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井岡一翔、全米スター計画へ第一歩。ロマゴンの偉業を追えるか?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
井岡(右端)が出席したSUPERFLY3のプレゼン(写真:Tom Hogan)

 9月8日ロサンゼルスのザ・フォーラムで行われる軽量級トップ選手が集うイベント「SUPERFLY3」に元3階級制覇王者の井岡一翔(29歳)が参戦する。ミニマム級、ライトフライ級世界王者だった井岡は昨年4月大阪でノックノイ・シットプラサート(タイ)に判定勝ちしてWBA世界フライ級王座の5度目の防衛に成功したのを最後に大みそか引退会見を開き、突然ファンの前から消えた。

米国の新進プロモーターとタッグ

 それから6ヵ月半が経過した7月20日、井岡は都内で記者会見を開き、現役復帰を表明。米国で開催されるSUPERFLY3に出場する意志を明かした。そして8日(日本時間9日)イベントのプレゼンがロサンゼルス・ハリウッドのザ・アバロン(劇場)で行われ、井岡も出席。スーパーフライ級10回戦を戦う相手のマックウィリアムズ・アローヨ(プエルトリコ)は欠席したが、出場選手のトップバッターとして抱負を語った。

 プレゼンを仕切ったのはミドル級統一王者ゲンナジー・ゴロフキンのプロモーター、トム・ローファー氏。今年に入り自身の興行会社360プロモーションズを立ち上げ本格的に業界に進出したローファー氏は成功を収めているシリーズ第3弾の目玉の一人として井岡を抜擢。これは立場上フリーとなり、米国リングで再出発を決意していた井岡には渡りに船だったのではないだろうか。

 ローファー氏は「日本の有名なレジェンドがUSAデビューする。スペクタクルな試合が待っている」と井岡を紹介。マイクを持った井岡は「初めてアメリカでファイトできることがとてもうれしい。SUPERFLYはチャンピオンになるためのビッグステップになる。HBO(全米にイベントを中継する大手ケーブルテレビ)や360プロモーションズに素晴らしい機会を与えてもらい感謝している。マックウィリアムズ・アローヨはグッドファイターなので9月8日のリングに向け最善を尽くしたい。これは4階級目のベルト獲得へのスタートとなる」とスピーチ。後ろに通訳の人がいたが、井岡はすべて英語で答えた。しかもきれいな発音。米国進出への並々ならぬ熱意が伝わってきた。

パンチャー、アローヨは要注意

 ここでアローヨに触れると、このプエルトリコ人はアマチュア時代、世界選手権優勝、五輪代表(北京)など輝かしいキャリアを誇り、その前のパンアメリカン大会ではWBSS(ワールドボクシング・スーパーシリーズ)1回戦で井上尚弥が対戦するフアン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を決勝で破り優勝している。プロでは井岡に唯一の黒星をなすりつけたアムナット・ルエンロン(タイ)に挑戦。中盤ダウンを奪うもアムナットのラフ戦法に苦しみ、2-1判定負け。16年4月、WBCフライ級王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)に挑み、フルラウンド戦うものの3-0判定負けに終わった。

 その後、今年2月のSUPERFLY2で元WBCスーパーフライ級王者カルロス・クアドラス(メキシコ)に2-0判定勝ちながら内容的に快勝。ランキングに復帰し、シリーズ連続出場となった。年齢は32歳。元IBFスーパーフライ級王者マックジョー・アローヨは双生児の弟。プロ戦績は17勝14KO3敗。数字が示すようにパワーを売り物にする。主武器は左フックで、7月、WBOフライ級王者木村翔がTKO勝ちしたフロイラン・サルダール(フィリピン)を2ラウンド一撃でKOした一戦が印象的だった。揺るぎない実績を持つ井岡にしても、ブランクを考慮すると相当リスクが大きい危険な相手と認識される。

モンスターの後にも強敵がズラリ

 井岡の冒険はすべて、このアローヨ戦の結果と内容にかかっている。この選手を片付ければ、一気にスーパーフライ級の視界が開け、4つある世界王座挑戦のチャンスが現実のものとなる。では現在、この階級の状況はどうなっているのか?

