パッキアオvsゴロフキンの仰天カードは実現するのか?名将ローチが思い描くシナリオ

戦い続けるパッキアオ(右)(写真:USA TODAY /ロイター/アフロ)

目標は7階級制覇

 リングのレジェンドにてフィリピン上院議員のマニー・パッキアオが2022年の同国大統領選挙に出馬するニュースが伝わった。本人は「こういう困難な時期(新型コロナウイルス感染症の拡大)に政治の話をするのはよくない」と否定するような発言をしているが、コロナ危機が終息に向かえば、一気に具体化する見通しもあるわけで、大いに注目されるところだ。

 一方ボクサーとしてのパッキアオは昨年7月ラスベガスで強敵キース・サーマン(米)を破り、WBAウェルター級スーパー王者に君臨する。議員としての職務も関係し、その時点でリング復帰は今年になると仄めかしたが、そこへコロナ危機が影響し、防衛戦などのスケジュールは立っていない。

 そんな折、今月に入りチーフトレーナーのフレディ・ローチがGGGことゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン=IBFミドル級王者)とパッキアオとの対戦を望んでいるとメディアに発言。コアなボクシングファンの間から「まさか!?」という声が上がった。

 パッキアオ(41歳)はフライ級から3階級越えとなるスーパーバンタム級王者になり、以後また3階級飛び越えてライト級、スーパーライト級、ウェルター級そしてスーパーウェルター級の6階級で世界王者に就く離れ業を成し遂げた。海外メディアの多くはこれにフェザー級とスーパーフェザー級をプラスし、8階級制覇王者と呼んでいる。だが、この2階級では暫定王者にしか就いておらず、日本のメディアが記す6階級の方が正当である。

 殿堂入りトレーナー、ローチ(60歳)は「パッキアオは9階級制覇(日本流では7階級)を視野に入れている」と語り、ターゲットに挙げたのがゴロフキン。華のある王者たちで彩られるミドル級の歴史でも屈指と位置づけられる男に挑ませるプランを口にした。

「ミドル級は違う」

 軽いクラスから徐々に体重を上げ、パッキアオと同じく154ポンド(スーパーウェルター級)に到達した選手にフロイド・メイウェザー・ジュニア(米)がいる。言わずと知れたパッキアオと5年前「世紀の一戦」を行った元パウンド・フォー・パウンド最強ボクサーだ。そのメイウェザーのトレーナーだった叔父のロジャー・メイウェザー(元2階級制覇王者=今年3月死去)は生前「160ポンド(ミドル級)は全く違う。甥っ子(メイウェザー・ジュニア)でも難しい。できれば挑戦は断念してほしい」と筆者に語っていた。その叔父の忠告を聞いたのか、さすがのメイウェザーもミドル級には食指を伸ばさなかった。

 そんな難関、しかも歴代のチャンピオンの中でも高ランクのゴロフキンに対して、ローチには勝算があるのだろうか。ローチとのコンビで「階級の壁」を突き破ってきたパッキアオだが、年齢的にも当時の勢いは減退している。今では147ポンド(ウェルター級)がナチュラルウエートの印象だが、その下の140ポンド(スーパーライト級)でも十分戦えるという指摘もある。ウェルター級に腰を据えるのは高報酬が見込める相手がひしめいているからに他ならない。

対戦希望が殺到するパッキアオ

 ローチがゴロフキンの名前を出したのは、ライバル王者のエロール・スペンス(米=WBC・IBF統一王者)、テレンス・クロフォード(米=WBO王者)との交渉が一向に進展しないこともあるだろう。この2人はファンの間で統一戦が待望されていると同時に2人ともビッグネームのパッキアオへ熱い視線を向けている。格上のWBAスーパーチャンピオンに君臨するパッキアオはスペンス、クロフォードと比べて、ステイタスの点でも全く見劣りはしない。

 同じくパッキアオの相手に挙手しているのが、4階級(フェザー級からスーパーライト級)を制したマイキー・ガルシア(米)だ。本来ならスーパーライト級あるいは統一王者にも就いたライト級でも、というかこれらのクラスの方が実力が発揮できると憶測されるガルシア。だがスターが揃うウェルター級に残留を決意し、パッキアオに執心する。

 ガルシアは昨年、スペンスに挑戦したが体負けして完敗。それだけに「小柄なパッキアオは自分にとって適正な相手」というコメントは身勝手な印象を与える。パッキアオと陣営がガルシアを選ぶ可能性は少なくないものの、注目度はスペンスやクロフォードよりも劣る。それはパッキアオの報酬にも影響するだろう。ひと言でいえば、ガルシアはメリットの大きい相手ではないのである。

無敵ゴロフキンにも衰え?

