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悪役ネリの復帰は秋口か。メキシコでも井上尚弥戦は未来の大勝負

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
復帰試合をキャンセルしたネリ。右はベルトラン・プロモーター(写真:Zanfer)

WBC王座にこだわるネリ

 山中慎介との第1戦直後にドーピング違反が発覚し、再戦では大幅な体重オーバーで王座はく奪。試合は2ラウンドで決着をつけるもWBCから無期限出場停止処分を科され、日本では事実上、永久追放されたルイス・ネリ(メキシコ)。地元ティファナで6月9日、ジェトロ・パブスタン(フィリピン)と試合が組まれたが、キャンセルを余儀なくされた。これは日本でも報道されるようにWBCの忠告に従ったものだった。

 処分を受けたネリは試合を強行することも可能だったが、そうなると今後WBCのタイトルマッチに出場できなくなる。それが今回復帰を取り止めた最大の理由。他の3団体、WBA、IBF,WBOの対応次第で今後タイトル挑戦のチャンスは与えられるかもしれないが、WBCベルトの価値と尊厳は業界で絶大なものがある。WBCとの折衝で何とか資格停止を解いてもらい、再度リングに立てることをネリは切望している。

プロモーターは沈黙

 ではそれが可能かというと今のところ何とも言えない。3月、WBC本部で行われた事情聴取ですべてのプログラム、手順、方針を遵守すると誓ったネリと彼の陣営だが、すでに6月9日の試合を挙行しようとしたことで信頼性を失った。これは弁解の余地がない。だが思いとどまったことで、最悪の事態は回避したとも受け取られる。

 ネリのプロモーター、サンフェル・プロモーションズに問い合わせてみると、広報担当は「復帰戦に向けてのスパーリングで相手のヒジを打ってしまい、拳を痛めた」と回答するが、これは明らかな中止の“口実”だろう。トップのフェルナンド・ベルトラン・プロモーター、WBCの事情聴取に同席したナンバーツーのギエルモ・ブリト氏はネリに関して多くを語らない。水面下でWBCとの駆け引きがあるだろうが、表面上は事態を静観している。これはネリに薬物反応が検出された時と似通っている態度だ。

今秋カムバックが有力

 ティファナの旧知の記者エドムンド・エルナンデス氏にたずねてみると、「WBCは処分を意外に早く撤回するだろう。おそらく今年後半。9月か10月ネリはリングに登場すると思う。ただWBCは何か条件を要求するはずだ」とのこと。やはりWBCとの関係がカギになるという。

 そして同記者は「復帰が叶ったとしてウエートは118ポンド(バンタム級)にとどまるだろう。即クラスを上げることはないとみる。でも昇級するまで時間はかからないはず。ネリの体が減量に耐えられなくなるのは明らかだから」と推測する。

 ちなみにネリが山中戦で計量に失格したのは栄養士として雇ったマルコ・アントニオ・ペレスの責任が重大だと私は思っていた。しかしエルナンデス記者によるとペレス氏はその道のプロフェッショナルで、落ち度は全くなかったという。同氏はもうネリを担当していないが、他のサンフェル傘下のホープと契約している。やはりネリ本人の節制、規律に問題があったことがわかる。

 「ネリが、メキシコ人ボクサーは誠実な勇士だ――という通説を覆した責任は重大だ。日本で着せられた汚名は至極、納得できる」(エルナンデス記者)ということだが、同記者は「ネリはまだ若い。人間が成熟するまで待たなければならない。まだ我々は彼に期待を寄せている」とも話す。

ネリのパワーは万能

 メキシコでネリはまだ蘇生可能と見られている。もし彼の念願が叶い、WBC王者に復活するようなことになれば、日本のファンの心情は複雑、いや大ブーイングが巻き起こるに違いない。それでも舞台が賞金トーナメント兼王座統一戦、ワールドボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)となれば、エキサイトせざるを得ないだろう。そして対立コーナーに“ザ・モンスター”井上尚弥が登場すれば、それ以上のシチュエーションは想定できない。

 現状のネリの立場を考慮すると、常軌を逸したカードにも思えるが、ネリ自身も報酬の魅力もあり、WBSS参戦を希望しているのは間違いない。井上と他のライバル王者たちとの統一戦と比べても遜色はなく、むしろこちらの方がセンセーショナル。日本国内は無理でも世界中のどこかで実現してもらいたいと願っているファンは多いだろう。

 ズバリ「山中慎介のリベンジをナオヤ・イノウエが果たす」というバックグラウンド。では井上は首尾よく山中の敵を討てるのか?

 「もちろん勝負だからどんな結果だって予測可能。でもルイス・ネリのパンチ力なら、いかなる強敵にも勝つことができる」とエルナンデス記者。メキシコでもジェイミー・マクドネルに楽勝して3階級制覇を達成した井上の名声は浸透している。同国メディアは「井上vsネリは両者と両国の誇りをかけた戦い。マーケティングの観点からも非常にアクティブ。将来ぜひ実現してもらいたい」と煽り立てる。

 そのためにはしばらくネリに大人しくしてもらい、WBCの最善の決断を待つしかない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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