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ワイルダーvsフューリー再戦に不穏な予感…。「英国誌のフューリー勝利」予想を紐解く

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
プレゼンで再び対面した両雄(写真:Mike Willams/Top Rank)

英国誌は全員フューリー有利

 WBC世界ヘビー級王者デオンタイ・ワイルダー(米)vs挑戦者で元統一王者タイソン・フューリー(英)の再戦が発表された。試合は2月22日ラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで挙行される。2018年12月の初戦はヘビー級の醍醐味を満喫させる激闘の末、公式スコアカードは115-111(ワイルダー)、114-112(フューリー)、113-113と三者三様のドロー。1年2ヵ月の月日を経てゴングが鳴るリマッチで両者は完全決着を誓う。

 ラスベガスのブックメーカーの賭け率はイーブンないし若干フューリー有利と出ている。これは私には意外に映るのだが、理由は書き進めながら触れることにしたい。

 英国に「ボクシング・ニュース」という専門誌がある。創刊以来、週刊で発行している。特筆されるべきことだ。そのボクシング専門誌がホームページでワイルダーvsフューリーの予想を掲載した。回答者は4人で、マネジャー兼プロモーターのミッキー・ヘリエト、ライトヘビー級世界ランカーのカラム・ジョンソン、大手新聞の記者で米国のボクシングシーン・ドットコムにも寄稿するクリス・マッケーナ、ヘビー級の中堅選手デーブ・アレン(戦績は17勝14KO5敗2分)という面々。

 いずれも同じ英国人のフューリーの勝利を予想した。「ワイルダーとの距離をキープしたフューリーが前回よりイージーにアウトボクシングして判定勝ちするだろう」(ヘリエト)。「フューリーがより納得できるかたちでポイントを集めて勝つ」(ジョンソン)。「初戦よりも好調でシャープに仕上げたフューリーがラウンドを連取して勝つと信じている」(マッケーナ)。「私はフューリーのファンで彼がポイント勝ちすると思う。でもハラハラドキドキの試合になるだろう」(アレン)といった具合だ。

 むろん、英国にもワイルダーの勝利を唱える識者は存在するはずだ。それでも歴史と権威がある専門誌がこうも一方的な推論を記載するとは少なくとも私には驚きだった。確かに第1戦でフューリーは2度奪われたノックダウン以外、稀代のエンターテイナーぶりをふんだんに交えながらワイルダーをアウトボクシングしていた。フューリーの勝ちを主張するメディアは多い。だが勝利に十分に値したとは断言できない。スペクタクル性も加味すれば、ワイルダーの判定勝ちもありと思えた。公式裁定のドローは妥当だと思う。

メインテーマは完全決着

 13日、ロサンゼルスで開催されたプレゼンテーションでワイルダーは「unfinished business」(やり残した仕事)という言葉で表現したが、言うまでもなく再戦は2人にとって決着戦である。もしかしたら今回も論議を呼ぶ裁定あるいは結末で完全決着は第3戦へ持ち越しというストーリーもあるかもしれない。だが、どちらが勝つにせよ試合後コントラストが鮮明になるフィナーレが待っている予感がする。

 身長は2メートル5センチのフューリーに対しワイルダーは2メートル1センチとほぼ互角。体重は第1戦ではフューリーが20キロほど重かった。再戦でも両者の体重差は変わらないだろう。しかし軽いワイルダーが、他の3冠統一王座(IBF・WBO・WBA“スーパー”)をアンディ・ルイスJrから奪回したアンソニー・ジョシュアのような徹底したアウトボクシングで対峙して攻略するかというとそれは考えられない。ワイルダー(42勝41KO1分無敗)は絶対的な破壊力を誇る右強打を正味36分(12ラウンズ)狙い続けるシンプルな戦法で戦うに違いない。そもそも、その戦法を選択するしかワイルダーには勝つオプションがないのだ。初戦で最終回、その右を食らって大の字になったフューリー(29勝20KO1分無敗)は奇跡的に起き上がり終了ゴングを聞いたが、もし今回、同様なシーンが訪れれば試合の幕が下りる可能性が大きいと私は見ている。

 同じくワイルダーの右が爆発しなければ初戦同様にフューリーがヘビー級史上最高、つまりボクシングで最高の強打者とも評価され始めたワイルダーを翻弄するシナリオが頭に浮かぶ。あながち、ボクシング・ニュースに載った4人の予想は見当はずれとは断言できないのかもしれない。

豪快に決めたワイルダーと苦戦したフューリー

 1年2ヵ月の間に両者とも2試合ずつ消化。ワイルダーは昨年5月、ドミニク・ブラジール(米)を初回、一撃で轟沈。11月、難敵ルイス・オルティス(キューバ)を7回、これも右一発で沈め返り討ちにした。いずれもスペクタクルなKOシーンだった。

オルティスを一撃で沈め10度目の防衛を果たしたワイルダー(写真:Ryan Harey/PBC)
オルティスを一撃で沈め10度目の防衛を果たしたワイルダー(写真:Ryan Harey/PBC)

 一方フューリーはトップランクと大型契約を結んだ後6月ラスベガスに登場。ランキング上位のトム・シュワルツ(ドイツ)を2回TKOで一蹴。ここまでは順調だったが、9月、同じくラスベガスで行ったオト・ヴァリン(スウェーデン)戦で前半、右目周辺を大きくカット。大流血戦となり辛うじて終了ゴングを聞いた。判定勝利を収めたものの47針も縫うハメになった。

