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亀海のコット攻略のカギは狂犬戦法と日本人の勤勉さ

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
計量で顔を合わせた両雄。体格差は明白。(写真:HBO)

 現地時間あす26日に迫った亀海喜寛(帝拳)が世界的なビッグネーム、ミゲル・コット(プエルトリコ)と対決するWBOスーパーウェルター級王座決定戦。2人とも前日計量を無事にクリア。コンディションは万全とうかがえ、明日はファンの腰が浮くエキサイティングなファイトが展開されそうだ。特に本場リング9戦目でビッグチャンスをつかんだ亀海の奮戦と勝利が期待される。注目の一戦は米ロサンゼルス近郊カーソンのスタブハブ・センターで挙行される。

激戦で揉まれて強くなったコット

 先日、コット(40勝33KO5敗)が初めて獲得した世界タイトル、ケルソン・ピント(ブラジル)とのWBOスーパーライト級王座決定戦の映像を再チェックする機会があった。丸13年前の出来事で、テレビでライブ観戦した時の感動がよみがえり、画面に引き込まれてしまった。

 相手のピントは非常に好戦的な選手で一発一発のパンチを渾身の力を込めて振るってくる。それをコットは間一髪のタイミングでかわし、強烈なリターンを見舞う。この時コットはまだ19歳。アマチュアでオリンピック(シドニー大会)出場の実績があるとはいえ、メリハリの効いたボクシングに明日のスターを予言した。そこには“プロ向き”という言葉がフィットし、観戦者たちをただの一戦で虜にしてしまう才能を感じた。

 コットは、この王座を6度防衛する。このスーパーライト級時代のコットがベストではないかと評価するエキスパートやメディアは多い。その後ウェルター級、スーパーウェルター級そしてミドル級まで到達するプエルトリコ人だが、もっとも凄みを秘めていたのは140ポンド(スーパーライト級)だった気がする。そしてベストファイトは?と聞かれると、4度目の防衛戦のリカルド・トーレス(コロンビア)を推したい。

 トーレスもこの時、28勝26KO無敗のチャンピオン候補の一人。米国東部アトランティックシティで開始ゴングを聞いた試合はノックダウン応酬の末、総合力に勝るコットが7ラウンドKO勝ちで激闘を制した。コットが「もうダメか」と思わせるシーンが何度かあり、そこから這い上がり、決着をつけた精神力は特筆すべきものがある。このトーレス戦をクリアしたことが、以後の珠玉のキャリアの原点となった。

練習ノートをつける男

 亀海(27勝24KO3敗2分)に会ったのは14年6月、今回と同じスタブハブ・センターで行われたロバート・ゲレロ(米)戦の試合後だった。この試合もダウン応酬こそなかったものの、超がつく激戦で年間最高試合候補にもなったほど。ドレッシングルームを訪れた際、彼はローカルコミッションが義務付けるドーピング検査(血液)の最中だった(もちろん合格)。激闘の直後にもかかわらず、こちらの質問にていねいに答えてくれた。時々ジョークを交えたりするのが彼の人柄を感じさせた。

 札幌商、帝京大学を経てプロ入りした亀海は帝拳ジムを選択した理由として田中繊大トレーナーの存在を挙げている。ミット打ちの指導に定評があり、ラテンアメリカのボクシングに精通している同トレーナーはコット攻略の参謀役。同時に亀海はジム入門後、練習メニューや反省をノートにつける几帳面な性格の持ち主。新鋭当時からの地道な努力がビッグステージで実を結ぶかもしれない。

アグレッシブに変貌する亀海

 それでもコット、亀海ともファイトスタイルに変化が見られる。

 端的に言えば、コットはよりフットワークを駆使しスピードで勝負するアウトボクサー型に、亀海はプレッシングで相手を追い詰めるファイタータイプへ舵を取っている。前者は激戦区中量級のトップシーンで生き残るための対策といえる。後者は本場リングで注目を浴び、自分をアピールするための手段と受け取られる。

 コットは上記のトレース戦でサバイバルし、その後のウェルター級王者当時ザブ・ジュダーやシェーン・モズリーといった強敵を消耗戦になりながらも破っている。だが、相手に粘られてタフな戦いを強いられると苦戦する傾向がある。これは体格的にウェルター級以上では厳しいというハンディが影響する。プレゼンでも計量でも“コラソン・デ・アセロ”(鉄のハート)を襲名した亀海のフィジカルが目立った。キャリア終盤に差しかかってもコットのスキルやパワーはさび付いていない。だが大一番に向けてテンポの速いアタックや戦術を強化した亀海には、どうしても期待したくなる。

 亀海と田中トレーナーのコンビはコット攻略の標語を「狂った犬のように追いかけ、グローブをつけたゴリラのように殴りまくる」に定めた。首尾よくこの展開に持ち込み、コットを辟易させたらシメたもの。太平洋をまたいで朗報が伝わる可能性が広がる。

会見で笑顔を見せる亀海。右は田中繊大トレーナー(写真:HBO)
会見で笑顔を見せる亀海。右は田中繊大トレーナー(写真:HBO)

一世一代のパフォーマンスに期待

 もちろん楽観は禁物。12月予定の引退試合を前に、亀海戦をチューナップファイトとコットは位置づけている様子もうかがえる。対戦した時期が異なるとはいえ、両者の共通の対戦者アルフォンソ・ゴメス(メキシコ)をコットは序盤でストップしているのに対し、亀海は10回判定負けを喫している。この動かしがたい事実は勝敗を占う上で、無視できない。

 最新試合で亀海がストップ勝ちしたヘスス・ソト・カラス(メキシコ)にしてもアンドレ・ベルト(2年前フロイド・メイウェザーと対戦)を倒したあたりが全盛期。ゲレロ戦からの実力向上が顕著な亀海だが、ソト・カラスはコットと比肩できる選手ではない。コットの相手に抜擢され、周囲からサプライズと受け取られたのは、亀海の実績が今ひとつ不足しているからに他ならない。

 難関突破のキーポイントは本番で練習の成果をフルに発揮することだろう。それで通用しなかったら、しょうがない。やはりコットはただ者ではないということになる。だが本場リングの環境に慣れ、今回、試合直前にもかかわらずリラックスした雰囲気を感じさせる亀海は日本人の長所、勤勉さとハードワークを武器にアップセットをめざす。

 最後に水を差すような話だが、この王座決定戦に批判的な目を向けるメディアもある。亀海には問題ないのだが、サウル“カネロ”アルバレス戦から1年9ヵ月ぶりの登場となるコットがWBO1位にランクされているのは不自然だというのだ。王座認定団体(WBO)もビジネス優先で、ドル箱コットを支持していると書き立てる。ここで大物ぶりが際立つコットを撃破すれば、いっそうKAMEGAIの名前が世界のリングに響きわたる。吉報を待とう。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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