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井上尚弥の優位は動かず。要注意はマクドネルの接近戦と“頭”

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
決戦間近の井上とマクドネル(Photo:Top Rank)

 “ザ・モンスター”井上尚弥(大橋)のバンタム級王座挑戦が近づいてきた。WBO世界スーパーフライ級王座を7度防衛した井上が3階級制覇を狙いWBA世界バンタム級“レギュラー”王者ジェイミー・マクドネル(英)に挑む(5月25日、東京・大田区総合体育館)。マクドネルもこれが7度目の防衛戦だが、チャンピオンとして最後の試合になるという見方が強い。井上は勝利を土産に今年後半から開催予定の賞金トーナメント兼王座統一戦、ワールドボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)へ参戦を表明している。

自信満々のマクドネル

 マクドネルのアドバンテージは身長175.5センチ、リーチ182センチとそれぞれ井上を10センチ、11.5センチ上回る体格。WBAのバンタム級は“ユニファイド”(統一)王者に同じ英国のライアン・バーネットが格上として君臨しているが、実績から4団体最強王者にマクドネルを推す関係者もいる。それでも米国のオッズは6-1ほどで挑戦者有利。王者の地元英国の賭け率も7-1と大差で井上に傾く。英国はスカイスポーツ、米国はESPNが生中継する世界的にも注目度が高い一戦。もし井上が戴冠できなければ、大きな番狂わせといえる。

 絶対不利を予想されるマクドネルだが、試合が締結した3月上旬から自信家らしい、刺激的なコメントを発している。「イノウエは危険な男だけど何か意地悪そうに見える。少なくともスーパースターの器じゃないね。最初、彼のファーストネームさえ知らなかったんだ。なぜみんな彼を怖がるのかわからない」

 こんな具合だ。

 来日後も英国メディアなどから伝わる発言は自信に満ちて聞こえる。「ドバイでキャンプを実行し日本へ乗り込んだ。これまでにない最高でハードなトレーニングを積んだ。すべてがパーフェクトに運んでいる。だからここ(日本)へ来ないで彼を叩かない理由がない(=敵地でも私は十分勝てる)」(マクドネル)

 そして「イノウエとメディカルチェックで対面し、いっそう自信が深まった。彼は私にパンチを打ち込めるけど、体重を上げて来るのだから苦労するはずだ。(リングでは)セコンドも助けてくれない。私はビッグなバンタム級。彼には少しパワーがありそうだけど、自分の持ち味を出して試合をコントロールできると確信している」と言い放つ。

 体格差とナチュラルなバンタム級という利点を強調するマクドネル。それでも王者のコーチ、デーブ・コールドウェルは手綱を締める。「ジェイミーはサイズのアドバンテージを活用するけど、イノウエのプレスからは逃れられない。勝利を飾るためには別の準備が必要だ。ジェイミーは人が思っているよりもずっとインサイド(接近戦)のディフェンスが巧妙な選手。カメダ戦を見てもらえれば、それが判明する」

亀田和毅に連勝

 カメダ戦とは元WBO世界バンタム級チャンピオン亀田和毅(協栄)との2試合を指す。2人は2015年の5月と9月に対戦。いずれもマクドネルがユナニマス(3-0)判定勝ちを収めた。第1戦は亀田が3回に右強打で鮮やかなノックダウンを奪うも後半追い上げを許し、小差でマクドネルの手が上がった。2戦目は拮抗した内容ながら最終回にカウントを聞かせた英国人が中差のスコアで王座を防衛。2試合とも予想は亀田有利だった。「私はライジングスターと呼ばれていたカメダを下した。今回も同じことが起こる。だから試合の話が持ち込まれた時、二つ返事で受けたんだ」とマクドネル。そこに「魅力的なファイトマネー」という言葉が加わる。

 亀田との初戦でマクドネルは前半と後半で違う戦いを見せた。ダウンを奪われたせいもあり途中までジャブを基調としたボクシングだった彼はその後、接近戦で優勢に進めたのだ。そのスリムな体型からアウトボクサーと認識され、実際もそうなのだが、マクドネルはクロスレンジの攻防も得意とする。それはコールドウェル・トレーナーの発言に通じる。