 傷は完治し、その後フューリーはプロレスのWWEに参戦して話題を提供したが、一度深いカットを負ったボクサーは以後カットしやすくなる傾向がある。それでなくともワイルダーのパンチは強烈過ぎる。世界的に無名に近いヴァリンに苦闘を強いられたことは再戦に向け何かしら響くのではないだろうか。

 フューリーに逆風となるのはそればかりではない。

トレーナーを代えたフューリー

 12月中旬、トレーナーをスイッチした。それまで自分より若い二十代のベン・デービソンが担当していたが、ジャバン・ヒル・スチュワード(48歳)が請け負うことになった。ヒルは米国デトロイトで有名な「クロンクジム」を主催した名将エマヌエル・スチュワード氏の甥にあたる。

 この入れ替わりは当初、ヴァリン戦の苦戦の責任をデービソンが取らされ追放されたと言われたが、実状はそうではないらしい。英国メディアによると、お金の問題(トレーナー報酬)に尽きるという。再戦を前にしてデービソンがどれだけ要求したかわからないが、王者復帰と完全決着を目指すフューリーには彼が最良のトレーナーだったと見なされる。初戦でフューリーが勝利をつかむ寸前まで奮戦したのはデービソンの功績だと評価される。若手トレーナーながら業界で誰よりもワイルダー攻略法を熟知しているのがデービソンなのだ。

 煮え湯を飲まされたかたちのデービソンに対し“シュガー”のニックネームで呼ばれるヒルは優秀なトレーナーなのか。12年に亡くなったスチュワード氏の跡を継いでチャンピオンを育てているが、短期間でフューリーにフィットするかは定かでない。強烈な個性の持ち主のフューリーだけに「誰が指導しても同じだ」という見方もある。むしろ、立場はサブトレーナーで、ヴァリン戦で負傷TKO負けの窮地を救ったラスベガスのカットマン、ホルヘ・カペティーヨの言うことをフューリーは聞くという噂もある。(下記に参考記事)

TKO負けのピンチ…大流血の元統一世界ヘビー級王者を救った「裏方のヒーロー」の活躍とは

出典:Yahoo!ニュース 個人(2019/9/18)

スタイル改造中

 そのカペティーヨがラスベガスで開くジムでフューリーは調整を続けている。ヒル・トレーナーは「タイソン・フューリーは右にパンチ力をつければもっといい選手になる」と強調する。そして「彼は過去にエマヌエルに師事したことからクロンク・スタイルに傾倒している。でもエマヌエルが死去したため未完成に終わった。私は彼がそれを完成する手助けができればうれしい」と続ける。

 以前、日本のボクシングファンの間でも信望者がいた「クロンク・スタイル」とは“ヒットマン”と畏怖されたトーマス・ハーンズが代表選手。長身痩躯のスラッガー、ハーンズはスチュワード氏が作り出した最高傑作だった。また英国のヘビー級でこれまでの歴代トップと位置づけられる元統一王者レノックス・ルイスもキャリアの後年、スチュワード氏の指導を受け、薫陶を授かった一人。それはフューリーのショーマンシップを散り交ぜた変幻自在のボクシングとは一線を画するものだ。

 ヒル・トレーナーのコメントは“プロパガンダ”と受け取ることもできるが、本気でそう思っているのなら本来のフューリーのスタイルとは相反する。ワイルダーが一発KO狙いならフューリーも前回の延長のような戦法で、ワイルダーの強打を巧妙に外しながらスキルを存分に発揮してヒットを奪って行くしか勝利の道はないように思える。

 もしハーンズ型のスタイルで対処するなら、どうしても静止する時間が生まれ、ワイルダーの強打を浴びる危険が深まる。ヒル氏がワイルダーを油断させるため、あえて語ったのであれば、相当な業師と言えるが、無用な打ち合いがどれだけ危険かフューリーは初戦で身をもって知ったに違いない。

デービソン・トレーナー(右)とコンビを組んでいた当時のフューリー(写真:Yahoo Sports/Reuters)
デービソン・トレーナー(右)とコンビを組んでいた当時のフューリー(写真:Yahoo Sports/Reuters)

前トレーナーの呪い?

 そのあたりのノウハウに精通しているのがデービソン・トレーナー。彼との離別は相当な打撃だと推測される。いくら「友人関係は継続する」といい子ぶっても彼を切ったことはフューリーにとり再戦の致命傷になりかねない。英国ではフューリーの決断を「ダーティー・ビジネス」と一刀両断するメディアもある。図らずも「デービソンの呪い」がフューリーを苦しめ、ワイルダーの強打に沈むフィナーレもあるかもしれない。

 それでも呪いの方が嫌気をさしてしまいそうなのがフューリーが周囲に放つカオスと毒気。その魔性に封じ込まれたワイルダーの強打が最後まで空転してしまう展開も予測可能。史上最高のハードパンチャー、ワイルダーをしても、こればかりはどうすることもできない。ただ、初戦からここまでの両者の経緯を振り返るとワイルダー有利の結論に達する。果たして2月22日ラスベガスでどんなファイトが繰り広げられるか。不穏な予感がしてくる。おっと、これはフューリーが勝つ前触れなのか?

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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