 まず井上がバンタム級に上がり、クアドラスも118ポンド(バンタム級)に転向する。代わって井岡同様ミニマム級からフライ級で3階級制覇に成功した強豪ドニー・ニエテス(フィリピン)が4階級制覇を狙ってSUPERFLY3のカードで同国のアストン・パリクテと王座決定戦を行う。これは井上が7度防衛したベルトの後継者が争われる。勝者が井岡を迎えるシナリオも想定できる。

 一方、復帰にあたり井岡を2位に据えたWBAは王者にカリド・ヤファイ(英国)が君臨。ライトフライ、フライ級でWBA王者だった井岡が“優遇された”とも取れるが、今のところヤファイに挑むプランは聞かれない。英国人に対しWBAは日本で河野公平に挑戦しドローに終わったノルベルト・ヒメネス(ドミニカ共和国)との指名試合を義務づけた。それまで1位を占めたのは“ロマゴン”ゴンサレス。政治的な匂いがしないでもない。

 王座統括団体の一大勢力WBCは“ロマゴン”に2連勝したシーサケット・ソールンビサイ(タイ)が覇者。シーサケットはSUPERFLY2で“闘鶏”フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)に2-0判定勝ちで防衛。接戦だったことからエストラーダは今回シーサケットとダイレクトリマッチを希望した。しかしタイ人王者は10月6日バンコクで無名のイラン・ディアス(メキシコ)との防衛戦を選択。シーサケットvsエストラーダ2は来年予定のSUPERFLY4に持ち越される見込み。今回エストラーダはメインエベントで常連ランカー、フェリペ・オルクタ(メキシコ)との12回戦がセットされた。

 名伯楽ナチョ・ベリスタイン氏に指導されるオルクタは、そのキャリアからかなりの強豪に位置づけられる。だがエストラーダはカネロ・アルバレスとメキシコ現役ボクサーの最強ランキングを争う男。順当に勝ち上がり、シーサケットとのリベンジマッチに突き進むだろう。ちなみにオルクタ戦はWBCスーパーフライ級挑戦者決定戦として行われる。

メキシコの一人者エストラーダは井岡との対戦が待ち遠しい(photos by Tom Hogan/Hogan Photos)
メキシコの一人者エストラーダは井岡との対戦が待ち遠しい(photos by Tom Hogan/Hogan Photos)

エストラーダ、シーサケット戦はファン垂涎カード

 フライ級統一チャンピオンだったエストラーダは当時、井岡との統一戦が話題になったことがある。しかしエストラーダは最後2本のベルトを返上し、スーパーフライ級へ進出。その背景から井岡戦はぜひとも実現してもらいたい対決である。万が一、シーサケットがエストラーダを返り討ちにすればアジア人対決が現実味を帯びてくる。それはそれでファンにとって朗報となる。

 そしてロマゴン。プレゼンに軽量級4階級制覇王者はゲスト的に同席。だがローファー・プロモーターの横にぴったりと陣取り、むしろ主役の雰囲気だった。自身の登場はSUPERFLY3の1週間後の9月15日。ラスベガスのゴロフキンvsアルバレス2のリング。日本で比嘉大吾や田中恒成に挑戦したモイセス・フエンテス(メキシコ)が相手を務める。

 比嘉、田中戦の結果からロマゴン有利は動かないところだが、ニカラグア人の復調ぶりが注目される。フライ級まで無敵を誇ったロマゴンがシーサケットに連敗した背景には「果たしてスーパーフライ級が彼の適正ウエートか?」という疑問が生じる。それでもロマゴンは一時はパウンド・フォー・パウンド最強に駆け上った確固たる功績がある。今後、ロマゴンとの対戦が実現するしないは別として、井岡も米国リングで大暴れすれば、ロマゴンの軌跡を追従することも夢ではない。

ラスベガスで再起戦に臨むゴンサレスとローファー・プロモーター(photos by Tom Hogan/Hogan Photos)
ラスベガスで再起戦に臨むゴンサレスとローファー・プロモーター(photos by Tom Hogan/Hogan Photos)

名将サラスがトレーナーに

 これだけの強豪たちに交じり再び頂上を目指す井岡。日本のビッグネームが一から海外でキャリアを再構築させる心意気に賛同の拍手を送りたい。当初ロサンゼルス周辺でトレーニングを実行すると伝えられたが、場所はラスベガスになりそう。指南役はキューバ人のイスマエル・サラス氏。叔父の元2階級制覇王者井岡弘樹氏をコーチした時期があり、WBCミニマム級王座を獲得した時のトレーナーがサラス氏だった。気心の知れた、掌握術に長けた名将だけに心強いに違いない。

 伊藤雅雪(伴流)が37年ぶりに米国で世界王座獲得。スーパーライト級の岡田博喜(角海老宝石)が大手プロモーターのトップランク社と契約と日本選手の明るいニュースが続く本場リング。近未来、カズト・イオカの名が轟くことを期待せずにいられない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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