 今後スペンス、クロフォード、ガルシアがパッキアオとの対決実現に向けてどんな動きを見せるか興味深い。そこへゴロフキンが割り込むかどうかはまだ何とも言えない。だがキャリアの最終章に突入したパッキアオにとりゴロフキンは最高の相手に挙げられるだろう。

 ミドル級王座19度連続防衛(WBA王座、うちKO勝ちは17回。途中でWBC、IBF王者にも君臨)、23試合連続KO・TKO勝ちの実績は素晴らしい。その親しみやすいキャラクターとリング上の強さとのアンバランスが彼の特長でもある。

 しかし無類の強さを誇ったゴロフキンも18年9月に行われたカネロ・アルバレス(メキシコ)との再戦で惜敗。8年間守った王座から転落した。1年前の17年9月の初戦は不運なドロー。再戦も微妙な内容で、メディアやファンはむしろゴロフキン優勢と見た試合だった。

 第3戦が待望される中、スポーツ映像配信DAZNと契約したゴロフキンは1戦はさんだ後、昨年10月、決定戦でセルゲイ・デレフヤンチェンコ(ウクライナ)に判定勝ちでIBF王座を奪回した。ところが以前と異なり不用意に相手のパンチをもらうシーンがあり、勝利はラッキーだったと見る意見が多い。1試合だけで評価が激変したのは、それだけ以前は強さが際立っていた証拠でもあるのだが……。

デレフヤンチェンコ(左)を苦戦の末、下したゴロフキン(写真:Ed Muholland/Matchroom Boxing USA)
デレフヤンチェンコ(左)を苦戦の末、下したゴロフキン(写真:Ed Muholland/Matchroom Boxing USA)

 そのあたりの衰えにローチが着眼したとしたら、ゴロフキンのキャリアにリスペクトを欠いているといえる。だが、それがリングの世界の厳しさ、非情さなのであろう。パッキアオより3歳年少の38歳のゴロフキンだが、過去の激戦の後遺症が出ているのかもしれない。ただ苦戦したデレフヤンチェンコは相当な強者に映る。

デラホーヤ戦のサプライズ

 パッキアオがスーパーウェルター級王座を獲得した時のアントニオ・マルガリート(メキシコ)戦は同級リミット154ポンドではなく150ポンドのキャッチウエート(両陣営が合意した体重設定)で行われた。マルガリートにはハンディとなったが、パッキアオが計量でマークした体重は144.8ポンドとウェルター級でも軽いものだった。

 それでも身長166センチのパッキアオが180センチのマルガリートを圧倒。最後は蹂躙するようなアタックで大差の判定勝利。完全に目が塞がったマルガリートにドクターストップがかからなかったのが不思議だった。マルガリートとゴロフキンの力量を同等と見ることはできないが、後者の身長は179センチ。クラスを上げるたびに自分より大柄な相手と対戦してきたパッキアオには苦にならないかもしれない。

 今でこそウェルター級に定着したパッキアオだが、同級の初陣となった2008年12月のオスカー・デラホーヤ(米)戦は試合前「無謀だ」と批判されたものだ。ところが蓋を開けるとサウスポーからコンスタントな連打を浴びせ、ゴールデンボーイを棄権に追い込んでしまった。デラホーヤの試合に取り組む姿勢に問題があったが、周囲を驚かせる番狂わせ。ゴロフキン戦で、その快挙をリピートさせたい思惑がローチにはある。

12年前「小が大に勝つ」を実践したパッキアオ。デラホーヤをストップ(写真:Ed Mulholland/HBO)
12年前「小が大に勝つ」を実践したパッキアオ。デラホーヤをストップ(写真:Ed Mulholland/HBO)

両者ともリスクは大

 もちろんゴロフキンは危険極まりない相手だ。ローチ自身「マイキー・ガルシアとはグッドファイトが期待できる」とオプションの一つであることをアピールする。だが同時に「もしグローブを脱ぐ前にパッキアオが大仕事をこなす意欲があるなら、たとえリスクが大きくともゴロフキンと対戦すべきだ」と主張する。ゴロフキンにとってもカネロとの決着戦が見込み薄なら、究極の相手になるのではないだろうか。

 敗北は両者ともキャリアの終点に近づく。パッキアオの場合は深刻なダメージを被るだろうし、ゴロフキンはデラホーヤ同様、「小が大を負かす」と恥をさらすことになる。それだけにどうしても見たくなる、観戦意欲を刺激される、ひと味違う大物対決である。