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打倒・井上尚弥の本命はロマゴンの後継者?ボクシング王国の切り札?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ダスマリナスを追い込む井上(写真:AP/アフロ)

もう未知の強豪はいない

 予想通り圧倒的なパフォーマンスで挑戦者マイケル・ダスマリナス(フィリピン)を3回TKOで一蹴したWBAスーパー・IBF統一バンタム級王者井上尚弥(大橋)。次の舞台は8月14日に予定されるWBC王者ノニト・ドネアvsWBO王者ジョンリール・カシメロ(ともにフィリピン)の勝者との4冠統一戦へ進む可能性が高くなっている。

 世界中を見渡しても今、日本のモンスターに敵う相手はいないのではないか。ドネアとの再戦になってもカシメロとの一騎打ちになっても井上有利の予想が立つはずだ。主要4団体のランキングをチェックすると井上の強さが際立ち過ぎて、バンタム級はランカー陣が貧弱に見える印象さえしてくる。ひと昔いや、ふた昔前には「未知の強豪」という言葉がファンの夢を刺激したが、インターネット時代の到来とともに忘れ去られてしまった。同時に、いきなりとんでもなく強い選手が出現する頻度は減っている。

 それでも「井上とやったらおもしろい。勢いにブレーキをかける」強敵がどこかにいるのではないかというワクワク感が頭をもたげて来る。そこで独断で4人をピックアップしてみた。気軽に読んでいただければ幸いだ。

ボディーパンチャー、マグレガー

 私がイチオシなのは英国スコットランド出身のリー・マグレガー(24歳)。これまでプロで10勝8KO無敗。IBFバンタム級3位を占める。アマチュアで43戦を経験後2017年11月、地元エジンバラでプロデビュー。同年5月、最愛の母を食道がんで失う悲しみを乗り越えての決断だった。その後5戦目で英連邦バンタム級王座を獲得。8戦目で英国のライバル、カシ・ファルークに判定勝ちで英国同級王者に就く。そして今年3月19日、欧州同級王者カリム・ゲルフィ(フランス)に挑戦。初回2分43秒TKO勝ちで3本目のベルトを巻いた。

 電撃勝利を飾ったゲルフィ戦は左フックのボディー打ちで2度倒し、最後は同じパンチを顔面に浴びせてフィニッシュした。まるで井上がダスマリナスを蹂躙したシーンのようだった。ちなみにゲルフィは18年4月シンガポールでダスマリナスと対戦し、4ラウンド痛烈なKO負けを喫した選手。「なんだ、大した選手じゃないではないか」と指摘されるかもしれない。だが身長172センチから繰り出す強打は破壊力抜群。以前、場所は英国ながら井上の共同プロモーター、トップランク社が主催したイベントに出場した経験もあり、米国リング登場が待たれる。

 すでにマグレガー自身も「トップに君臨するイノウエにラスベガスで挑戦したい」と語り、ランキング上昇と同時にモチベーションを高めている。もっとも彼の陣営は「挑戦までに1年から1年半、準備が必要だ」と慎重に現実を直視する。昨年からスーパーライト級4冠統一王者ジョシュ・テイラー(英)のトレーナーで以前WBCヘビー級王者タイソン・フューリー(英)をコーチしたベン・ダビソン氏とコンビを組んでいるのも特筆される。同氏いわく「マグレガーのパンチはレンガのように硬い」。次回は米国開催のビッグマッチのアンダーカードに出場予定。まずはそのパフォーマンスに注目したい。

井上を指名した怖いもの知らず

 サウル“カネロ”アルバレス、いやサウル“ザ・ビースト”サンチェス(米)という23歳のメキシコ系がロサンゼルス近郊から台頭している。偶然にもマグレガーと同じ3月19日、米フロリダ州でフランク・ゴンサレス(米)に初回1分47秒TKO勝ち。WBA傘下の地域王座フェデセントロ・バンタム級王者に就き、最新ランキングでWBA10位にランクされた。戦績は16勝9KO1敗。

