Yahoo!ニュース

マイク・タイソンと戦う元最強ボクサー、ロイ・ジョーンズ。波乱万丈のキャリアの終着点はいかに?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ロシアでは市民権も取得したジョーンズ(写真:ロイター/アフロ)

 9月12日、ロサンゼルス近郊カーソンのディグニティ・ヘルス・スポーツ・パークで予定されたヘビー級8回戦、元ヘビー級統一王者マイク・タイソン(米)vs元4階級制覇王者ロイ・ジョーンズJr.(米)のエキシビションマッチが延期された。新たなスケジュールは11月28日、同会場で行われる。延期の理由は両陣営とも無観客試合ではなく、ファンを入場させるイベントを希望しているためと伝えられる。

 今回はレジェンド、タイソンと対決する元スーパーボクサー、ジョーンズJrにスポットライトを当ててみたい。

最強ジョーンズに故郷で遭遇

 アメリカのフロリダ半島は付け根の部分が西へ延びている。フロリダ州とミシシッピ州との境にあるペンサコーラは軍港の町。同じフロリダ州のマイアミやタンパよりもニューオーリンズの方がずっと近い。筆者はその町を2001年初め訪れた。WBA世界ライト級王者の畑山隆則に挑むリック吉村(本名フレデリック・ロバーツ)を取材するためだった。日本王座の防衛回数の記録を持つリックは、米軍の仕事の関係でその時ペンサコーラに滞在していた。

 リックの取材が終わり翌日、帰りの便まで時間があったのでもう一度ジムを覗いてみた。そうしたらリングでスパーリングを行っている男に目が点になってしまった。最初は想像していたより小柄に感じられたので確信がなかった。だが間違いなくロイ・ジョーンズだ。そう、ジョーンズはペンサコーラが地元。当時のジョーンズは3階級目のライトヘビー級王者に就き、3団体(WBC・WBA・IBF)のベルトを統一しながら防衛回数を伸ばしている最中。スーパーミドル級王者時代も手がつけられないほど強かったが、一度敗北を喫した(モンテル・グリフィンに反則負け)ことで経験値が増し、盤石のパフォーマンスを披露していた。世界を驚嘆させたヘビー級制覇はそれから約2年後のことだった。

 スパーリングは遠目からしか見せてもらえなかったが、幸いインタビューを承諾してくれた。「ロイ・ジョーンズJr.こそがパウンド・フォー・パウンド最強だ」と信じていた私は舞い上がるような気持ちで質問したのを覚えている。何しろ、その後パウンド・フォー・パウンド・キングを継承し「過去10年のMVP」にも選ばれたフロイド・メイウェザーはスーパーフェザー級、ライト級王者時代に「軽量級のロイ・ジョーンズ」と呼ばれたほど。まさにジョーンズは向かうところ敵なしの強さを誇っていた。

タイソンの相手に抜擢。なぜ?

 ソーシャルメディアで発信される豪快なミット打ちなどの映像でファンの目を釘付けにしたタイソン。一時期カムバック騒動が過熱したが、その後、噂が沈静したかに見えた。ところが7月下旬、突如ジョーンズの名前がアナウンスされた。ファンはエキシビションにしてもタイソンとイバンダー・ホリフィールドとの第3戦を待望していた。

 だが過去にホリフィールドに2度敗れているタイソン(2戦目は耳噛み事件による暴走だったが)はそのトラウマと自分より6年長く現役を続けたホリフィールドに、恐怖心を抱いているのではないだろうか。あるいは交渉の段階で条件(報酬)が合意に達しなかったのかもしれない。いずれにせよ、タイソンはジョーンズとのエキシビションをチョイスした。

 タイソン54歳、ジョーンズ51歳。15年前に現役を退いたタイソンに対してジョーンズは2年前までリングに上がっていた。実戦の勘では後者に軍配が上がる。だが大方の予想は2005年以来15年ぶりのリングとなるタイソンに圧倒的に傾く。予想の中には「ジョーンズは1ラウンド持てばラッキーだ」という極端な見方さえある。

