井上尚弥は世界の恋人。業界関係者が明かすラスベガスデビューに向けての裏事情
相手は果たして誰か?
ノニト・ドネア戦の感動の余韻が残る中、WBA“スーパー”&IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(大橋)がジムで始動した。シャドーボクシング、ミット打ちというメニューだったが、ドネア戦からほぼ1ヵ月。右目眼窩骨折という重傷を負ったにもかかわらず、こちら(海外)の感覚では異例の早さに思える。米国の興行大手「トップランク」と複数試合の契約を交わした井上は来年、本格的に本場リングに殴り込みをかける。そのモチベーションがモンスターを刺激している。
井上が所属する大橋ジムの大橋秀行会長はトップランクとの契約第1戦はラスベガス開催、時期は4月頃になるという。対戦相手はもちろん、まだ未定。それでも最新情報で大橋会長は「候補者は4人いる」と語っている。その一人が「私に勝たないことには最強とは言えないよ」と豪語していたゾラニ・テテ(南アフリカ)を3回TKOで下してWBO世界バンタム級王者に就いたジョンリエル・カシメロ(フィリピン)だ。
テテ戦の内容から軽量級で3階級制覇に成功したカシメロは現時点で井上にとり最高の相手の一人と言える。何しろ井上本人が実現を強く望んでいる。日本vsフィリピン対決ながら米国リングでも人気を呼びそうなこのカードは果たして日の目を見るのか。
井上vsカシメロは来年の筆頭カード
今回、話を聞いたのは以前25年にわたりトップランクとメキシコ最大手のサンフェル・プロモーションでボクシング業界に携わってきたハビエル・ヒメネス氏(57歳)。メインの仕事はトレーナーだが、選手の送迎、食事の手配、トレーニングウェアの洗濯など裏方としても米国、メキシコを股にかけて奮闘してきた業界通。愛称はグエロ(スペイン語で白人の意味)。坂本博之と対戦したセサール・バサン(メキシコ)のチーフトレーナーとして来日したこともある。
今どうしているかと聞くと「ショーン・ギボンズといっしょに仕事をしている。彼の秘書みたいなものだね」という返事。ギボンズといえばマニー・パッキアオ・プロモーションズ(MPP)の社長の肩書を持つアメリカ人。カシメロはMPP傘下の選手。そうなれば話は早い。再会のあいさつもそこそこに、「井上とカシメロは戦うのか?」とストレートに聞いてみた。
するとヒメネス氏は「ボクシングにとって必要なカード。2020年、遅くとも2021年に実現するはず」と断言。そしてカシメロ陣営の一人ながら「井上が勝つだろう」と予想した。
みんな井上に恋心を抱く
続けて同氏は、こう言った。「バンタム級周辺のボクサーはみんな井上と対戦したがっている。いや軽量級だけではなく全階級を通して一番引っ張りダコではないかな。今、世界の恋人が井上なんだ。女性に例えるならミス・ユニバースだよ(笑い)」
ジョークを飛ばした同氏だが、その理由を「井上と対戦すれば大金が稼げるとみんな信じている」と言い切った。おそらく、それは当たっているだろうが、WBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)期間中はともかく、井上が「金のなる木」に昇華するのは米国での活躍が本格化する時ではないだろうか。それでもパウンド・フォー・パウンド・ランキングでトップに迫る井上は業界でも中心へとシフトしていることは間違いない。さらにヒメネス氏は井上と陣営がトップランクと組んだことは正解だと言う。
「売り出し方やマッチメイクなど選手をスーパースターにのし上げる可能性が一番あるのがトップランク。ライバルのゴールデンボーイ(プロモーションズ=GBP)が中量級から重量級を中心に選手を売り出すのに対し、トップランクは伝統的に軽量級に強い利点もある。パッキアオが好例だね」
やはりパッキアオか――。井上がラスベガスデビューするにあたり、ファンやメディアの脳裏に浮かぶのはアジアの英雄マニー・パッキアオの勇姿だろう。井上も先達パッキアオがたどった軌跡をトレースするように本場リングで猛威を振るう日が待ち遠しい。
5月のビッグイベントが有力か?
では「4月頃」と大橋会長が口にした待望の次戦で相手を務めるのは誰か?そしていきなりカシメロと統一戦が組まれる可能性はあるのか?
それについて、さすがにヒメネス氏も「まだ全然わからない」という。ただスケジュールに関して「5月5日のメキシコ独立記念日にちなんだイベントをトップランクが企画している。大物が登場するはずで、井上の試合はそのセミファイナルにセットされるのではないだろうか」と予想した。
メキシコの独立記念日に由来する興行は最近ではGBPがサウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)を起用して開催している。来年もカネロ登場が濃厚。久々にトップランクが割り込む余地があるのだろうか。「それは政治的な駆け引きで何とでもなる」とヒメネス氏は言うのだが……。
井上vsカシメロはMUST
ちなみにヒメネス氏の上司ギボンズMPP社長は東京ドームホテルで開催されたWBOの年次総会に出席後フィリピンへ移動。米国帰国はクリスマス前になる見込みで、それまでパッキアオとビジネスの協議を行っている。そこでは当然、御大パッキアオの次回リングがテーマになるが、カシメロに関した話も出て来るに違いない。
両者が大いに乗り気。ファンも井上絡みのカードでは“旬”だと待望して止まない井上vsカシメロ。ギボンズ社長を通じた情報でヒメネス氏は「我々には来年9月がMUSTになる」と明言した。
そして「マニラ(フィリピン)には資金がなくビッグファイトは開催できない。例外はマニー・パッキアオ・プロモーションズだけど、日本のリングを跳躍台にして米国リング進出を図るフィリピン人選手は少なくない」と同氏。カシメロはすでに米国で試合を行っており、新人ではないが、井上vsカシメロが日本で挙行される可能性もありと言いたげだった。
指名挑戦者ダスマリナス
話を4月あるいは5月予定の井上の試合に戻すと、井上が保持するベルトの一つIBFはすでにランキング1位マイケル・ダスマリナス(フィリピン)との指名試合を井上に通達している。これまで30勝20KO2敗1分のダスマリナス(27歳)は世界的に無名選手に等しい。とはいえダスマリナスは今年3月23日、フィリピンのパサイシティでケニー・デメシーリョ(フィリピン)に12回3-0判定勝ち。挑戦権を手に入れた。この一戦はMPP共催のイベントでパッキアオ夫妻もリングサイドで観戦。ギボンズ氏も試合に立ち会い、この時は「ラスベガスの国際マッチメーカー」と紹介されていた。
もしカシメロが来年9月、井上と対戦するとなると、その前のラスベガスデビューに先兵としてダスマリナスが相手に抜擢される公算は高いのではないだろうか。これはあくまで「井上vsカシメロMUST」を前提としての話で、トップランクや井上陣営の思惑は異なるかもしれない。だが“スーパー”王者となり指名試合に余裕ができたWBAと比べ、ルールを強要するIBFの通告に従い、サウスポーのフィリピン人に印象的な勝利を収めておくことはその後に有益なはずだ。
うっかりダスマリナスについてツッコまなかった私は再度ヒメネス氏に連絡を取ってみた。ところが電話に出てくれない。「要件はテキストで送ってくれ」と返答されたのでそうしたが一向に返事が来ない。たぶん「しゃべり過ぎた」と後悔しているのだろう。実は同氏から日本で悪名高い“あの男”について仰天情報を仕入れたのが、それは次回以降でお話ししたい。