ボクシングの常識を覆した太っちょメキシカン、アンディ・ルイスJrのヘビー級王座奪取

ジョシュアを4度倒し一気に統一チャンピオンに就いたルイスJr(写真:DAZN)

闘牛場で見たデビュー戦

 記録サイト、ボックスレクでチェックすると2009年3月28日。場所はメキシコ・ティファナの闘牛場。アンディ・ルイスJrがヘビー級4回戦で初回34秒KO勝ちを収めた。メインイベントは長谷川穂積やノニト・ドネアと対戦した元WBOバンタム級王者フェルナンド・モンティエル(メキシコ)の試合。その他フリオ・セサール・チャベスJrらが出場。プロデビュー戦のルイスJrは偶然に観戦しただけだった。

 別の記事で私は「300ポンド近くあったルイスJrは腹が邪魔でロープ間からリングに入れずトップロープをまたいでリングインした」と書いたが、いま振り返ると間違いで、それは倒された相手、ミゲル・サルバドール・ラミレスのことだったと思う。何しろその選手は339ポンド1/2(154キロ)をマークしていたのだから。

 それでもルイスJr(この時297ポンド1/2=135キロ)も相当な肥満体だったのを覚えている。2人が登場すると歓声とともに嘲笑が聞こえた。いずれにせよ、メキシコの最重量級の層は薄い。これまで同国は160人以上の世界チャンピオンを輩出しているボクシング王国だがヘビー級王者は誰一人誕生していなかった。

ラテン系に難関のヘビー級

 今までのメキシコ選手の最高はライトヘビー級(リミット79.38キロ)のフリオ・ゴンサレス。ゴンサレスはWBOライトヘビー級王座を連続23度防衛の名王者ダリウス・ミハエルゾウスキー(ポーランド)に敵地ドイツで判定勝ちする殊勲で王者に就いた。しかし3ヵ月後の初防衛戦でゾルト・エルデイ(ハンガリー)に敗れ王座を失った。

 ゴンサレスは筋肉質だったが、ヘビー級まで上がるとラテンアメリカのボクサーは肥満体から落としたような選手が目立つ。バスケットボールNBAへ選手を供給し、ラテンの世界では体格に優れていると見られるアルゼンチンのボクサーもしかりだ。米国やイギリスのヘビーウエートは文字通り壁となって立ちはだかる。

 これらのことからヘビー級王者とは無縁だった国から、しかも丸ぽちゃの体型で頂点に立ったルイスJrの戴冠は画期的な出来事といえる。私は常識がひっくり返った印象に捕らわれた。その上、痛烈なノックダウンを挽回しての逆転KO勝ちという快挙だった。

「このデブを信用してくれ」

 6月1日ニューヨークのMSGで行われた試合を簡単に振り返ると、3冠統一王者アンソニー・ジョシュア(英)に挑戦したルイスJrは1,2ラウンドはほぼ互角の展開で乗り切る。3回、ジョシュアの左フックでキャンバスに叩きつけられるがカウント後、打ち合いでダウンを奪い返す。そしてラウンド終了間際にもジョシュアは2度目のダウン。4から6回は緊張した攻防。7回、再び爆発したルイスJrが2度ダウンを追加すると戦意喪失気味のジョシュアはレフェリーに止められた。

 米国デビュー戦だったジョシュアはスポーツ映像ストリーミング配信サービスDAZNの旗頭として輝く未来が待っていた。そんなプランをぶち壊しにしたルイスJrは「太っていたから何もできないと言われ、イジメに遭ったこともあった。でもヤル気があれば何事も可能性がある。同胞たちよ、昔を忘れてこのデブを信用してくれ」と胸を張った。同胞たちとはメキシコ人のこと。両親がメキシコ出身の彼は国境をはさんだ米国のカリフォルニア生まれだが、両国のパスポートを持つ二重国籍。アマチュア時代はメキシコのオリンピック選抜チームに所属。“国境の南”は初の世界ヘビー級王者誕生に沸き返っている。

メキシコ大統領ロペス・オブラドール氏(写真左)に祝福される新チャンピオン(Photo:Zanfer Promotions)
メキシコ大統領ロペス・オブラドール氏(写真左)に祝福される新チャンピオン(Photo:Zanfer Promotions)

大統領に謁見

 現地時間の11日にはメキシコシティの「ホワイトハウス」パラシオ・ナシオナルでAMLO(アムロ)の呼称があるアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領に面会したルイスJr。知名度を広めるとともに改めてヘビー級王座獲得は別物という印象を焼きつけた。その後テレビ局(TVアステカ)へチームと移動。レッドカーペットを歩き国民的ヒーローとしてファンに歓待された。

 ルイスJrのジョシュアを倒した勝利は90年2月、東京ドームで挙行されたマイク・タイソンvsバスター・ダグラス以来のビッグアップセットといわれる。しかしダグラスは初防衛戦であっけなくイバンダー・ホリフィールドにKO負けで王座から転落。ジョシュアとのダイレクトリマッチが濃厚なルイスJrにもそんな悪夢が襲ってくる心配もある。

 とはいえジョシュアvsルイスJrの方がタイソンvsダグラスよりも番狂わせ感は低い。予想賭け率でも42-1でタイソン有利だったのに対し、今回の一戦は25-1ほどでジョシュア優位だった(ESPNドットコムは11-1でジョシュア)。数字は大きく開いているものの、全く歯が立たないとは予想されていなかった。

元王者を圧倒した過去

 冒頭で触れたプロデビュー戦から3年後、ルイスJrは米国修行に出たのちのWBO王者ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)とスパーリングを行い、パーカーをボコボコにしたエピソードがある。パーカーは「それまであんな強打を食らったことがなかった。3日間、満足に食事ができなかった」と打ち明けている。両者は16年12月、WBO王座を争いパーカーの地元で対戦。この時ルイスJrは29勝19KO無敗。接戦は2-0のマジョリティ・デシジョンでパーカーの辛勝。どちらが勝利者コールを受けてもおかしくない攻防で、場所が異なればルイスJrの手が上がっていたかもしれない。

太めの体型から想像できない素早いコンビネーションを放つ。試合前の公開練習から(Photo:DAZN)
太めの体型から想像できない素早いコンビネーションを放つ。試合前の公開練習から(Photo:DAZN)

アメリカンドリームの具現者

 もしニュージーランドでルイスJrが王座に君臨したとしても今回のジョシュア戦のようなセンセーショナルなものではなかっただろう。その後、所属していたトップランク傘下で試合枯れに陥り一時グローブを脱ぐことさえ考えたというルイスJrは今年4月のロシア人選手との試合から強力代理人アル・ヘイモン氏が率いるPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)とサイン。当初ジョシュアに挑戦する予定だったジャーレル・ミラー(米)がドーピング違反でアウトになる幸運が舞い込み、試合1ヵ月前に代役として抜擢され見事、金的を射止めた。

 無敵を誇ったジョシュア(22勝21KO1敗)がリベンジに燃えることと多くの話題を提供した新王者が返り討ちを目指すことでリマッチは想像を超えるファンの関心を集めるはずだ。場所は英国か今回と同じニューヨークが有力。ルイスJr(33勝22KO1敗)にかかるプレッシャーは計り知れない。おそらく再戦でもジョシュア有利のオッズが出るだろう。だが体型からは想像できないハンドスピードと敏しょうさを兼備した型破りのボクサーはダイエットなど頭にないようにアメリカンドリームの階段を駆け登る。

 メキシコ大統領に面会した日、米国では好物のチョコレートバー「スニッカーズ」とのスポンサー契約が発表された。