井上尚弥がラスベガス再登場で戦う「もうひとつの相手」とは
井上を観戦することに意義がある
WBAスーパー・IBF世界バンタム級王者井上尚弥(大橋)の米国3戦目、ラスベガス2戦目となるマイケル・ダスマリナス(フィリピン)との防衛戦までわずかとなった。ラスベガスのバージン・ホテルで19日(日本時間20日)ゴングが鳴る一戦は「井上という男を見ることに意義がある」と現地メディアが書き立て、話題を集めている。圧倒的に井上有利の予想が立つ中、結果よりも井上が何ラウンドでダスマリナスをストップするかに関心が寄せられる。
その背景から、米国デビュー戦となった2017年9月のアントニオ・ニエベス(米)とのWBO世界スーパーフライ級王座の防衛戦が想起される。ダスマリナスはニエベスよりも骨のある挑戦者に思えるが、4年近い年月の間に井上は格段の成長を遂げている。大方の予想は井上の中盤までのKO、TKO勝ちだが、もっと早く決着がつく結末も頭に浮かぶ。
ただし、注目の試合が近づくにつれて「残念ながら」という切り口で井上vsダスマリナスに触れる記事も見られる。これは下馬評が大きく井上に傾いていることよりも「もったいない話だが」のニュアンスが強い。ファンがモンスターのパフォーマンスをじっくり観賞したいのはやまやまなのだが、当日は米国ボクシング興行史上で屈指の重要イベントが集中する日となっているのだ。
ロペス戦はコロナ感染で延期に
井上戦の最大のライバルとなると思われたのはマイアミのローンデポ・パークで開催予定だったライト級の比類なき王者テオフィモ・ロペス(米)vs指名挑戦者ジョージ・カンボソス(豪州)。このロペスvsカンボソスは当初、今月5日に予定されたが、フロイド・メイウェザーvsローガン・ポールのエキシビションマッチが翌日6日、同じマイアミ開催に割り込んできたため2週間の延期を余儀なくされた。
ロペスは井上の米国のプロモーター、トップランク社との契約を延長したばかり。しかしカンボソス戦は昨年11月、マイク・タイソンvsロイ・ジョーンズのエキシビションをプロデュースした映像配信の「トリラー」がPPV(ペイ・パー・ビュー)中継する。この試合も井上戦同様、カンボソスが勝てば大番狂わせと、ファンは勝敗予想にそれほど関心を示してない。だが、4冠統一王者となって初登場のロペスには熱い視線が注がれる。そのため、当日の視聴率(米国では視聴件数)合戦の本命と見られていた。
ところが15日(日本時間16日)、ロペス戦延期のニュースが飛び込んできた。ロペスにコロナウイルス感染症の症状が出たためだという。2度目の延期となり、ロペス、カンボソスには気の毒だが、自然とファンの間で井上vsダスマリナスへの興味が増すことになりそうだ。
ミドル級の強豪チャーロの防衛戦
同日もうひとつの世界戦はヒューストンで挙行されるWBCミドル級タイトルマッチだ。カードは王者ジャモール・チャーロ(米)vs挑戦者フアン・マシアス・モンティエル(メキシコ)。有料チャンネルのショータイムが全米に中継する。WBAスーパー王者に村田諒太(帝拳)、IBF王者に元帝王ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)、WBO王者に巧者デメトゥリアス・アンドラーデ(米)が君臨する階級で最強とも呼ばれるチャーロ。長谷川穂積、ノニト・ドネアと戦ったフェルナンド・モンティエルの甥にあたるメキシコ人に対し、井上戦同様、何ラウンドで試合が終わるかという予想が主流だ。
とはいえロペスのパフォーマンスに期待するファンの心理がチャーロにも働いている。今後スーパーミドル級に上がり、現役最強サウル“カネロ”アルバレスとの対決が実現するかもしれないチャーロは、地元でスペクタクルな勝利を飾って実力を誇示したいと誓う。同日は小原佳太(三迫)とIBFウェルター級挑戦者決定戦を行ったクァドラティロ・アブドゥカハロフ(ウズベキスタン)、前WBОスーパーバンタム級王者アンジェロ・レオ(米)、三浦隆司らと激闘を繰り広げた元WBCスーパーフェザー級王者フランシスコ・バルガス(メキシコ)が一堂に出場。前座カードの充実も視聴件数アップに貢献するかもしれない。
そして同じテキサス州のエルパソではミドル級で2階級制覇を目指す前WBOスーパーウェルター級王者ハイメ・ムンギア(メキシコ)が昨年12月ゴロフキンに挑戦したカミル・シェルメタ(ポーランド)と12回戦を行う。中継するのはストリーミング配信DAZN。上記の3イベントに比べるとやや玄人志向のカードだが、ムンギアはライアン・ガルシア、バージル・オルティスと並ぶゴールデンボーイ・プロモーションズが売り出す24歳のスラッガー。加入者数が安定してきたDAZN・USAは好数字を期待している。
視聴件数100万件突破に期待
これらのラインナップに対してスポーツ専門チャンネルESPNが中継する井上vsダスマリナスは、どれだけテレビファンを惹きつけるだろうか。それぞれのイベントがはじき出す数字が気になるところだ。米国メディアの情報ではDAZNの中継は早めにスタートするという。幸い、井上戦と重なることはなさそうだ。もうひとつのショータイムは井上戦とほぼ同じ時間帯に流れる。視聴件数戦争の天王山となる。
先週土曜日12日、トップランク社が主催し、同じラスベガスのバージン・ホテルで行われたスター候補シャクール・スティーブンソン(米)がメインに出場したイベントには約1800人の観衆が集まった。そしてESPNの視聴件数は平均で85万7000件、ピーク時は92万7000件だった。井上vsダスマリナスがこれらの数字を上回るかがひとまず評価の基準となるだろう。
前回、昨年10月の井上vsジェイソン・マロニー(豪州)の視聴件数をチェックしてみたところ、数字は発表されていなかった。マロニー戦のパフォーマンスで本場のファンをシビレさせた井上にはさらなる期待がかかる。100万件の大台に乗せる可能性も大きい。リオデジャネイロ五輪銀メダリストからプロ入りして13戦目でWBOフェザー級王者に就き、今回同スーパーフェザー級暫定王座を獲得したスティーブンソンを視聴件数で上回ればモンスター人気は不動だと認知されよう。
それにしても本場のスター選手たちを向こうに回して、その実力は言うに及ばず、人気のバロメーター(視聴件数)に関心が移っているのはさすがと言うしかない。よく日本のテレビ局は「試合が早く決まると視聴率が伸びない」と嘆くが、もし序盤で決まっても井上の試合に関してそんなことはないはずだ。ゴングが待ちきれないとは、まさにこういう試合のことだろう。