幻に終わった9月12日の試合ポスター
幻に終わった9月12日の試合ポスター

ヘビー級制覇後の落日

 ジョーンズは2003年3月、ジョン・ルイス(米)を3-0判定勝ちで破りWBA世界ヘビー級王者に君臨した。このときジョーンズは「ヘビー級王者として私が唯一、戦いたいのはマイク・タイソン。それが叶わないのなら、ライトヘビー級へ戻る」と語った。事実ジョーンズはライトヘビー級で再びキャリアを進めることになるのだが、当時の経過が今回ジョーンズのモチベーションを刺激したとも憶測される。

 それはともかく、ヘビー級を制したことでジョーンズの名声はマックスに達した。もしかしたらそのままキャリアを閉じるような予感もあった。ところがライトヘビー級に戻ると彼にはいばらの道が待っていた。このクラスのトップの一人だったアントニオ・ターバー(米)との再戦でショッキングな2回TKO負け。再起を誓ってベテランのグレン・ジョンソン(ジャマイカ=米)に挑むも9回KO負けで連敗。この2つの2004年の敗戦で「ジョーンズはアゴが弱い」という評価が固まった。

ジョン・ルイス(右)に明白な勝利を飾りヘビー級王者に就いたジョーンズ(写真:Bleacher Report)
ジョン・ルイス(右)に明白な勝利を飾りヘビー級王者に就いたジョーンズ(写真:Bleacher Report)

プーチン大統領と懇意に

 以後もアップダウンが激しく2018年2月、故郷ペンサコーラで引退試合と銘打った興行でキャリアを閉じるのだが、彼がボロボロになるまで戦い続けたのは借金に悩まされたからだと言われる。59戦まではすべて米国での試合だったが、その後は豪州、ロシア、ポーランドなどを転戦。余談だが、なぜかロシアが気に入り、現地でも歓待され、ウラジミール・プーチン大統領と懇意になった。その恩恵にあずかりロシアの市民権を取得した。

 そこでも苦難が立ちはだかる。豪州で地元のダニー・グリーンに初回TKO負け。ロシアでは元クルーザー級王者の2人、デニス・レベデフ(ロシア)とエンゾ・マッカリネリ(英)にそれぞれ痛烈なKO負けを喫し、ダメージが心配された。マッカリネリ戦後、米国で4連勝して引退したが、66勝47KO9敗のレコード中KO負けが5つ。絶頂期が強すぎただけに、その分、倒されたシーンも印象に残り、全体的な評価に影響している。

 タイソン戦の下馬評で分が悪いのは、その打たれ脆さにある。そしてライトヘビー級を主戦場にし、最後はクルーザー級とサイズでどうしても劣る。リングから離れて長いとはいえ、映像で見るタイソンの猛打がヒットすればひとたまりもない――という意見には納得してしまう。

今年最大のビッグマッチになる?

 公式記録に残らないとはいえ、タイソンとグローブを交えることは勇気が必要になる。かつてホリフィールドは最大のセールスポイントである精神力でタイソンを負かしたが、ジョーンズにそれが可能だろうか?タイソンは爆発的なパワーのみならず、54歳の今でもスピードで目を見張らせる。ジョーンズ本人が打ち明けるように脚でかく乱するしか勝機はないかもしれない。

 「私のスタイルの究極のカギは脚にある。そしてスキル。マイクもそれを熟知している。同時に彼はまだすごく危険な男だ。ただしマイクがやれることはチャンスに強引に攻め込むことだけ。私はその対策を練らなければならない。彼の行く手を遮ることが肝心。試合のどこかで必ずマイクと交戦するときがやって来る。私はその準備をしている」

 自身を鼓舞するようなジョーンズの言葉。おそらく今度が最後の晴れ舞台となるだろう。注目の一戦は冒頭のように2ヵ月半の延期となった。コロナ禍によるイベント中止で、図らずも今年最大のカードになる可能性がある元無敵同士の対決。今から晩秋のゴングが待ち遠しい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

三浦勝夫の最近の記事