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長引くルイス・ネリの薬物裁定。メキシコでは防衛戦強行の動き

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
業界の浄化対策クリーン・ボクシング・プログラムを促進するWBC

 薬物検査で筋肉を発達させるホルモンを分泌する違反物質ジルパテロールが発見されたWBC世界バンタム級王者ルイス・ネリ(メキシコ)に対する処分、裁定の発表が遅れている。山中慎介(帝拳)から王座を奪取してから2ヵ月近く経過しているが、WBCはまるで思わせぶりのように正式アナウンスを延ばしている。その理由、背景にあるものは何なのか?

Bサンプルも陽性反応

 メキシコに本部を置くWBCのマウリシオ・スライマン会長は「来週になれば、テストの結果を発表できる。検査は今、第2段階。細心の配慮を施している」と現地メディアに語った。これはBサンプル(検体)の分析、調査。9月7日のことだった。しかし翌週、翌々週になっても同会長からニュースがリリースされることはなかった。

 変化が起こるのは同月26日。ボクシング・メディアの老舗リング誌のホームページ、リングtvドットコムが「Bサンプルからも1回目のテスト同様、ジルパテロールが検出された」と報道。執筆者は検査を行った米国の機関VADA(ボランティア・アンチドーピング協会)に直接あたったもようで、ネリは灰色に近いクロから一気にクロへ近づいた。

 これで、あとはスライマン氏の発表を待つのみとなった印象がした。だが月が変わっても状況に変化は見られない。同会長は10月1日「ネリのケースに関して2日後にアナウンスしたいと思う。今回は日本の(ボクシング)コミッションの調査結果も待って決断したい」と発言。いよいよストーリーは佳境に突入したと憶測された。

ヘビー級選手はアウト

 ところが審判の日と思われた10月3日にもニュースは発信されなかった。同日アゼルバイジャンのバクーでWBC年次総会が開幕。ネリの薬物問題も議題にあがるはずだった。現にWBCヘビー級王者デオンタイ・ワイルダー(米)に挑戦予定だったルイス・オルティス(キューバ)から利尿効果を促す違反薬物クロロチアジドが発見され、総会中に処分が下った。当然ネリにも処罰が通達されると予測された。

 しかし総会も終盤に差し掛かり、スライマン会長は総会中に発表しない旨をJBC(日本ボクシングコミッション)に伝えた。総会に出席した安河内剛JBC事務局長も「WBCはネリ本人も含めて関係各所から資料を集めたり、事情聴取しており、早く結論を出したいが、より慎重に対処する必要がある。そのために時間がかかるので今回の総会中には結論は出ないと思う」と説明した。(10月4日付boxingnews.jpより引用)

 またしても待たされることになったが、13日、WBCは「ようやく来週、裁定を通達できる見込み。ネリは11月に防衛戦を計画しているので、急がなければいけない」と地元メディアに伝えた。ニュアンスとしては制裁を科するよりも晴れて復帰を許すようにも取れる。

 10月第二週終了までの経過は以上のようになっている。

水面下で熾烈な駆け引き

 なぜWBCの発表が遅れているか?

 これはWBCをはさんでネリをプロモートするメキシコのサンフェル・プロモーションズ(以下サンフェルと記す)と山中陣営の帝拳ジム、そしてJBCの間で突っ込んだやり取りが展開されているからだと推測される。このリング外の勝負に決着がついていないことが結論が出ない最大の理由だろう。本田明彦会長が率いる帝拳ジムは国際的に日本では傑出した存在だがサンフェルは本部国という背景からWBCと太いパイプを構築しており、フェルナンド・ベルトラン代表とスライマン会長との関係は親密。もしネリがベルトラン氏の選手でなければ、とっくに結論は出ているのではないだろうか。

 筆者は試合会場で会ったベルトラン氏にネリの問題を聞いてみた。すると「ネリはこのままずっとチャンピオンだ。こちらは全然問題ない。詳しいことはマウリシオに聞いてくれ」と即答。予測はしていたが、強気一辺倒だった。同時に最終回答はスライマン氏に委ねられているのだと再認識した。

 これはリング誌がB検体に関して報じる前の出来事。今までB検体がアウトになって処分が科せられないケースは皆無。問題が複雑化しているのか、ベルトラン氏のゴリ押しが効いているのか。悩めるスライマン会長の姿が想像できる。

ネリにベルトを贈呈するスライマン会長。王座ははく奪の運命にある?(写真:WBC)
ネリにベルトを贈呈するスライマン会長。王座ははく奪の運命にある?(写真:WBC)

リング誌の報道を否定

 ちなみにサンフェルはリング誌がスクープした翌日、ホームページで「ルイス・ネリの2度目のテスト(B検体)はすべて陰性だった。リング誌のリポートは誤解をまねくものだ」と発信。カウンターを浴びせた。この件に関してWBCから反応はない。また前述の13日の報道では試合後、日本で実施された薬物検査でネリは陰性だったとある。

 かなり追い詰められた状況にあるネリと陣営だが、相変わらず「原因は食べた、汚染された牛肉にあった」と主張。どこまでも「こちらは事故に遭った被害者だ」と強調。厳しく指摘すれば、もみ消そうという姿勢を彼らは貫く。

 モハメド・アリの著書などで知られ、受賞記事も多い米国の著名ライター、トーマス・ハウザー氏はWBCがルイス・オルティスをサスペンドした時、スライマン会長を絶賛した。これを念頭に置くと、ネリにまだ裁定が下らないことさえ不公平に思われる。同時にこれだけ時間を費やしたのだから、相当メキシコ側にダメージを与えるデシジョンが言い渡される可能性もあるかもしれない。

11月4日に初防衛戦?

 いずれにしても両陣営を納得させる結論は出ないだろう。ベルトラン氏は筆者と会った日、持ち駒のWBCスーパーフェザー級王者ミゲル・ベルチェルトと元フライ級統一王者でスーパーフライ級で2階級制覇を狙うフアン・フランシスコ・エストラーダ(ともにメキシコ)といっしょにネリを米国で活躍させたいと会見で発言。ブランドネットワークのHBOのカードに登場させたいとアピールした。

 山中ファンが聞いたら大ブーイングだろうが、当初11月11日、地元ティファナで開催予定だった初防衛戦は何と1週間繰り上げて同月4日に挙行したとも言っている。挑戦者に2度世界に挑んだアーサー・ビジャヌエバ(フィリピン)の名前が挙がっているほどだ。もちろんネリが練習を再開した報道はされていない。もし思惑通りリングに上がるには、この時期、絶対に始動していなければならない。

 何が真実で、何が虚偽なのか。薬物疑惑のクライマックスはもうすぐやって来る。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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