 第2戦はこれも序盤にパンチを巧打した亀田の追撃を防いだマクドネルが今度は距離を置いたボクシングで対処。最終回のダウンはスリップ気味にも見えたが、スコアカード上、ダメを押すかたちとなり、亀田はリベンジを果たせなかった。コールドウェル氏は「上体の動きと距離の掌握でカメダのミスを誘った。そこでジェイミーのカウンターが生きる。ミスを誘うだけではなく、(接近戦で)小突くようなパンチを繰り出せる。今回の試合でも有効だろう」とアピールする。

米テキサス州で亀田和毅と2度戦い、いずれも判定勝ち(Photo:Premier Boxing Champions)
米テキサス州で亀田和毅と2度戦い、いずれも判定勝ち(Photo:Premier Boxing Champions)

穴は少なくない

 では英国人王者は難攻不落かというとそんなことない。

 致命的な欠点は見当たらないが、亀田の一撃で倒されたようにガードは鉄壁ではない。その代わり打たれ強そうだが、果たして井上の強打に耐えられるか大いに疑問だ。逆に井上がマクドネルをストップすれば、バンタム級進行にグリーンランプが点る。少なくとも一発のパワー、威力では間違いなく井上に軍配が上がる。

 ボクシング・ビート誌にコメントを寄せてくれた米国リング誌のダグラス・フィッシャー編集長は「マクドネルのジャブに対して亀田はいい仕事をした。距離をコントロールし、サイドへ動き、フックのカウンターを決めた。でも井上はこれらすべてをMUCH BETTERにこなせる。井上はマクドネルが調子をつかむ前にボディー打ちで深刻なダメージを与えてしまうだろう」と予測。そして「マクドネルは終始、勇敢に立ち向かうだろうが、終盤、力尽きてストップされる」と結末を占う。

ソリスには負けていた……

 マクドネルの最新の2戦、リボリオ・ソリス(ベネズエラ)との連戦も展開予想のヒントになる。WBAが両者にダイレクトリマッチをオーダーしたのは初戦の採点が論議を呼んだからである。データで身長が井上よりも3センチ低いソリスにインサイドに入られマクドネルは苦戦。素早いコンビネーションを浴びたマクドネルは敗色濃厚。しかし勝利コールに浴したのは英国人だった。

 同じくモナコのカジノで挙行された昨年11月の第2戦は3回、ノーコンテストに終わった。ヘッドバットで左目周辺を深くカットしたマクドネルにドクターストップがかかったもの。試合は既定の4ラウンドに達していないため無判定試合となった。だが一部のメディアはこれをマクドネル側の“勝ち逃げ”と指摘する。ドクターチェックの際にマクドネルのセコンドがギブアップの意思表示をしたというのだ。たとえ無判定でも防衛回数にカウントされる。ソリスはそれ以前、山中慎介と2度好勝負を披露した強豪だが、マクドネルはフィジカルアドバンテージを活用できなかったのは事実である。

リボリオ・ソリス(右)に手こずったマクドネル(Photo:Boxing Scene)
リボリオ・ソリス(右)に手こずったマクドネル(Photo:Boxing Scene)

胸が躍るトーナメント参戦

 ソリス第2戦と亀田第1戦で発生したヘッドバットは、長身を折り曲げて接近戦を挑むマクドネルの頭が原因。まさか今回の井上戦でマクドネルが意識的に頭を“武器”に使うことはないだろうが、井上にとっては注意事項となる。特に井上の得意とするボディーアタックを敢行する時は危険を伴う。留意してもらいたい。

 とはいえ海外メディアの予想は「井上の強烈な左レバーショットが炸裂して5回あたりのノックアウト勝ち」(ボクシングニュース24ドットコム)というものが主流。勢いに乗り、前述のバーネット、あるいはWBO王者ゾラニ・テテ(南アフリカ)、今月戴冠したIBF新王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)らとの対決がWBSSで実現に向かう。勝利優先ながらもザ・モンスターの鮮烈なパフォーマンスにどうしても期待したくなる。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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