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「バカげたスーパーファイト」と揶揄されるパッキアオvsマクレガーが実現に向かう理由

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
パッキアオvsサーマン戦(USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

来年初めUAE開催が有力

 「フィリピンのCOVID-19(コロナウイルス感染症)のすべての犠牲者のために上院議員マニー・パッキアオがUFCのスーパースター、コナー・マクレガーと来年対戦することになりました。彼(パッキアオ)の報酬の多くの額はパンデミック対策に活用される予定です」

 6階級制覇王者で現WBAウェルター級スーパー王者マニー・パッキアオ(フィリピン)が事務所の補佐官ジェイク・ジョソン氏を通じて発表した声明だ。これより先、前日の25日、マクレガー(アイルランド)が次の試合をパッキアオと中東で戦うとツイート。それをパッキアオが認めたため俄然、対戦機運が高揚している。

 スーパースター同士の異種格闘技戦。ただしボクシング界にとって、いくらUFCのトップ選手とはいえボクシングは2戦目のマクレガーは勝って当たり前の相手。結果うんぬんよりもイメージダウンにつながる。UFCにしてもほとんど勝ち目がない試合をマクレガーがなんでゴリ押しするの?とけっして歓迎はしない。

2人は同じマネージメント会社に所属

 一部で「バカげたスーパーファイト」と揶揄される対決に関心が集まるのは両者のスターパワーのせいだけではない。やはりコロナ救済という大義名分はインパクトがある。そして2017年8月、今回と同じシチュエーションで行われた5階級制覇王者フロイド・メイウェザーvsマクレガーはPPV契約数が430万件に達し、ボクシング試合では15年5月のメイウェザーvsパッキアオの460万件に次ぐ興行収益を上げ、莫大な報酬を両者にもたらした。

 正直なところコロナ危機も影響し、パッキアオvsマクレガーが上記2試合に匹敵する“マネー・ファイト”になる保証はない。あの2試合は常識では語れないものだった。だが両者は対決を見越していたように事前に布石を打っていた。

 まずパッキアオは今年2月12日、パラディグム・スポーツというマネージメント会社と契約した。これはマクレガーが所属する組織である。メディアのインタビューに応じた同社の上級副社長アザール・ムハメド・サウル氏は名前も容姿も中東系の人物。そのあたりが中東開催になびいている理由だろう。

 同氏は「私たちは複数の関係者、グループと綿密な交渉に入っています。現状では年末か来年初頭に実現を目指しています。候補地にはUAE(アラブ首長国連邦)、サウジアラビア、バーレーンが挙がっており、各国のCOVID-19のプロトコルを吟味しながら開催地を決定したい」と答えている。いずれにせよ、今のところUAEが有力候補のようだ。

2月に公表されたバナーではラスベガス開催となっていた(Sean Gibbons instagram)
2月に公表されたバナーではラスベガス開催となっていた(Sean Gibbons instagram)

名前負けするウェルター級トップ陣

 昨年7月、強敵キース・サーマンに判定勝ちでスーパー王者に就くとともに健在ぶりを見せつけたパッキアオは以後リングに登場していない。上院議員の職務やコロナの影響は見逃せないが、彼のスター性に見合う相手が見つからないのも事実である。

 彼が147ポンド(ウェルター級)にこだわるのは全クラスを通じてもっともタレントが集結しているから。WBC&IBF王者のエロール・スペンスJr、WBO王者のテレンス・クロフォードを筆頭に前王者のダニー・ガルシア、ショーン・ポーター、WBAレギュラー王者に就いたキューバのヨルデニス・ウガスとトップには実力者がずらりと並ぶ。

 だが知名度やカリスマ性でパッキアオの域に達している選手はいない。状況はパッキアオの売り手市場。ここに挙げた全員そして4階級制覇王者マイキー・ガルシアらのプラスアルファがパッキアオ戦を熱望している。同時にスペンスJrやクロフォードと対戦すれば、パッキアオは負ける可能性が少なくない。ボクシングルールなら圧勝が予想され、報酬が魅力的なマクレガーは文字通りオイシイ相手と言える。

 中東が候補地に挙がる理由は資金の豊富さと屋内外を問わず会場に恵まれていること(昨年12月のアンディ・ルイスvsアンソニー・ジョシュアのヘビー級再戦はサウジアラビアの屋外スタジアムで開催された)。現在、米国では無観客試合で開催するしか手段がない。マクレガーがメイウェザー戦でゲート収入の記録をつくったように、このカードを無観客試合で行えば大幅な収入減となる。今、中東に目が向くのは当然だろう。

パッキアオのフレディ・ローチ・トレーナー(左)は愛弟子の早いKO勝ちを予想(写真:MP Promotions)
パッキアオのフレディ・ローチ・トレーナー(左)は愛弟子の早いKO勝ちを予想(写真:MP Promotions)

しばらく放逐されるマクレガー

 一方、3度目の引退撤回をしてリング(あるいはゲージ)復帰を目指すマクレガーはどんなモチベーションを持っているのだろうか。今回のツイートに対して数多くの反応があったように、相変わらずのセレブ人気を誇っている。その少し前、UFCのダナ・ホワイト社長が「コナーが近々ボクシングマッチをアナウンスするだろう」とコメント。パッキアオ戦を暗示していた。

 UFCサイドの情報ではマクレガーは総合格闘技の試合に未練があるらしい。まだまだ稼ぎたいと念じている。その意志をホワイト社長にぶつけたが色よい返事は返って来なかった。確かにUFCのトップは剛直にマクレガーの復帰を拒んでいる様子。あるいはひとまず放逐していると表現した方が正しいかもしれない。ウィスキーのコマーシャルに出演したりゴシップネタを提供するにとどまっている。

 ホワイト社長はコロナ危機が終息するまでドル箱スターのアイルランド人に待機してもらい、大スタジアムで観客の入場が自由になった時点で引き戻すつもりなのではないか。それまでフリーの立場で活躍を許可している雰囲気が感じられる。だからパッキアオとのボクシングマッチはウエート設定などハードルはあるものの実現に向かうのではないだろうか。

 パッキアオにしても中東はフィリピン人の季節労働者が多く居住する現状が彼を後押しする。彼らに勇気を与え、自国のコロナ被害者の役にも立てるとなれば、一肌でも二肌でも脱ぎたくなるはず。このカードはかなりの確率でスケジュール表に記されるとみる。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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