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42歳マニー・パッキアオが超難敵にサプライズを起こす? その根拠とは

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
サーマン対パッキアオ(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

8月21日ラスベガス

「私は他の男たちのように金のために戦うのではない。金のためだけなら楽に勝てる相手を選ぶ。これはリアルなファイトだ。情熱が騒ぐ。私は無敗の相手に勝つことに生きがいを感じている」

 現役レジェンド、6階級制覇王者マニー・パッキアオ(フィリピン)が2年ぶりにリングに立つ。8月21日ラスベガスのT-モバイル・アリーナでWBC・IBF世界ウェルター級王者エロール・スペンスJr(米)との12回戦。2019年7月のキース・サーマン(米)を下してWBAウェルター級スーパー王者に就いたパッキアオはパンデミックの影響もあって昨年リングに上がれず、今年1月末WBAは休養王者へシフト。スペンス戦の最終調整のため米国入りしたパッキアオはスーパー王者再昇格を要求したがWBAは拒否。立場は挑戦者のパッキアオだが、試合のバナーは「パッキアオvsスペンス」と主役を印象づける。

もっとも危険な相手を選択

 冒頭の言葉はパッキアオがポッドキャスト番組で語ったもの。情報通によるとパッキアオにはパンデミックの間、4階級制覇王者マイキー・ガルシア(米)との2試合が内定していたらしい。そしてWBOウェルター級王者テレンス・クロフォード(米)と中東で対戦する運びだったが、資金難で消滅。もっとも危険度が高いスペンスを選択した。

 全階級で一番強豪が集中するウェルター級で、クロフォードとともに最強を争うスペンスはこれまで27勝21KO無敗。31歳と今、脂が乗っており、パウンド・フォー・パウンド・ランキングでも順位が上昇中。ロンドン五輪代表からプロ入りしたスペンスをひと言で表現すれば万能型のサウスポー。一昨年10月、地元テキサス州ダラスで深夜、運転中に車が一回転する追突事故を起こし安否が心配された。奇跡的に軽症で済んだが精神的なダメージは少なくなかった。しかし昨年12月の復帰戦で元王者ダニー・ガルシア(米)を地元に迎えパワーで押し切る3-0判定勝ち。1階級上のスーパーウェルター級でも十分通用するフィジカルも武器である。

 そんな強敵を向こうに回して相当不利な予想がパッキアオに立っても不思議ではない。だがオッズメーカーの数字をチェックすると、およそ2-1でスペンス有利と意外に接近している。エキスパートの中にはパッキアオに分があると予想する者もいる。その根拠は?

力は全盛期と変わらない?

 パッキアオ支持派たちは「彼は普通の42歳ではない」と提唱している。それは彼が40歳の時に、当時スペンスと実力が遜色ないと思われたサーマンを破っていることに起因する。とりわけスピード、瞬発力、ラッシングパワーは全盛期を彷彿させたと称賛される。サーマン戦の時も今回と同じようにややパッキアオ不利の下馬評が立っていたものの、見事に覆した。逆境に強いのもパッキアオの長所だと彼らは指摘する。

 具体的なスペンス攻略のヒントとして次の場面が想定される。ガルシア戦でも見られたようにスペンスはボディーアタックで相手の戦力を削る傾向がある。だがパッキアオ相手には得策ではないと見られる。これまでも相手が前がかりになったところに迎撃を仕掛けてパッキアオは何度もダウンを奪ってきた。

 ただ頑強なスペンスに通用するかは定かではないのだが……。

クロフォードと戦うのは私だ!

 締結間近だったクロフォード(37勝28KO無敗)と対戦してもパッキアオはアンダードッグに甘んじるだろう。むしろ両者のスタイルからスペンスよりもオッズは差が広がるかもしれない。ただしクロフォード戦はスペンス戦よりKO決着の確率が少ないとみる。だからスペンスの方がより危険な相手という見方ができる。

 ちなみにスペンスvsクロフォードはファンとメディアから締結が待望されながら、ひとまず話題の中心から逸れてしまった。それでもパッキアオvsスペンスが終われば再燃することは間違いないだろう。そしてパッキアオは「クロフォードと戦うのはスペンスではなく私だ。彼もまだ無敗だ」と豪語。引退説も流れるなか、超難敵スペンスのみならず、次なるターゲットの名前さえ出す。

 おそらくパッキアオがスペンス戦を選択した最大の理由はファイトマネーが魅力的だったせいだろう。最初に紹介した発言と矛盾するが、「お国のため」という大義名分がそうさせたに違いない。フィリピンの上院議員のパッキアオは来年予定されるフィリピンの大統領選挙に出馬を検討しているという。スペンス戦の報酬を選挙資金に充てるという噂も聞かれる。さすがビッグネーム、カリスマならではの話ではないか。

先日行われたパッキアオvsスペンスの発表会見(写真:Ryan Hafey/FOX Sports)
先日行われたパッキアオvsスペンスの発表会見(写真:Ryan Hafey/FOX Sports)

現在進行形のキャリア

 上院議員当選当時は親密だったロドリゴ・デュテルテ大統領との関係だが、このままでは対立候補になる。渡米してロサンゼルスのワイルドカードジムで調整に励むパッキアオに大統領から「議員の仕事を放り出している」と水を差されている。早くも選挙の前哨戦が始まっている雰囲気だ。

 一方、先週土曜日、テキサス州サンアントニオで行われたジャメール・チャーロ(米)vsブライアン・カスターニョ(アルゼンチン)のスーパーウェルター級4団体統一戦を観戦したスペンスはパッキアオの豪気にカウンターを放ち、試合を売り込む。「間違いなくパッキアオはこの試合の後、引退するだろう。それを見届けるために(PPV=ペイ・パー・ビュー)を購入してほしい」

 スペンスの言葉のようにパッキアオが惨敗を喫する可能性も少ないと思う。だが地元のフィリピン人ファンをはじめパッキアオの勇姿が見られるだけで感激する者はどこにでもいる。コロナという厄難が覆う世界に明るい光を射すのがパッキアオという存在ではないだろうか。すでに郷愁の対象だと思われた男が現在進行形であることに驚かされる。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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