 この時、所属のプロモーション(トンプソン・ボクシング)を通じて「ナオヤ・イノウエ、ギジェルモ・リゴンドウ、レイマート・ガバリョ誰でもオーケー。世界王座に挑戦する用意はできている」と息巻き話題となった。おそらく今の実力ではガバリョ(WBCバンタム級暫定王者=フィリピン)挑戦が身分相応だろうが、右強打が武器で全く物怖じしない性格が頼もしい。

ロマゴンの後継者

 一方、以前からマークしていたのがマイアミを拠点にリングに上がるメルビン・ロペス(ニカラグア=23歳)。アマチュアで104勝81KO・RSC(レフェリーストップ・コンテスト)2敗の素晴らしい戦績を残し17歳でプロデビュー。右利きのサウスポーで、スーパーフライ級で2つの地域タイトルを獲得後2018年8月、WBA傘下のNABAバンタム級王者に就いた。順風満帆のキャリアを送り、自国の英雄ロマゴン(4階級制覇王者ローマン・ゴンサレス)の後継者と呼ばれた。

 ところが19年10月、ホセ・ベラスケス(チリ)とのWBOインターナショナル・バンタム級王座決定戦が死闘となり、9回痛烈なKO負けで初黒星を喫する。プロキャリア22戦目で味わった挫折。その前途が危ぶまれた。だが以後4連続ストップ勝ちと復調している。ただベラスケス以外にランカークラスとの対戦がなく、近い将来、井上と対戦した場合、大いに不安視される。

 それでも好戦的なスタイルが売り物で、ボディー連打を執拗に繰り出す。左クロスに威力があり、ノックアウトを量産する。懐の深さも持ち味。ニカラグアで戦っていた時は日本で飯田覚士に挑戦したフリオ・ガンボアの指導を受けたが、マイアミでは亀田和毅をコーチしたオシミリ・フェルナンデス・トレーナーに師事している。25勝16KO1敗。現在WBAバンタム級4位を占める。

ニカラグア期待のメルビン・ロペス(写真:BoxingScene.com)
ニカラグア期待のメルビン・ロペス(写真:BoxingScene.com)

切り札はエストラーダ

 最後に打倒井上の本命に登場してもらおう。

 海外の識者の間で評価が高いのがスーパーフライ級のWBAスーパー・WBCフランチャイズ王者フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ。42勝28KO3敗=31歳)だ。ロマゴンとの激闘が記憶に新しいエストラーダは次回ロマゴンとの第3戦が有力。今のところバンタム級に転向する気配はない。

 だがボクシング王国メキシコで「人気のカネロ、実力の“ガジョ”(闘鶏=エストラーダのニックネーム)」と言われるようにエストラーダは他の世界王者よりもワンランク上の存在。同国の殿堂入りした先輩チャンピオンたちも称賛を惜しまない。各ファクターが優れているだけでなく、戦闘スピリットが称賛を浴びる。

 メキシコのエドムンド・エルナンデス記者(マニー・ボクシング・チャンネル)は「今メキシコ人で唯一イノウエに勝てる可能性があるのは“ガジョ”エストラーダでしょう。テクニシャンで頭脳を使った戦いができ、闘争心がある。並外れた試合をイノウエと繰り広げることができる。ただしエストラーダは118ポンド(バンタム級)でパワーとスピードが試されていない。それを解決しないとモンスターには勝てない。残念ながら彼以外にイノウエに苦戦を強いる選手は見当たらないですね」と話す。

 米国のエキスパート、マイケル・ローゼンタール記者(ボクシング・ジャンキー・ドットコム。元リング誌編集長)も「イノウエに対してエストラーダはフィジカルで大きく劣る印象が否めない」と分析。「イノウエの明白な判定勝ち」とフルラウンドの戦いを予想する。だが、これはダスマリナス戦前の意見で、おそらく同氏の考えは変化しているのではないだろうか。同記者のように米国記者たちは井上有利と占うものの、エストラーダをストップするのは難しいと指摘する者が多い。これもエストラーダが一目置かれている証に思える。

 同じく米国では前WBCスーパーフライ級王者シーサケット・ソールンビサイ(タイ)が井上に善戦するとみる向きがある。過去エストラーダと1勝1敗という実績が評価されているのだろう。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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