン・バレラ戦)タフネスに定評があり、パワーも魅力。パーフェクトレコードを誇るベテルビエフにしても、かなり粘られると推測されていた。

 ところがスミスが対抗できたのは1ラウンドの途中までだった。リーチで約8センチ、身長もベテルビエフをわずかに勝るスミスはプレスをかけてロシア人にサイドステップを踏ませる。そして左ジャブ、右ストレートを繰り出す。そのまま終了ゴングが鳴れば、10-9でWBO王者のラウンドだっただろう。しかし終了間際、ベテルビエフの右強打が急襲。テンプルのあたりに食らったスミスがヒザを着き、カウントが入る。

 「ジョーはガードが少しオープンだったね。それで(早いラウンドで)捕まえられた」と試合後に語ったベテルビエフ。2ラウンドが始まると一気に勝負をつけてしまう。またもウエートが乗った左右フックで倒すと、ロープへ追い込んで同じパターンで3度目のダウンを奪う。仕上げは左右アッパーカット。食らったスミスはヒザが震え体が傾く。たまらずレフェリーが割って入った。

 圧勝。2団体統一王者から3本のベルトの保持者に。同じ2ラウンドTKO勝ち。11日前、さいたまスーパー・アリーナでノニト・ドネア(フィリピン)を倒しWBAスーパー・IBF・WBC世界バンタム級統一王者に君臨した井上尚弥(大橋)に続き快挙を達成したベテルビエフ。「彼もパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングに名を連ねておかしくない」という意見がファンやメディアの間で出始めている。彼の半生を振り返ってみよう。

チェチェン紛争の最中で成長

 ベテルビエフは1985年1月21日、ロシア(当時はソビエト連邦)ダゲスタン共和国ハサヴュルト出身。以前、紛争で問題となったチェチェン共和国に隣接する。彼と彼の家族にチェチェン紛争の戦火が直接降りかかったことはなかったが、「少年時代はいい思い出がない」と回想するように、近隣でバイオレンスとアナーキーな世界が渦巻いていた。「自宅に難民が30人も押しかけ、まるでホテルのようだった」とも明かしている。

 いかにも利かん気な風貌。学校とストリートではケンカが絶えず、見かねた兄たちがジムへ連れて行き、ボクシングとレスリングを学ぶことを強制。ベテルビエフは前者を選択してアマチュアキャリアをスタートさせる。10、11歳の頃だった。17歳でモスクワへ移り、8年にわたり体育学を学習。アマチュアでは2009年の世界選手権優勝。北京とロンドン五輪ロシア代表に選ばれた。クラスはいずれもライトヘビー級。一時、同級3団体統一王者に君臨し、サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)と戦ったセルゲイ・コバレフ(ロシア)に自国の大会で2度勝ったことが特筆される。アマチュア戦績は295勝5敗。

イスラム教徒

 プロ転向が28歳と遅かったのは「自分と家族がオリンピックに出場したい願望が強かったから」と明かす。プロ入りに際してロシアからカナダ・モントリオールへ移住。カナダの五輪チームを指導し、ベテルビエフを含めてこれまで5人プロの世界王者を育てた名将マーク・ラムセイ・トレーナーとタッグを結成。すでにカナダ国籍を取得している。

 6戦目で元IBF世界ライトヘビー級王者タボリス・・クラウド(米)に2回KO勝ちしたのが最初の出世試合。8戦目で同級元WBA王者ガブリエル・カンピーヨ(スペイン)に4回TKO勝ち。2017年11月、決定戦で12回KO勝ちし、IBF世界ライトヘビー級王者に就く。2度防衛後、19年10月、WBC王者オレクサンドル・ゴズディク(ウクライナ)を10回TKO勝ちで下し2冠を統一。昨年12月モントリオールで行った強敵マーカス・ブラウン(米)との防衛戦では額を深くカットしストップされる寸前だったが、自慢の強打を振るって盛り返し9回KO勝ち。そして今回のスミス戦。現役の世界チャンピオン中、唯一の全勝全KO勝ちをマークしている。

 とはいえプロ入りから9年で18戦とは少ない気がする。これはカナダで最初に契約したイボン・ミシェル・プロモーターとの契約問題がこじれたことが原因。そのため自由にリングに上がることができず、17年から18年には1度しか試合を行っていない。その後コロナパンデミックでメン・ファンロン(中国)との指名試合が流れたことで、またもキャリアが停滞した。またベテルビエフは信仰が厚いイスラム教徒で、断食月など制約があることが試合数が少ない理由だと思われる。

名将ラムセイ・コーチ(左)とベテルビエフ(写真:NYFIGHTS)
名将ラムセイ・コーチ(左)とベテルビエフ(写真:NYFIGHTS)

次はカネロキラー、ビボルと対決か

 前プロモーターとの確執は昨年、円満解決。米国の大手プロモーション、トップランクの下でキャリアを進める。スミス戦の勝利はインパクト十分で、もう一人のベルト保持者WBA世界ライトヘビー級スーパー王者ドミトリー・ビボル(ロシア)との対決がクローズアップされる。典型的なスラッガー(ベテルビエフ)対カネロに勝ったアウトボクサー(ビボル)の一騎打ち。2人の対照的なスタイルの違いが観戦意欲を大いに刺激する。対戦は、両者の次戦で実現濃厚という情報も聞かれる。

 ヤンチャな少年時代と異なり、今のベテルビエフはモントリオールで妻と4人の子供の良き父として温かい家庭を築いている。「すべてはボクシングのおかげ。アマチュア時代のトレーニングで規律を学び、プロでは長所を伸ばした」(ベテルビエフ)。「37歳にしてまだ向上し続けている」(ラムセイ・トレーナー)というところが何ともすごい。

 ビボルとの4団体統一戦が実現し、勝てばPFPランキング入りは確実で、上位進出も見込まれる。その時、井上はどこにいるのか?このまま勝ち続けてKOレコードを伸ばせば、井上とのPFPトップ争いが繰り広げられるかもしれない。ロシアの“怪物”から目が離せない。